↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一番後ろの一等星〜自称・普通のドラマーは、天才バンドマン3人の激重な溺愛に気づかない〜  作者: 嘉ノ海 祈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/36

第6話 モテたかったからです

 取材の日のかなは、朝から別人である。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします。あ、前回もカメラ担当してくださった方ですよね。お子さん、もう歩きました?」


 スタジオに入って三十秒で、カメラマンさんの顔がほころんだ。前回の取材は四か月前で、世間話に出たのは一回きりのはずだ。よく覚えているものだと思う。


 というか、覚えているのではない。覚えてきているのだ。この人は取材の前の晩、現場に来る人の名前と、前に話したことを全部ノートに書き出して確認する。二十年以上付き合っている私が言うのだから間違いない。人見知りを努力で克服するとこうなる、という見本みたいな男である。


 ちなみに三十分前、控え室での会話はこうだった。


「襟」

「はい」


 以上だ。


 今日の取材は音楽誌の巻頭で、四人のインタビューと撮影がある。私は出るほうと着せるほうの両方なので、朝から針山を腕に付けたまま走り回っていた。


 撮影が終わって、インタビューが始まる。


 聞き手はこの雑誌で十五年書いているベテランのライターさんで、うちのことはインディーズの頃から知っている。つまり、ごまかしが利かない相手だ。


「まずは再始動、おめでとうございます。第二楽章、第一楽章に比べて音がずいぶん変わりましたね」

「ありがとうございます! 変わりましたよね。でも僕らとしては、変えたというより、着替えた感じなんです」


 かなが笑って答える。声がいつもより半音高い。


「中身は同じ四人なので。服が変わっても、心臓の位置は変わらないじゃないですか」

「うまいこと言いますね」

「昨日お風呂で考えました」


 ライターさんが吹き出した。陽太が「こいつ風呂長いんすよ」と乗っかって、澄人さんが「一時間は出てきませんね」と静かに足す。場があたたまる。見事なものだ。


 こういうとき、私はだいたい黙っている。喋るのは三人の仕事で、私の仕事は三人がちゃんと映ることだ。かなの襟は今日も完璧である。


「柏木さんに伺います。第二楽章、ギターがずいぶん難しくなっていませんか」

「そうなんすよ!聞いてくださいよ」


 陽太が身を乗り出した。


「こいつ毎回、前の曲より上を目指すんで。デモが届くたびに、ギターの難易度が上がってくんです。頭の中で鳴った音をそのまま書いてくるから、指が六本ないと押さえられないコードが平気で入ってる」

「陽太なら弾けると思って」

「弾けねえよ! 弾けるようになるまで三日かかったわ!」

「三日で弾けてるじゃん」

「そういうとこだぞお前」


 ライターさんが声を出して笑っている。澄人さんが「私の譜面も同じ目に遭っています」と静かに足して、もう一段湧いた。


 笑い話である。笑い話なのだが、その三日間、陽太がほとんど寝ていなかったことを私は知っている。指先にテーピングを巻いたのは私だ。


 それを笑って話せるところまで持っていくのが、この男のすごいところだと思う。


「休止中のお話も伺いたいのですが。久遠さんはソロで『借りもの』を出されました。全曲カバーでしたね。ご自分の曲を歌わなかったのは、なぜでしょう」


 さすがファン歴十五年。一番訊かれたくないところに、まっすぐ来た。


 かなは一拍も置かず答えた。


「自分の曲は、この四人で鳴らすものだと思ってるので」


 にこっと笑う。


「一人のときに歌うのは、なんか浮気みたいで。だから人様の名曲をお借りしました。タイトルもそのまんまです」

「なるほど。律儀なんですね」

「愛が重いってよく言われます」


 また笑いが起きた。


 完璧な答えだ。たぶん、これも風呂で考えてきたのだろう。


 ただ、私は知っている。あの二年、かなはコルレオの曲を一小節も書いていない。浮気がどうこう以前に、書けなかったのだ。それを「この四人で鳴らすものだから」に言い換えて、笑顔で差し出せるのが、この人のすごいところで、ちょっと怖いところでもある。


