開始=友達
ピピピ、ピピピ。
ピピピ、ピピピ。
規則正しく鳴り響く電子音で俺は目を覚ます。つい最近高校生活に《戻った》ばかりである為、季節は春。まだ若干肌寒くもあるが、布団を出るのに抵抗がなくなりつつある。
「ああ、怠い」
二度目の高校生活序盤。
先を知る俺に期待や不安なんてものはない。《あの異常、超常現象》から八年。やっとこさここまで来た俺に、よくぞやったと褒めてやりたい。
いや褒める。
よくやったよ俺。
タイムスリップは高校二年の夏に起きた。ゆえに後一年と少し、後一年と少しの時が過ぎれば先へ進める。元に戻る方法も見つかるかもしれない。
よし、ポジティブ、ポジティブ。
寝間着からまだ新しい制服へ着替える。勿論、女子用だ。スカートという布切れ一枚を腰に巻いた状態で外を歩ける女子すげー。とか八年前は思っていたが、やっぱり女子は凄かった。
スカートが好きな子は夏はまだしも冬もそれで過ごすのだから感服するしかない。冬のスカートなんて拷問でしかない。ニーソを履いたところでそれが何、である。
姿鏡を見ながら着衣を続ける。
われながら可愛い自分の姿を見て思うところがある。俺の今の姿は女の子で、そして凄く可愛いく美人だ。それに嘘偽り驕りはない。
けれどだ。
八年前の俺はかっこ良くもイケてるメンズでもない普通の容姿だったはずだ。そんな俺が女の子に生まれたというだけで、こんなにも容姿にレベルの差がつくものなのだろうか。
考えながらも思いついたことがある。
俺には前世ではなしに、高校二年までと生きた記憶がある。
これをすれば体に悪い。
これをすれば体に良い。
と、ある程度健康管理の知識を持っている。それを小学三年生から続けていたら、自ずと容姿が磨かれて行ったのかもしれない。
まあ、俺が何を伝えたいかというと──俺が美人さんだということだ。
乱れた髪を櫛でとかし終え、女の子なので伸ばしたみた髪が腰まで垂れる。
さて、今日も一日の始まりだ。
■ ■ ■
俺が通う学校は八年前と同じ、天堂学園高等学校だ。『天堂市の誇れる学校』がスローガンであり、市の名前がつく分だけあってそれなりに名のある高校である。
高校生の知識を持ちながらのタイムスリップだった為、今の俺はかなり頭がよくなっている。わからない所がわからないと、小学生からずるずる成長してきた俺だったが、それでもテストや受験などがあった為、勉強の仕方や知識の集め方は身につけている(八年前の俺は天堂高校の受験戦争に勝つため、かなり苦労を要した)。
そんな俺が小学生からリセットになったんだ。わからない所はわかるまで勉強したし、勉強の大切さを知っている嫌と言うほど知っている俺はしっかりと勉強した。
──知識の持続というものは恐ろしいほどに有用で効果的だった。
高校二年生が小学三年生からやり直す。夢物語や不可能で非科学的であるけれど、それが現実になると人は極限的に進化する。体験談だ。
ああすればよかった。
あの時にやっておけば。
過去に戻れたら。
誰もが一度は思い、願うこと。
──そして俺も例外ではなかった。
女の子になっている自分。
そんな異常で超常現象を現実と知り、無気力に生きる俺が生きる活力を見出したきっかけがそれだった。
できなかったことをしよう。
やりたかったことをしよう。
後悔を覆そう。
小学四年生。肉体年齢十歳、精神年齢十八歳の俺がこの時、生きる目標を手にした。しかし、その目標によって浮き彫りになった不可思議な現象。立ち上がった瞬間に蹴飛ばされたような衝撃だった。
いやー懐かしい。
「おはよう、ナノ!」
「おお、彩か。おはよう」
登校中、幼馴染である日野彩子と出くわした。セミロングの茶髪で愛嬌のある可愛い系の女の子だ。何かと元気のいい彼女といるとこちらまで元気になるので、俺にとっては心安らぐ相手でもある。
