↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一番後ろの一等星〜自称・普通のドラマーは、天才バンドマン3人の激重な溺愛に気づかない〜  作者: 嘉ノ海 祈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/38

幕間 三好千秋の業務メモ その二

 十月十九日、月曜日。


 音楽誌から、インタビューの原稿確認が届いた。


 マネージャーの仕事として、確認するのは普通のことだ。発売前に事実の間違いがないかを確かめて、直してほしいところがあれば伝える。


 ただ一つ、普通ではないことがこの事務所にはある。


「三好さん。原稿、会議室に四部お願いします。園原の分は要りません」


 雨宮さんは、いつもの穏やかな声でそう言った。


 四部。久遠さん、柏木さん、雨宮さん、それから自分。


 園原さんは、今日は番組衣装の直しで作業部屋にこもっている。呼べば来られる距離だ。呼ばないのだな、と思った。


 会議室に三人がそろって、原稿が配られた。


 最初に口を開いたのは、久遠さんだった。


「ここ、直してください」

 

 自分は、まだこの声に慣れない。


 テレビや取材で聞く久遠さんの声は、明るくて、よく通って、聞いている人を笑顔にする声だ。自分が中学生のころから聞いてきたのも、その声である。


 今、目の前の久遠さんは、ほとんど唇を動かさずに喋る。低くて、平らで、必要なことしか言わない。

指が置かれていたのは、園原さんの発言だった。


 ――衣装は私の趣味です。前からやってみたかったんです。


「僕が頼んだって、書いてもらって」

「それ出したら、糸音が嘘ついたことになるだろ」


 柏木さんが、すぐに返した。笑っていなかった。


「かばって嘘ついたスタイリスト、って書かれんの。今よりひどくなる」

「じゃあ、このまま出すの」

「出したくねえよ、俺だって」


 会議室が静かになった。


 自分は原稿に目を落とした。同じページの上のほうに、太字の小見出しがある。


 ――曲を作り始めた理由は「モテたかったから」。


 読み返して、指が止まった。


 あの日、自分は部屋の隅で取材に立ち会っていた。久遠さんが笑ってこれを言ったあと、一瞬だけ視線を動かしたのを覚えている。


 自分は中学生のころからのファンだ。久遠さんの最初の曲が、小学生のときに作られたことを知っている。インディーズ時代のライブで、本人が話していたからだ。最初に聴かせた相手は幼なじみだった、と。


 幼なじみ。

 

 ……いや。考えるのは、業務の範囲外だ。


「では、こうしましょう」


 雨宮さんが、赤いペンを取った。


「『私の趣味です』のあとに、久遠の発言を一行足していただきます。『わがままなんかじゃないです。僕は今の衣装が一番好きなので』。取材の場で実際に言ったことにしていただけるよう、私から編集部にお願いします」

「言ってない」

「言おうとして、遮られたでしょう。大意は合っています」


 久遠さんは、しばらく原稿を見ていた。


「……好きです、じゃ足りない」

「足りない分は、曲でどうぞ」


 柏木さんが、ふっと息を吐いて笑った。久遠さんは笑わなかったけれど、ペンを受け取って、自分でその一行を書き入れた。字が小さくて、右上がりだった。


「糸音には、俺から言っとくわ。原稿、問題なかったって」

「お願いします」


 それで、決まった。


 園原さんは、自分の発言がどう直されたのかを、発売日まで知らない。


 三人とも、園原さんを守ろうとしている。それは本当だと思う。見ていればわかる。


 でも、あの人のいない部屋で、あの人のことが決まっていく。


 自分はそれを、四部の原稿のうちの一部を持って、黙って見ている。


 席に戻ってから、事務所の共有メールを開いた。編集部に返信するためだ。


 受信箱を下にたどっていて、手が止まった。一通、「対応済み」の印が付いたメールがある。


 差出人は、アストレア。VESPERの事務所だ。

 件名は、こうだった。


『園原糸音様への衣装制作ご依頼の件(再々送)』


 再々送。つまり、三通目ということだ。


 対応済みにしたのは、雨宮さんだった。日付は、先週の金曜日。あの取材の日の夜である。自分は画面を閉じた。


 決まりごとの紙には、こう書いてあった。園原宛ての連絡は、すべて雨宮を通すこと。


 通したあと、その連絡がどこへ行くのかは書いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。