「では、根本的な質問を。これはファンも気になっている方が多いと思うんですが……。久遠さんは、そもそもなぜ曲を作り始めたんですか」

「あー」


 かなが頭をかいた。照れたような、困ったような顔。これも上手い。


「モテたかったからです」


 スタジオが、どっと沸いた。


「正直ですね!」

「小学生のとき、足も遅いし面白いことも言えなくて。何かひとつくらい、すごいって言われたかったんですよ。それで曲を作ったら……今です」

「モテました?」

「それが全然。おかげで曲作りに集中できて、曲ばっかり増えました」

「それは、聴く側としては助かりますね」

「結果オーライです」


 かなは明るく笑った。


 それから、ほんの一瞬だけ、こっちを見た。


 ……へえ。初耳である。


 でも、言われてみれば納得がいった。小学生のかなは、女子と目も合わせられない子だった。話せる女子は私しかいなくて、その私にすら最初の曲を聴かせるのに一週間かかった。変わりたかったのだろう。


 あの子なりに、必死に。


 それにしても、誰にモテたかったのか。同じクラスの誰かだろうか。言ってくれれば、手紙の一通くらい届けてあげたのに。


 そんなことを考えていたら、隣の陽太が小さく咳をした。澄人さんはお茶を飲んでいる。二人とも、なぜか私のほうを見ない。


「園原さんにも伺います」


 急に名前を呼ばれて、背筋が伸びた。


「第二楽章から、衣装がかなり華やかになりましたね。一部で賛否があるようですが、あれはどなたの発案ですか?」


 来たか、と思った。


 賛否というのは優しい言い方で、実際には「スタイリストが自分の好みでバンドを変えた」と言われているらしい。らしい、というのは、私は自分の名前を検索しないからだ。


 発案は、かなである。


 再始動の前、かなは私に頭を下げた。もっと派手にしてほしい。照明に負けない色にしてほしい。自分の顔に自信がないから、服とメイクで立たせてほしい。そう言って。


 かなの口が開きかけた。


「あれは僕が」

「私の趣味です」


 言葉を、上からかぶせた。


「前からやってみたかったんです。ステージで映える色を使いたくて。三人には、わがままを聞いてもらいました」


 ライターさんがメモを取る。


 これでいい。バンドのリーダーが自分の見た目を気にしている、なんて書かれるより、スタイリストが派手好きだと書かれるほうが、ずっとましだ。かなが何年もかけて作った顔に、余計な傷をつけることはない。


 隣を見た。かなは笑っていた。笑っていたのだが、一瞬だけ、笑顔の形のまま目が止まった。


 真顔だ。口だけが笑っていて、目が完全に素に戻っている。瞬きひとつぶんの長さで、すぐに元の明るい顔に戻った。たぶん、ライターさんは気づいていない。


 取材は和やかに終わった。


「ありがとうございました!記事、楽しみにしてます!」


 かなは最後までライターさんを見送って、手を振って、扉が閉まった瞬間に電池が切れた。笑顔がすとんと落ちて、肩が下がって、その場にしゃがみ込む。


「おつかれ。水いる?」

「……なんで言った」


 低い声だった。半音どころか、一オクターブ下がっている。


「何を」

「衣装。僕が頼んだのに」

「かなが言うことじゃないでしょ。あれは私が言っておけば済む話」

「済まない」

「済むよ。私は別に、何て書かれても平気だし」


 本当のことだ。見ないのだから、平気も何もない。


 かなはしゃがんだまま、こっちを見上げた。怒っているような、泣きそうなような、変な顔をしている。


 なんでそんな顔をするのか、わからない。私はかなの作った顔を守っただけなのに。


「園原さん」


 閉まったはずの扉がもう一度開いて、ライターさんが顔を出していた。忘れ物らしい。かなは一秒で立ち上がって、何事もなかったように笑っている。切り替えが早すぎて、ちょっと怖い。


「さっきは言いそびれたんですけど。先月VESPERを取材したとき、鳴海さんがあなたの衣装の話ばかりしていましたよ。一度お仕事をご一緒したいって、ずいぶん熱心に」

「はあ。それは、どうも」


 初耳だった。この前から、妙にあの人の名前を聞く。


「恐れ入ります」


 返事をしたのは、私ではなかった。


 いつのまにか澄人さんが隣に立っていて、いつもの穏やかな笑顔でライターさんに頭を下げている。


「そういったお話は、ぜひ事務所に共有いただけますと幸いです。本日はありがとうございました。次の予定がございますので、こちらで失礼いたします」


 丁寧だった。

 不気味なくらい、丁寧だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。