第22話 憲兵隊の襲来と、カインの鉄壁ガード
前庭の折れた門扉の仮修理を終えたばかりの別邸アトリエ。
昼下がりの穏やかな空気は、地鳴りのような重々しい行軍音によって無惨に踏みにじられた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。
整然と揃えられた軍靴の響き。
現れたのは、黒と銀の重装甲冑に身を包んだ数十名の武装集団――王都の治安維持と反逆者の摘発を司る、近衛憲兵隊の一個中隊だった。
手には分厚い鋼鉄の盾と、魔力を帯びた捕縛用の長槍。
ダミアンが引き連れていた私兵とは比較にならない、統率された冷酷な殺気がアトリエの敷地を取り囲む。
ガシャンッ! と盾が一斉に地面に打ち据えられ、包囲陣が完成した。
「……っ」
庭のテラスで薬草の根の選別をしていたベルが、小さな手を止めて怯えの声を漏らした。
麻のキャスケット帽を目深に被り直し、リーゼロッテの腰のあたりにすがりつく。
包囲した兵士たちの放つ刺すような視線が、幼い少女の全身を射抜いていた。
「大丈夫よ、ベル。私の後ろにいなさい」
リーゼロッテは作業用手袋をゆっくりと外しながら、ベルの頭にそっと手を添えた。
表情には微塵の動揺もない。
ただ、手入れしたばかりの庭の生垣が無骨な鉄盾で押し潰されていることに、わずかに眉を寄せただけだった。
包囲の前面へ、豪奢な羽飾りをつけた兜を抱えた男が進み出てきた。
近衛憲兵隊の中隊長である。
その隣には、先刻逃げ帰ったはずのダミアンが、勝ち誇った卑劣な笑みを浮かべて控えていた。
「リーゼロッテ・フォン・アルステット!」
憲兵中隊長が、冷徹な声で通告を読み上げる。
「貴殿に国家安全保障条約第7条違反、並びに『禁忌種族・魔族の不法隠匿』による国家反逆の容疑がかけられている! 直ちにその背後の魔族を引き渡し、本署へ同行願おう!」
「魔族の隠匿、ですか。ずいぶんと大仰な言いがかりですね」
リーゼロッテは冷ややかに応じた。
「この子はギルドの正式な規定に基づき、経過観察として私の元で預かっている保護対象です。国家反逆などという罪状に心当たりはございません」
「黙れ、逆賊の小娘が!」
中隊長の横から、ダミアンが待ちきれない様子で喚き立てた。
すでに股間の汚れは新しい服に着替えており、大部隊を背負ったことで強気を取り戻している。
「言い逃れはできんぞ! ギルドへの登録記録から、貴様が隣国の禁忌迷宮の深層からその子供を連れ出した事実はすでに割れているのだ! これほどの高密度魔力を秘めた個体、凶悪な魔族以外の何者でもない!」
ダミアンは下卑た舌舐めずりをしながら、憲兵たちへ手を振った。
「中隊長殿、問答無用で捕縛なされよ! そのガキを縛り上げ、リーゼロッテの手足を鎖で繋いで王宮の魔力炉へ放り込むのです! 国家の危機を救うための生贄として、己の身を捧げさせるのだ!」
「総員、構え!」
中隊長の号令一下、十数本の魔導槍がリーゼロッテとベルに向けて水平に構えられた。
槍の切っ先から、青白い電撃の火花がバチバチと音を立てる。
逃げ場を完全に塞がれた包囲網。
「……りーぜ……っ」
ベルの瞳から涙がこぼれ落ちそうになる。
また、自分のせいで。
自分の持っている呪われた魔力のせいで、優しいリーゼが傷つけられてしまう。
恐怖と絶望から、ベルの体内の黒炎が暴発寸前まで沸騰しかけた――その時。
「――おいおい。公権力を笠に着た追剥ぎ共が、昼日中から随分と景気よく喚いてんなぁ」
場違いなほど気怠げで、軽薄な男の声が敷地の入り口から響き渡った。
ザッ、と砂利を踏む軽快な足音。
包囲していた憲兵たちが一斉に振り返り、槍の穂先を向け直す。
「何者だッ! 近衛憲兵隊の公務執行中である、立ち去らねば同罪とみなす――」
「公務執行? へぇ、そいつは傑作だ」
現れたのは、ボサボサの茶髪を揺らした一人の青年だった。
仕立てのいい黒革の外套を羽織り、左耳の通信ピアスを揺らしながら、口元に冷え切った皮肉な笑みを浮かべている。
ギルド特務監察官、カイン・レドフォード。
カインは抜身の魔導槍が並ぶ包囲の隙間を、まるで散歩でもするかのように無造作に歩き抜けてきた。
そして、リーゼロッテとベルの前に立つと、背中でふたりを庇うようにして立ちはだかった。
「カイン。ギルド本部でお仕事じゃなかったの?」
「そのクソ忙しい仕事を放り出して、わざわざ走ってきてやったんだよ」
カインは肩を竦め、懐から真鍮留め具のついた黒革の査察手帳を抜き取った。
「おい、憲兵の隊長さんよ。お前らが今、槍を突きつけてるそのガキ……誰の管轄下にあるか、知っててやってんのか?」
「何だと……? 貴様、一介の冒険者が近衛憲兵に指図する気か!」
「冒険者? 書類の文字も読めねえのかよ、お前らは」
カインは冷笑しながら、手帳の内側に挟み込まれていた銀糸の刺繍入り羊皮紙を、バッと憲兵隊長の鼻先へ突きつけた。
「王立冒険者ギルド中央本部直属、特務監察令。――並びに、全大陸冒険者ギルド最高評議会直轄『重要査察指定保護令状』だ」
その羊皮紙の中央で、紫水晶色に輝く最高位印章が、魔力を帯びて淡く明滅した。
憲兵中隊長の顔が、見る見るうちに強張っていく。
「さあ、よく見ろ」
カインの眠たげだった灰色の瞳が、獲物を屠る獣のように鋭く光った。
「その子供の身元と処遇は、ギルド連盟の最高規約に基づき、俺たちギルド中央本部が『直轄管理』している。……地方国家の腐れ憲兵風情が、勝手に手を出していいタマじゃねえんだよ」
静まり返る前庭。
公権力を絶対と信じて疑わなかった憲兵たちを前に、カインが掲げた一枚の紙が、鉄壁の壁となって立ちはだかっていた。