ちなみに茶髪とは高校デビューではなく、彼女が小学、中学と水泳クラブに所属していたがゆえだ。プールの塩素で髪の色素が抜けたのだと、彩子から愚痴を聞かされた。
「やっぱり彩は水泳部に入るのか?」
「入るよ。私のパーソナリティだし」
「そっか。あ、見学にはいった?」
「行ったよ。中学校にはプールがなかったけど、さすがは天堂高校。50mプールがあってさぁ」
そうか、もう見学には行ったか。
《あれ》はいつの出来事だったかなぁ。確か事件が起きた季節が冬だったから、まあ早過ぎても遅過ぎることはないだろ。
「水泳部のさ、確か沼田か沼池って先輩いなかった? 結構顔の整った人だった気がするんだけど──」
「池沼先輩のことだよね!」
ああ、やっぱり知っていたか。
「水泳部のエースでね。人当たりも良くて優しい先輩なんだよ。もうかっこ良くてね。プールからあがった姿とか超かっこよかった!」
「わかった。わかったから迫って来るな」
「うん。あれ、でもどうしてナノが先輩のこと知ってるの? はっ! も、もしかして、ナノ、先輩のこと──」
「やめてくれ。入学早々変な噂が立ったらどうするんだ」
「そうだよねー。ナノに好きな人ができるとかないよねー。美人なのにねー。どうしてだろねー」
「事実だがその話し方はやめろ」
美人なのは否定しない。
だって美人だもの。
「水泳部の先輩を知っているのはその先輩こそに噂があったからだ。だから知ってる」
「そうなんだ。まああれだけかっこ良かったら噂が立つのも当然といえば当然か」
「ああ、でもな。私が聞いたのはそういう噂じゃなくて、プラスよりマイナスの噂だったわけで」
「えー、先輩は悪い人じゃないよ」
「二三日見学だけでまともに話たことないだろ。会話したことのない奴が何をいうか」
「うーん、でもなぁ」
「少し、いや、かなり女癖が悪い先輩らしい。私の話を鵜呑みにしろとは言わないけれど、あまり目先に囚われないようにしろよ。彩は昔っから突っ走る長所を持っているからな」
「わたしの優れているところはそこなの!?」
「ああ。私は彩のそんなところ大好きだ」
俺はいつもそれで元気づけられる。
「あう、ううぅ」
「あはは、ちょっと恥ずかしかったか。照れてるところも可愛いぞ」
顔を真っ赤にして俯く彩は昔と変わらない。八年前の高校二年、この頃も彩はいつもこんな感じだった。
──後悔を覆す。
結論から言おう。
日野彩子は池沼亮介に裏切られる。
簡単な話といえば簡単だ。
入部と同時に彩は先輩と出会い、水泳部のエースでありイケメンならば当然先輩に惹かれていく女子もいるわけで、彩もその一人だった。そしてその夏に彩は先輩に告白し、無事成就する。
けれど成就したその年の冬、破局。
好き嫌いの恋心とか、恋に恋していることに気がついたとか、そんな純愛なものならば俺は過去を覆そうとは思わない。
過去を覆すということは、俺の知る未来に綻びを生むきっかけとなるからだ。
俺は必ず元の体に戻ると決めている。このまま女で過ごすなんてまっぴらだ。男と結婚など──ありえない。
俺はできるだけ安全に高校二年の冬から先へ進まなくてはいけない。俺の知らない未来に俺の望むものがあるかなどわからないが、俺の希望はもうそこにしかないと思う。
しかし、幼馴染が傷つく姿は見逃せない。俺は彩が傷ついた姿を八年前にこの目で見てしまった。
池沼亮介は当時何人もの彼女を掛け持っていた。イケメンでそれなりの成績優秀者ならばゆえの、よくいるかもわからない女誑しだったというわけだ。
誰かが何股もかけたやかけられたなどの話はよく聞くけれど、雑談のテーマとして聞けるのはやはりそれが他人事だからだろう。
彩のそんな話を聞いても笑えるわけがない。
話題性のある先輩だからこそ、捨てられた彩は一時話題になった。
