解釈違い
「スミス」
え!?
昨日の今日、朝一で特徴のある声に呼びかけられて、勢いよく振り向いた。
まさかと思ったけど、正しく、まさかな人がいた。
軽く手を上げた、気安い風情のジュリウス・ハウザーだ。
なんで、なんで?
精神の安寧のため、二度も三度も打ち合わせしなくて済むように、確認しておきたいことは昨日の内にしてあるはずなのに!?
「このくらいの時間差なら、やっぱり、無理に早く登校する必要はなさそうだな」
言われて、あ、なるほどと全身の力が抜けた。
その点だけは、話し合いだけじゃ足りないところだったかも知れない。
「あと、昨日は忘れてたんだけど、隣国の二人は事務所口から入って、手続きしてもらわなきゃいけないから、待ち合わせも、そっちの方がいいんじゃないかと思って」
そう言う彼の視線は、柱の向こう、来客用の事務所窓口に向いている。
色々と納得したので賛同しておいた。
その方が悪目立ちしなそうなので、こちらこそありがたい提案だ。
これで要件は終わりだろうと思ったところで目が合って、はたと考える。
この後は?
目的地は同じ教室だけど、まさか、一緒に行くとかの流れになったりしたりは⋯⋯。
「じゃあ、そういう感じでよろしく」
こっちの一瞬の内の葛藤をよそに、彼はさらりと背中を見せて、一人で行ってしまう。
⋯⋯なんだろう、この疲労感は。
朝から声をかけられて、彼らしくないことをしてきたみたいで、勝手に一驚一憂してしまったけど、結果として、ジュリウス・ハウザーはジュリウス・ハウザーだった。
必要なこととなれば躊躇いなく、不要なことには触らず、自分の道を行く人だ。
それに比べて、私のなんと無様なことか。
恥ずかしすぎる。
居た堪れなくて、でも、叫ぶわけにも、ぼやくわけにもいかず、前髪を雑に掻き回して切り替えて、何事もなかったかのように教室を目指した。
はずだったんだけどーー。
「おはよう」
「よう」
「今日は、そっちが早いくらいだな」
⋯⋯なぜ?
意味がわからないけど、翌日からもジュリウス・ハウザーから話かけられるようになってしまった。
毎朝、時差の統計確認?
そんなに案内役乗り気なの?
それとも、思っていたより律儀だったとか?
謎すぎて、本人に聞いてみたい気もしないでもないけど、一声かけていくだけで、すっと行ってしまうから、どうしようもない。
そもそも、私の方が到着が遅いはずなのに、どうして毎回、エントランスで会うのか。
これについては、早々に判明した。
うちの方面の乗り合い馬車は停車が表門なのに対して、彼の方面は裏口に停まるからだ。
その微妙な時間差で、ちょうど、行き合うらしい。
でも、これまでは、意識してからだってエントランスで遭遇するなんて、なかったはずなのに。
なんとなく教室で彼から用事もないのに話しかけてる印象がなかったから、いくら案内役仲間と認識されたからだとしても、意外というか、不思議というか、どうにも行動がしっくりこない。
こんな状態で、来週の案内本番は大丈夫なのだろうか。
そんな不安に似た、腑に落ちない感を抱えつつ、もう週明けには隣国の兄妹が来訪するという週末。
とうとう、放課後にまで声をかけられてしまった。
「今、帰り?」
えっ!?
しかも、目が合ったわけでもなく、後ろ姿に呼びかけられた。
なんで!!
「ふっ。ほんと、なんで毎回、驚き固まってんの」
そんなこと言われても、そっちこそ、なんで毎回、話しかけてくるんですか!?
「まあいいや。来週、よろしく」
そうして、人の内心を引っかき回すだけ引っかき回して、ジュリウス・ハウザーはいなくなる。
ひどい、ひどすぎる。
なのに、この混乱をどうやって落ち着かせれるか見当もつかない内に、更なるパニックがやってくるとか。
「!?」
ふと、視線を感じて目を向けたら、アシュ達三人が明らかに私を見て、物言いたそうな顔をしていた。
待って、まさか、さっきのやり取りを見られてたんじゃあ⋯⋯。
どうしよう、どうするべき?
ぐるぐるしてる間に帰ってしまいそうな雰囲気に、とっさに声が出た。
「あの、ちょっと説明したいんだけど」
そう引き止めたものの、なんでこんなことに、っていう、モヤモヤした気持ちで頭がいっぱいで仕方ない。




