↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一番後ろの一等星〜自称・普通のドラマーは、天才バンドマン3人の激重な溺愛に気づかない〜  作者: 嘉ノ海 祈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/38

第30話 きみの姿を見たいから

「園原さん。今回もカメラ、ドラムにしっかり寄りますからね。しっかり目線をお願いします」


 十二月九日、水曜日。今日はアリーナライブの同時配信についての打ち合わせが、テレビ局で行われる日だった。


 配信を担当するのは、先月の生放送と同じスタッフ。会議室に入ると、あのときのプロデューサーさんがいた。五十代くらいだろうか。声が大きく、いつも腕まくりをしているのが印象的な人だ。


 打ち合わせ自体は、三十分で終わった。カメラの台数、切り替えの段取りなど、細かくステージの流れを詰めていった。『獅子の心臓』の曲の最後だけは、うちの照明さんの指示に全部従ってもらうことにした。中身は私にだけ伏せられているので、詳細は分からない。


 帰り際、荷物をまとめていたら、プロデューサーさんが声をかけてきた。


「カメラ、寄せてくださるんですね。ありがとうございます。先月に引き続き……」

「いやぁ、久遠さんに、あそこまで頭を下げられちゃねぇ」


 荷物をしまう私の手が止まった。


「……久遠、ですか?」

「あれ、聞いてない?」


 プロデューサーさんは、しまった、という顔をした。それから、まあいいか、という顔になった。開き直りが早い。


「生放送の二日前に突然、一人で来たんですよ、うちの局に。マネージャーも連れずにね」

「かなが? 一人で?」

「驚くでしょう?……受付で二時間待ってたそうですよ。で、私の顔を見るなり、こう」


 プロデューサーさんはそのまま腰を、九十度に折ってみせた。


「『ドラムを映してください!』って。最初、何の話かわからなくてね。テレビで見るあの人は、もっとこう、ぺらぺら喋るでしょう?……それが、つっかえつっかえで。顔もずっと下を向いたままだし」


 プロデューサーさんは、腕を組んだ。


「『うちの音は、一番後ろから始まるんです。そこを映さないと、うちを映したことにならない』――そう言われてね。手が震えてましたよ、彼」


 ……言葉が出なかった。


 てっきり、澄人さんだと思っていた。事務所の窓口として、テレビ局との交渉をやってくれているのは澄人さんだから。


 かなは、知らない人と話すのが何より苦手である。


 取材の前の晩に、相手の名前をノートを見て覚えてくる人だ。台詞を用意していかないと、初対面の人の前では一言も出てこない。外向きの顔は、楽屋で私が襟を直してスイッチを入れないとかぶれない。


 そんな人が一人で。誰の力も借りずに……。


「いいリーダーをお持ちだ」


 プロデューサーさんはそう言うと、私の肩をぽんと叩いて出ていった。


 廊下に出ると、三人が待っていた。


 陽太は自販機の前で小銭を数えていて、澄人さんは三好さんと予定の確認をしている。かなは、少し離れた壁にもたれて、床を見ていた。打ち合わせで外向きの顔を使ったので、半分電池切れみたいな表情をしていた。


「かな。ちょっと」

「ん」

「来て」


 かなの袖をつかんで、引っぱった。


 いつもと逆である。かなは目を丸くしながらも、されるがままでついてくる。陽太は「どうしたんだ?」と首を傾げ、澄人さんは黙ったままこちらを見ていた。


 非常階段の扉を押して、踊り場に出る。


 寒かった。コンクリートの壁と、鉄の手すり。窓がなくて、非常灯の緑の光だけが点いている。扉が、背中で閉まった。


「……いと?」

「生放送の前。ここに、一人で来たって」


 かなが豆鉄砲を食らったような顔をした。


「……誰に聞いたの」

「プロデューサーさん」

「言わないでって、言ったのに……」

「私が聞いたら教えてくれた。てっきり、頼んでくれたのは澄人さんだと思ってた……」

「……澄人さんには言ってない。陽太にも」

「なんで?」

「言うほどのことじゃないから」


 かなは、手すりのほうを向いた。


「かな、人と話すの苦手なのに……。なんで、自分で行ったの?いつもは澄人さんに頼んでいるのに」

「澄人さんが頼んだら、事務所のお願いになる」


 かなは振り向かない。


「事務所のお願いだと断られる。前も、断られた。カメラ割りはこちらで決めますって」

「……前も?」

「収録のとき。いとが映らなかったやつ。あのあと、澄人さんが抗議した。丁寧に。……でも、だめだった」


 ――知らなかった。


 あの収録のあと、三人の空気が冷えたのは覚えている。澄人さんがものすごく丁寧な声で、スタッフさんと話していたのも。


「だから、僕が行った。事務所としてではなく、曲を書いた本人が、自分の曲はこうだって言えば、また違うから……」

「怖くなかった?」

「怖かった」


 即答だった。


「受付で待っている間、三回、帰ろうと思った……」

 

