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一番後ろの一等星〜自称・普通のドラマーは、天才バンドマン3人の激重な溺愛に気づかない〜  作者: 嘉ノ海 祈


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幕間 三好千秋の業務メモ

 先に白状しておくと、自分はこのバンドのファンである。


 ファンと言っても、最近好きになりましたという可愛いものではない。中学二年でインディーズ盤の『放課後レグルス』を買い、高校の三年間をほぼ全部コルレオに捧げ、活動休止の発表の日は会社のトイレで四十分泣いた。そういう種類のファンだ。


 面接では一言も言わなかった。言ったら落とされると思ったので。


 だから着任初日の今日、自分には固く決めていたことがあった。


 はしゃがない。見とれない。仕事をする。


 結論から言うと、はしゃぐ余裕はなかった。それどころではなかったのだ。


 以下、手帳に書いた今日のメモである。


・園原さんの家の鍵は、柏木さんが持っている

・園原さんが最後に食事をした時刻を、雨宮さんが把握している

・園原さんのスマホを、久遠さんが本番中に預かる

・園原さん宛ての連絡は、雨宮さんに届く

・帰りの車は、園原さんの家に最初に寄る。遠回り

・以上について、園原さんは何も疑問に思っていない


 書き出してみて、三回読み返した。


 ――これは、なんだろう。


 ファンの間では昔から「コルレオは距離が近い」と言われてきた。テレビの番組でも、切り抜き動画でも、四人はいつも近い。それを微笑ましいと言う人もいれば、面白くないと言う人もいる。面白くない人の矛先は、だいたい園原さんに向く。


 でも内側から見たら、近いなんてものではなかった。

 

 柏木さんはペットボトルの蓋を緩めてから渡していた。雨宮さんは裾を縫ってもらう間、息まで止めていた。久遠さんは、直っている襟を「直ってない」と言い張って、園原さんに触ってもらうまで椅子から立たなかった。テレビではいつもあんなに明るく笑っている人が、楽屋ではその一言しか喋らなかった。


 そして三人とも、園原さんが背中を向けた瞬間にだけ、同じ顔をする。

自分はあの顔を知っている。ライブ会場で、推しを見上げる自分たちの顔だ。


 つまり――


 この人たち、全員、園原さんのことが好きなのでは。


 書きかけて、さすがに手帳には残せないと思って消した。新任マネージャーが初日に書くメモではない。


 しかも当の園原さんは、自分に「いつもこうなんですか」と訊かれて、本気で不思議そうな顔をしていた。何を訊かれているのか、絶対にわかっていなかった。


 気づいていないのだ。多分、一ミリも。


 収録のあと、雨宮さんに廊下へ呼ばれた。


「三好さん、初日からお疲れさまです。ひとつだけ、お願いがありまして」


 雨宮さんは、ファンのあいだで「コルレオの良心」と呼ばれている人だ。声が穏やかで、物腰がやわらかくて、怒ったところを誰も見たことがない。その人が、にこにこしながら紙を一枚くれた。


「園原の件で、いくつか決まりごとがあるんです」


 紙には、こう書いてあった。


・園原宛ての外部からの連絡は、すべて雨宮を通すこと

・移動は必ずメンバーかスタッフが同行すること

・ラジオ番組に届く園原宛てのメールは、放送前に内容を確認すること

・SNS上の園原に関する投稿について、本人に伝えないこと


「彼女に余計なものを見せたくないんです。三人で決めたことで、社長にも了承をもらっています」

「あの、園原さんご本人は、この決まりを」

「知りません」

 

 即答だった。笑顔のままだった。


「知らないままでいてほしいんです。ご協力、お願いできますか」


 はい、と答えるしかなかった。

 

 優しさなのだと思う。本当にそうなのだと思う。


 今日の本番前、自分は手元のスマホでSNSを見ていた。番組の観覧に当たった人の投稿から火がついて、園原さんの名前が、あまりよくない言葉と一緒に流れていた。『ドラムなんて誰でもいい。三人の邪魔。なんであの女がまだいるの』


 ……同じ時間に、久遠さんが園原さんのスマホを抜き取るのを見た。画面を下にして置く前に、親指が何度か動いていた。


 消していたのだと思う。届いた通知を、一件ずつ。


 柏木さんが今日やたらと笑っていたのも、たぶん同じ理由だ。あの人は、何かを隠すときに笑う。休止中の二年間、毎週ラジオを聴いていればわかる。


 守っているのだ、三人で。


 二年前、自分はトイレで泣きながら、コルレオに戻ってきてほしいと願った。戻ってきてくれた。だから今度は自分が支える番だと思って、前の会社を辞めた。


 その気持ちは、今も変わらない。変わらないのだが――。


 帰りの電車で、もう一度だけ手帳を開いた。雨宮さんにもらった紙が挟んである。


 何も知らないまま、三人の背中を追いかけていった園原さんの顔を思い出す。あの人はスティックをつかんで、ちょっと面倒くさそうに、でも嬉しそうに走っていった。


 守られているのは、本当に園原さんのほうなんだろうか。


 メモの最後に一行だけ足して、自分は手帳を閉じた。

・ この件、絶対に誰にも言わない。静かに見守る。

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