序章=『俺』
俺はとある人物の紹介をしたいと思う。序章であり、スタートラインでもあるこのときにこそ、この紹介が必要であると俺は判断した。
馬鹿げた超常現象を身に受けて、世界そのものの一変を体験し、ありえないと呟きながらも劇変した《体》で八年間生きてきた。
まあ、それは誰だとか他人行儀で済まされるわけではないので直訳的に説明する。
己の身に異常をやどし、その身でもって奇怪で怪奇、まさに奇々怪々を体験した、否、体験中の少女。
──誰の誰かでもなく、『私』ことこの俺、柏木七乃である。
異常と超常現象を実感したのが八年前。
当時十七歳の《男子》高校生でもあった俺は、いつものように男子高校生らしい普通の日常生活を送っていた。
始めに言っておくが、俺は毎日が楽しかった。高校生活を謳歌していた、毎日に不満なんてなかった、そんな日常が大好きだった。──厨二病めいた非日常なんて考えたこともなかった。
そんなある日である。
明日の学校の準備も済ませ就寝。
そして目が覚めて待っていたのが──異常だった。
鏡に映るのは男子高校生ではなく、《女の子》という馬鹿げた現象に唖然とする以前に状況が飲み込なかった。一種のホラーかと思い背筋に悪寒が走ったが、現実はもっと悲惨だった。
一切合切理解できていない俺を置いて行くように時は進んだ。そしてその時が現場を把握する手助けともなった。
身に起きた異常と超常現象。
鏡に映る女の子はまぎれもない俺であり、自分の体を弄った結果、俺は女の子だった。
──異常だった。
そして訪れる違和感。
鏡に映るのは夢でも幻覚でもない、俺を見つめる女の子。限界の限りを尽くしてこれが俺だと認識し、そして訪れる違和感。
そう、まぎれもない女の子である。
《女の子》になっているのだ。
異常。
超常現象。
不思議。
不可思議。
奇怪に怪奇。
奇々怪々。
ありえない異常。ありえない超常現象に俺の脳がついていかなかったのだろう。脳のキャパシティを超えたというやつだ。
──俺はそこで意識を失った。
場所は変わって病院の一室。
目を覚ました俺は、白い天井を見ながら某台詞でも言ってやろうかと思いもしたが、それよりも先に俺のそばで反応した人がいた。
母さんだった。
俺の知る母さんよりも幾分か若く、それでいて昔はこんな風だったなと思った。
母さんは泣きながら俺に抱きつき、心配したと何度も言った。それでもしっかりとナースコールを押すあたりは俺の知るしっかり者の母さんだった。
その後、医者は俺に、とうか母さんにこう告げた。
『発熱による記憶障害。記憶障害による人格改変』
目を覚ました後、カウンセリングを受けて医者の出す質問に答えただけなのだが、結果としてそれは間違いでもないのかもしれない。
俺は今の自分を知らないのだ(知るよしもない)。記憶障害に陥ってしまったのだと考えても変じゃない。発熱は気絶していたときに出たらしい。おそらく知恵熱だ。人格改変は、今まで女の子だった子供が『俺』なんて言葉使いになったのだ。
俺的には人格よりも性別改変と言った方がしっくりくる。
それからは、まあ、記憶障害が役に立ったのか、母さんが一から百まで俺について教えてくれた。
女の子。八歳。小学三年生。弟は六歳。小学一年生。住んでいる地域、通っている学校の名前。幼馴染は二人。櫻井隼人君。日野彩子ちゃん。同い年。私はお母さん。心配したんだよ。俺じゃなくて『私』に言葉使いをなおしましょ。
俺だけが変わっていた。
俺の周囲は何も変わってはいなかった。弟との年の差。幼馴染の名前、性別。地名。すべてが俺の知る物だ。俺以外の情報すべてが、俺を除いたすべてが変わらずにいた。
ありえない。
女の子になった俺。
ありえない。
小学三年へとタイムスリップ。
■ ■ ■
これが俺の紹介したかった序章。
その後の八年間もいろいろ苦労したことがあるのだが、ここはあくまで序章である。前置きなのだ。序章に適した必要最低限の情報は提供できれば、それで十分なのだ。それでもやはり次に繋げるものがほしい。
──だから俺はフラグを立てる。
異常、超常現象と紹介したのだが不思議がまだある。しかしそれは今に紹介するのではなくこれをフラグとする。
いきなりのびっくりイベントにはトラウマめいたものがあるので、俺はこれをフラグとする。そう遠くない内に不思議は《発動》するだろうから──
序章、終わり。




