第36話 国王の平伏と、無能たちの末路
夕日に照らされる王宮の正面広場。
王都大結界の復活と魔獣の退散に沸き立つ歓声の渦を抜け、リーゼロッテとカインが通用門へ差し掛かろうとした、まさにその時だった。
「お、お待ちください! リーゼロッテ様!」
血相を変えて駆け込んできたのは、近衛騎士団・第3大隊長のガレスだった。
その後ろには、近衛兵たちに守られた国王その人と、生き残った貴族や重臣たちが、整然と隊列を組んで姿を現した。
煤で汚れ、威厳ある王外套をボロボロにした国王が進み出てくる。
その顔には、かつて公衆の面前でリーゼロッテを見下ろしていた王族の傲慢さは欠片も残っていなかった。
国王はリーゼロッテの目の前で足を止めると、周囲の貴族たちが見守る中、深々と頭を下げた。
「……リーゼロッテ嬢。我が国の未曾有の危機を救い、数十万の民の命を繋ぎ止めてくれたこと、国王として、そして一人の人間として、心より感謝申し上げる」
一国の君主による、公衆の面前での平伏。
取り巻きの貴族たちが息を呑む中、リーゼロッテは琥珀色の瞳をわずかに細め、至って穏やかに会釈を返した。
「礼には及びません、陛下。私はただ、冒険者ギルドを通じて受注した『SSランク特務依頼』の契約条項を、職人として履行したに過ぎませんから」
一切の驕りも、恨みも、情すらも交えない、完璧なるビジネスの塩対応。
その凛とした佇まいに、国王は己の過去の不明を恥じるように唇を噛み締めた。
だが、その厳粛な空気を台無しにするように、背後の瓦礫の影から喚き声が響き渡った。
「ば、化け物め……! 我が家の正統なる魔導を愚弄し、よくもぬけぬけと戻ってきたな!」
現れたのは、炉心の暴走時に真っ先に逃げ出したはずの新任魔導院長、バルタザール伯爵だった。
衣服こそ煤けているものの、安全な地下シェルターに隠れていたのか、怪我ひとつ負っていない。
その隣には、憲兵隊を煽って別邸を包囲させたダミアンと、その父クライン子爵が、血走った目で控えていた。
「陛下! 騙されてはなりません!」
バルタザールが唾を飛ばしながら国王へすがりつく。
「大結界が落ち、炉心が暴走したのは、すべてこの女が退職時に仕掛けていった卑劣な破壊工作のせいです! 自作自演の危機を自分で解決し、救世主面をして国から大金を巻き上げようという国賊の企みに違いありません!」
「左様でございます!」
ダミアンもまた、狂気じみた形相で叫び立てた。
「この女は不吉な魔族の子供を隠匿し、その妖術で王都を呪ったのです! 今すぐ衛兵を動かし、この場で手首を縛り上げて地下牢へぶち込むべきです!」
己の無能と過失をすべてリーゼロッテに擦り付け、保身を図ろうとする醜悪極まりない悪あがき。
広場に集まっていた騎士や職人たちから、怒りのざわめきが急速に広がり始めた。
その時だった。
「――おいおい。相変わらず、耳障りな鳴き声を上げる豚どもだな」
場違いなほど気怠げな声とともに、カインがゆっくりと前に進み出た。
ボサボサの茶髪を揺らし、左耳の通信ピアスを軽く指先で弾く。
「な、何だ貴様は! 一介の冒険者風情が、貴族の会話に口を挟むな!」
「冒険者? まだ肩書きの読み方も覚えてねえのかよ、無能院長」
カインは冷笑を浮かべ、黒革の査察手帳の内側から、銀糸の魔導術式で封じられた分厚い書類の束をバサリと引き抜いた。
そこには、王立冒険者ギルド中央本部、ならびに最高評議会の紫水晶色の刻印が押されている。
「ギルド特務監察令に基づき、過去半月における王立魔導院の『資材調達記録』並びに『炉心管理ログ』の全データを押収・照合させてもらったぜ」
「な……何だと!?」
バルタザールの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「読み上げてやろうか? 『リーゼロッテ氏が調達していた正規の冷却触媒液の予算、金貨八百枚を着服』『代わりに純度の低い安価な粗悪結晶を無許可で炉心へ注入』『目詰まりを起こした安全弁を針金で強引に固定し、事故報告書を改ざん』……おいおい、子供の小遣い帳でももう少しマシな偽造をするぞ」
「め、出鱈目だ! そんな記録、身に覚えがない!」
「身に覚えがない? お前の執務室の隠し金庫から、着服した金貨と裏帳簿をまるごと差し押さえたギルド情報部の報告書にも、同じことが言えるか?」
カインが突きつけた帳簿の写しには、バルタザール自身の署名と実印が、動かぬ証拠として鮮明に刻まれていた。
さらに、カインの冷徹な灰色の瞳が、隣のダミアンとクライン子爵を射抜く。
「それから、クライン子爵家。私設兵を動員してのギルド重要査察対象への不法侵入、並びに虚偽の密告による近衛憲兵隊の不正動員。……全部、ギルド国際規約第七条『重犯罪指定』に該当する。お前らの身柄は、今この瞬間から全大陸ギルド協定の拘禁対象だ」
「ひっ……!? ち、父上……!?」
「ば、馬鹿な……! ギルドごときが貴族を裁くなど――」
「黙れッッ!!!」
広場を揺るがす、怒号。
叫んだのは、震える拳を握りしめた国王だった。
その瞳には、かつてないほどの激しい怒りと侮蔑の炎が燃え盛っていた。
「余を欺き、国を滅亡の淵へと追い込み、あまつさえ恩人を陥れようとしたか……! 我が王家の名を泥水に叩き落とした大罪人どもめが!」
国王の鋭い眼光が、周囲を取り囲む近衛兵たちに向けられた。
「近衛隊、ガレス! その者たちの身ぐるみを剥ぎ、爵位と全財産を没収の上、直ちに地下牢へ投獄せよ! 二度と日の光を拝ませるな!」
「ハッ! 直ちに!」
ガレスの号令一下、屈強な騎士たちが一斉に踏み込んだ。
情けない悲鳴を上げ、泥にまみれて取り押さえられるバルタザールとダミアン。
連行されていく無能貴族たちの姿に、広場の騎士や民衆から、嵐のような怒号と嘲笑が浴びせかけられた。
完全に掃除の終わった広場。
夕暮れの風が吹き抜ける中、カインは査察手帳をパチンと閉じ、満足げに息を吐いた。
「やれやれ、これにてゴミ処理も一件落着だ。……で、国王陛下?」
カインは冷え切った笑みを浮かべ、懐からもう一枚、真紅の封蝋が押された『SSランク特務依頼・完了証明書』を差し出した。
「約束の基本報酬、大金貨五千枚。国庫からの即時一括払いの手続き、よろしくお願いしますよ」




