プロローグ=告白
ありえない。
「柏木、俺はお前が好きだ。俺と──付き合ってください」
長年共に遊んだり、笑いあっていたこいつは、俺にこんな言葉を言った。
小学校からの付き合いでもあるこいつの笑った顔や泣いた顔、一緒に悔しんだり、喜びあったときの表情、俺はたくさんのこいつの顔を見てきた。
なのに、なのにどうしてお前は俺の知らない顔を見せる。そんな顔は俺に向けるべきものじゃないだろ。
頬を紅潮させ、声も震えていた。
拳を握り締め、何かに耐えるかのように体を硬直している。けれども、目はどこまでも真剣で、どこまでもまっすぐに、そしてしっかりと、誰でもないこの俺を映していた。
ありえない。
しかし俺はどこかで、こうなるのではないかと、こんなことに陥ってしまうのではないかと、予感めいたものを感じていた。
中学一年の夏、お前は今まで『七乃』と呼んでいた俺の名を『柏木』と苗字で呼ぶようになった。
そこからは妙に遠慮がちというか、一歩離れた距離で会話をしているような距離感には違和感があった。
中学一年の冬、俺は母さんに半ば無理矢理作らされたバレンタインのチョコをお前に渡した。渡す相手がお前に以外にいなかったこともあり、母さんの無理強いを苦笑いしながらお前に聞かせ渡した。共に苦笑いしながら共感してほしかった。けれど、お前は真冬の空の下で顔を真っ赤に染めて、か細くありがとうと俺に伝えた。
ありえない。
そんなはずはない。そんなはずはないのだと、自分に言い聞かせながらも、俺はお前との距離を置いた。
中学二年の卒業式、涙を流したり、笑いあっていたりと、騒がしい卒業生を眺めていたとき、お前は同じ部活の先輩を連れてやって来た。先輩が話があるので校舎裏に来てくれとお前は言った。
当然のことながら、俺達の先輩である人達はみんな今日で中学卒業である。予想はついていた。そして案の定、俺はそこで先輩に告白された。先輩は女子の中でも人気が高い。恋バナの際には高確率で名前があがっていたのをよく憶えている。
まあ、そんなことは俺には関係ないところだ。
俺は断った。
なぜお前が先輩を連れて来たのだとか、そんなことを聞くのも不謹慎であったので、俺はそそくさと退散した。お前の顔を見るのが怖かった所為もある。
そして訂正しよう。
俺はお前の、今、俺に向けているその顔を俺は知っている。
「どうして、そんなことを言うんだ……」
「俺は、柏木のことが、好きだから」
そりゃそうだ。
好きじゃなければこんな言葉は使わない。
「中一のとき、幼馴染の柏木と仲良くしている所を他の奴らにからかわれてから、俺はお前を意識し始めた。」
「…………」
「その年のバレンタインのときにお前からチョコを貰ったときはすげえ嬉しいくて、そして恥ずかしくて、そしたら頭がぐちゃぐちゃになってさ。そこからは柏木とも疎遠になっちゃってよ」
「…………」
次の年のバレンタインも期待してたんだぜ。と気落ちした声でお前は肩を落とした。
誰が作るか。俺が欲しいわ。
「先輩からはよく柏木との仲を取り持ってくれって頼まれてたよ。毎回毎回うやむやに断るのには苦労したんだぜ。柏木って人気高いからさ」
自分の容姿が端麗なことには否定しない。だがその所為で苦労している。今の俺のように──
「でもさすがに卒業した先輩に、最後のチャンスなんだ。とか言われちゃ断れなかった」
あれ程のイケメンならそこそこの経験やら器量があってもよさそうだったのだけれど、案外ピュアだったのかもしれない。
そそくさと立ち去ったのは悪かったかな。
「あの後は大変だった。お前が去った後には先輩男泣きしてよ。失恋したんだ、付き合えって。ファミレスで奢らされた」
どうやら悪かったようだ。
「先輩は最後に告白できてよかった、って言ってたけどさ──俺はすごく安心した」
「…………」
「だって、お前が、『七乃』が誰かの隣にずっといるなんて、俺、考えただけでも、その、胸が苦しくなる」
──お前は乙女か。
「だから俺は言うよ。『七乃』、俺はお前が好きだ。付き合ってくださいっ!」
熱烈な告白だった。
何を想い、何を秘めて、何を成したいのか。そのすべてを俺にぶつけてきた。俺の幼馴染、櫻井隼人は柏木七乃にすべてを内なる思いをぶつけた。
けれどしかし、それでも俺は戸惑う。
告白を受けたからではない。なぜ幼馴染は俺を選んだのか。わからない。隼人のことはよく知っていた。知っていたはずなのに。
──わからない。
──わかんねぇよ。
「なあ、隼人。どうして『私』なんだ?」
「七乃が好きだからだよ」
「あ、ああ、そっか、そうだよな。ごめん」
《好きだから》。
──ただ、好きだから。
俺は後ろ髪をかいた。
くそ、そりゃそうだよ。好きじゃない奴にこんなことは言わない。さっきもあんなに熱く語っていただろ。あれは全部俺に宛てられた言葉だ。俺以外にいない、ただ俺だけに宛てた言葉。
「あ、その、返事とかさ、別に今じゃなくてもいいからさ。ただ、俺の気持ちを七乃に知ってほしくて。だから、これはその、自己満足みたいなものだからよ」
「いいや。その返事、今から返す」