これだけの理由があるのなら十分だ。俺が過去に干渉しうるだけの価値はある。だいたいえらく難しいような理由はいらない。いちいち何事にも理由をつけて行動するような人間でもなかったわけだし、理由をつけてもつけなくても一緒だ。
これは俺自身の問題なのだが、体が性転換したことでよく論理的になってしまっている自分がいる。異常や超常現象の所為で神経質になっているのかもしれないが、これは俺の改善しなくてはならないところだ。
■ ■ ■
入学式を終えてから一週間と過ぎている。
初めての高校生活とだけあって、みんな様子を伺ったり、相手との距離を見極めるような変な意味でのギクシャクとした空気が教室に漂っている。
コミュニケーション力のある人達は少しづつと友達の輪を広げて行っているようで、小さくではあるけれど固まって雑談している。
「やっぱりまだ慣れないよね、この空気」
「まあ、そうかもな。名門高校なだけあって人数は多いし、その所為で同じ中学だった奴と同じクラスになる確率は減る。運があれば私達みたいな感じだろ」
「そうだよね。わたしもナノと同じクラスでよかった!」
俺は知っていたけどね、と心の中で言ってみる。
「でもさでもさ、友達は作りたいよね。いろんな所から同い年の子が集まっているんだから作らなきゃ損だと思う」
「──なら、アプローチをかけてみたら? 今のこの条件下なら誰もがみんな親切に答えてくれると思うよ」
「う、うん。それはわかってるよ。声をかけなきゃ始まらないもんね。で、でもさ、わたしの友達じゃなくて、ナノとわたしの友達なんだから、わたし一人で決めるのはどうかなぁと……」
「いや、まあ、この空気の中で行動するのはそれなりの勇気がいるけどさ。そのあからさまな言い逃れはどうよ?」
「だってだってー」
この空気じゃわからなくもないけどな。
──八年前の俺もこんな感じだったと思うし、やっぱり体験するのとしないのとでは違うな。今は何とも思わない。
「んじゃ私が選ぶな」
「さっすがナノ。頼りになるぅ!」
調子のいい奴め。
俺は彩から目線を外し、クラス全体を見渡した。
八年前のクラスメイトの顔を全員は憶えていないが、チラホラと見たことのあるような奴らがいた。けれどその見たことあるような奴らは全員男であり、今の俺の現場からすると男に話しかけるなど──ありえない。
キョロキョロとどの女の子にアプローチをかけようかと見定めていると、ある男子と目が合った。
茶髪で厳つい目つきをしたそいつは、友達であろう眼鏡の生真面目そうな人と話しながらも俺を見ていた。おそらくだが彩とは違い茶髪は染髪だろう。つうか、なにこっち見てんだよ。お友達と話すときはその人の目を見て話せって習わなかったのか。その恐々とした目をこっちに向けるな。ガンつけされているような感じだ。
あれが俗に言う高校デビューというヤツだろう。いやー若いっていいよね。(精神年齢25歳からの一言)
──まぁ、どうでもいいか、あんな奴。
「あ」
早々と茶髪男から視線を外し友達になれそうな女の子を探す。HRまで後十数分しかない。早く見つけなくては、と思い視線を巡らしたときに、またも誰かと目が合った。
女の子である。
その女の子は目が合った瞬間に俺から目を逸そらしてしまったが、俺はその子を見続けてあることを思い出す。
ウェーブのかかった長髪に、おっとりと淑やかそうな、今まで暴言など吐いたことなどないだろうと思えるほどの優しそうな容姿。
俺はあの子を知っている。
正確にはさっき思い出した。
琴吹さんだ。
そこまで親しくはなかったので名前は知らないが、八年前の俺は確かにこの人と面識があった。
確か、高校二年の秋のときに彩から友達だと紹介された気がする。無論のことながら、その数ヶ月後に俺は異常と超常現象を体験している為、琴吹さんとの関係は薄い。たかだか出会って数ヶ月の人間だ。今まで忘れていた俺は悪くないだろう。
「彩、あの子なんてどうだ?」
俺は小さく琴吹さんを指さした。