 そうとうな勇気が必要だっただろうなと、かなの縮んだ背中を見て推測した。


「よく、ちゃんと伝えられたね。いつも台本がないと、喋れないのに……」

「……練習した」


 かなは私の方へ身体を向けると、自分の上着のポケットに手を入れた。


 そこから出てきたのは、小さいノートだった。黒い表紙の、手のひらくらいのやつ。取材の前の晩に、人の名前を書いているノートだ。


 かなは、静かにページを開くとこっちに向ける。視線はノートに固定されたままだ。


 非常灯の緑の光で、ぼんやりと映る文字を読む。


『ドラムを映してください』

『うちのバンドはドラムが大事なので』

『うちの音は一番うしろから』


 線で消された文字が並ぶ中、丸がつけられた三つのセリフ。


 その下には、同じ文が何度も何度も書いてあった。言い回しを少しずつ変えて。漢字を直して。順番を入れ替えて。


 ページをめくった。次のページも、そうだった。その次も。


 五ページ目が最後のようで、いちばん下に少し大きめの文字でメモ書きがあった。


『いとを、見てほしい』


 息が、止まった。


「……これは、言ってない」


 かなが、ノートを閉じた。


「言おうとして、やめた。プロデューサーさんに言うことじゃないから」

「かな」

「うん」

「ありがとう」

「お礼は、いらない」


 やっと、視線がこっちを向いた。非常灯にかなの泣きぼくろが照らされる。


「いとのためじゃない。半分は、僕のため」

「……かなの?」

「僕が、見たかった」


 何を……と訊く前に、かなは続けた。


「僕は十二年、ライブ中にいとが叩いてるところを、ちゃんと見たことがない」

「……え」

「前を向いて歌うから。いとは、ずっと後ろにいる。音は聞こえる。背中で全部わかる。でも、見たことはない」


 言われてみれば、そうだった。


 私は十二年、三人の背中を見てきた。三人は十二年間、本番中に私を最後まで見ていない。


 当たり前のことだ。ボーカルは前を向く。ギターも、鍵盤も、客席のほうを向く。一番後ろの人間を振り返る暇は、本番中にはない。


「リハのときは、見てるでしょ?」

「リハのいとは、本番のいとと違う。本番のいとは、もっと」


 言葉を探すように、かなの目が泳ぐ。


「……もっと、いい顔をしてる。表情は一瞬しか見れないけど、音でもそれがわかる」


 かなは、ノートを握りしめていた。


「映ったら、録画できる。そしたら、いとの様子がもっと見られる。だから、頼みに行った」

「……じゃあ、あのときのやつも録画して見たの?」

「うん。見た」

「……どうだった?」


 訊いてから、何を訊いているのだろう、と自分で思った。


 かなは、少し黙った。そして、言った。


「四十回、見た」

「え、四十回?」

「いとが映った四小節だけ、何回も巻き戻して。……スティックが上がって、下りるところ。左足が動くところ。最後に、カメラのほうを見るところ」


 一瞬だったとはいえ、四十回は見すぎでは……。


「かっこよかった」


 まっすぐな視線で向けられた言葉に、私はくすぐったい気持ちになった。


 この人の歌詞は、いつも遠回りをする。花とか、天気とか、遠い町の話をして、何のことなのか三回聴かないとわからない。それが、この人の照れ隠しだ。


 それに慣れているため、こう率直に言われると心が落ち着かない。


「いとは叩いてるとき、常に口角が上がってる。楽しそうに。……知ってた?」

「……ううん。知らない」

「僕も、知らなかった。あそこまでイキイキとしているい(・)と(・)を、しっかりと見たことがなかった」


 かなは、うつむいた。


「もったいないことをした」


 何が、もったいないのか。訊けなかった。


 顔が、熱かった。


 ここは非常階段。暖房はなく、コンクリートの壁から常に冷気が伝わってくる。顔が熱いのを、部屋が暑いせいにはできなかった。


 ……徹夜続きで、風邪をひきかけているのだと思う。そうだと、思いたい。


「……寒いね、ここ」

「うん」

「戻ろうか」

「うん」


 そう言って、二人とも動かなかった。


 かなが、先に口を開いた。


「アリーナの」

「うん」

「最後の曲。隠してるって、言ったやつ」

「うん」

「あれも……半分は、僕のため」

「どういうこと?」

「秘密」


 かなは謎の微笑を、唇に漂わせた。


「いとは、いつもどおり叩いて。四つ数えて。いつものように楽しく。それだけでいい」

「わかった」


 かなは満足そうに頷くと、ノートを上着のポケットにしまった。しまう前に、最後のページのあたりを、親指で一回なぞった。


 そして、扉に手をかけた瞬間、こちらを振り向いた。


「いと」

「何?」

「襟」


 そういわれてかなの襟に視線を向けると、確かに倒れていた。


 手を伸ばして、直そうとする。


 いつもなら、ここでかなの背筋が伸びて、表情が切り替わる。でも、今日は切り替わらなかった。素のままの顔で、少しだけ目を細めて、私を見ていた。


「……今のは、スイッチじゃない」

「じゃあ、何?」

「直してほしかっただけ」


 かなは扉を開けて、先に出ていった。


 廊下の明かりの中で、陽太が「おせえよ、何してたんだよ」と言うのが扉越しに聞こえた。澄人さんの声が聞こえてこない。


 私は非常階段に、もう少しだけ残った。


 顔の熱が引くのを、待っていた。


 なかなか、引かなかった。

いつもお読みいただきありがとうございます!

そしていいねや評価もありがとうございます!

またしても日間ランキング入り、うれしいです◎

引き続き物語をお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。