「うんいいよー。じゃあナノ、話しかけて来て」
「…………」
こいつ、最初から話しかける気なかったな。
「な、なによ、その目はっ!」
「はぁ、何でもない。でも私が最初に話しかけるから彩も一緒に行くんだぞ」
「うん! さっすがナノ、頼もしい!」
こいつはこんなに人見知りする性格だったか、などと考えていたが、どうもただ面倒な役を押し付けられただけのようだ。
俺はもう一度ため息をついた。
俺と彩は物静かに座る琴吹さんの前に立つ。
そう、挨拶とは人間関係を作っていく上での第一歩。人間関係は最初が肝心なのだ。
「やあ、私は柏木七乃。さっき目が合ったよね。君の名前はなんて言うのか教えてもらえるかな?」
あれ、どこかナンパくさい第一歩なってしまった。
「ナノ、それナンパみたい」
「うるさい」
自覚していることを誰かに言われてしまうと、自覚しているのだがやはりムッとくるものがある。
「私もさっきのはナンパのようだと思いました」
「ああ、やっぱりそうだったか」
自覚していることを誰かに言われてムッとするのだが、当事者に言われてしまうと、やっぱり自覚する。
「まぁ、いいや。最初はこんなものだろ。──ほら、彩、自己紹介しなさい」
「わたしは幼児か!?」
「いや、知らないし」
「ううぅ──わたしは日野彩子。ナノもとい七乃とは幼馴染。よろしくね」
唸り俺に目を向けながら自己紹介する彩。いやいや、俺を見てちゃダメだろ。挨拶するときはその人の目を見なさいって習わなかっ──いや、彩のお母さんならきっと教えたな。彩のお母さんは礼儀に厳しい人だからな。絶対教えたはずだ。
「私は琴吹葵と言います。始業式当日の自己紹介でも言いましたが趣味は裁縫です。」
なんとも自己紹介らしい自己紹介をしてくれた琴吹さん。ここで「趣味は裁縫なんだね」とか馬鹿な質問はしない。してしまったが最後、始業式当日の自己紹介を聞いていなかったのだとバレてしまうからだ。
「へぇ、葵ちゃんは裁縫が趣味なんだね」
笑顔でそう言った馬鹿な彩。
このアホめ。
「はい。何かほつれてしまった衣類があったら言ってくださいね。あ、生地の硬いデニムはうまくできるかわからないので範囲外とします」
笑顔でそう返した琴吹さん。
なるほど、器の大きな人間とは琴吹さんのことを言うのだろう。アホの馬鹿な言葉にも丁寧に返答している。
「なんだかすっごい失礼なこと考えてるよね」
「女の感てやつ?」
「そうだよ!」
「ならお前は男だな。このカマ野郎が」
「え、あれ!? もしかしてわたしの勘違い? あ、ご、ごめんねナノ。悪いことしてないのに疑ったりして……」
しゅん、と肩を小く縮める彩の頭に手を置き優しく撫でる。
「別に私は怒っていないけど、許してあげよう」
「あう」
顔を真っ赤にして俯く彩。うむ、やっぱり可愛いな。小動物チックなところがまたいい。
しかし騙している俺が言うのもなんだが、こんな性格をしているから先輩に騙されたんだろうな。本当、俺が言うのもなんだが──
「仲が良いんですね」
「ああ、幼馴染なだけあって昔から一緒だからな。自然と彩の隣は心地いい」
「そうなんですか」
彩の顔の赤みが耳にまで到達した。
「琴吹さん」
「はい?」
「こういうのは言わないのが鉄則みたいになっているけどさ」
「?」
「私達、今から友達開始でいいよな」
これで「嫌です」などど拒否されてしまった場合、俺はどうすればいいんだろう、と言ってから気づいたけれど、まぁ彼女なら何だかんだで頷いてくれるような気がした。器の大きな人だと他人の俺が感じ取ったのだ。異常である俺も受け入れてくれるだろう。
「はい。これからもよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
こうして高校一年の俺は八年前の高校二年の俺より早く、琴吹さんと友達になった。




