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9.重なる厄介事

 召喚型の魔法は2つに大別される。1つは“色狂いの覆面"のように魔道具が現れるタイプ、もう1つは未知の生物である魔物が現れるタイプだ。既存の動物に近しい姿をしている例も多く、外見だけで変異型の魔法使いと見分けるのは難しい。そんな魔物が変異型よりも冷遇されている理由は、理性の無い魔物が南にあった国を滅ぼしたかららしい。

 事件後、一緒くたに差別を受ける友好的な魔物達を守る為に、オノマテルは結成された。組織が影に潜み、隠れ里に魔物しかいないのは自然な流れと言える。


 町から辺鄙な隠れ里までの翼が欲しかった俺はハト男に取り憑いていた。遠目に見る限り、このまま堂々と里を歩いても違和感は無さそうだ。

 (とは言え、見慣れない顔は怪しまれるよな。)

 手頃な取り憑き先を探して魔物の少ない川沿いに出たところで都合良くアライグマが洗濯をしていた。ここで乗り捨てるとちょっとした騒ぎになりそうだが、隠れ蓑になると思えば悪くはない。俺は林と河原の境目に忍び寄って魔法を解いた。

 「んぁ?―ゥエ!」

 「誰!?―え?大丈夫ですか!?」

 木陰を伝うように背後に回り込む。アライグマを挟んでハト男と一直線に並んだところで俺は魔法を発動する。

 (…?何故だ?)

 間違いなく、アライグマの方が近かった。にも関わらず、いつもの吸い込まれるような感覚の後、俺はハト男の体にいた。

 (人じゃ無い、からか…?)

 死亡すると光の粒となって消える魔物は、変異型とは根本的に違う。俺は、魔物には取り憑けない―

 意外な弱点を思い知った俺は、羽が飛び散るのも気にせずにその場を飛び去った。


 (変異型の多い土地じゃなかったら詰んでたかもな…)

 イリナが俺の魔法の輪郭をどの程度掴んでいるのか分からないが、調査出来なかったと言うのは弱点を晒すに等しい。手ぶらで再会するわけにはいかない俺は、先程とは真逆の方向から隠れ里に侵入する。里の奴らに取り憑けない以上、ハトのままで探るしか無い。里と言ってもちょっとした町ぐらいの規模があるようだし乗り切れる可能性は高い、と読んで踏み込んだが、やはり視線が痛い。深い調査は断念して地理や市場の様子見をしたらさっさと撤退しよう。

 「オイ!テメェ、見ねぇ顔だな。」

 早足で辺りを見回していた俺の前に立ち塞がったのは、角を生やしたブタだった。

 「…誰の紹介だ?」

 「…イイア。」

 「ハッキリ言えよ。舐めてんのか!?」

 (ハッキリ喋れねぇんだよ、クソが。)

 胸倉を掴まれた俺は必死に喉元を指差す。

 「…テメェ、声が出ねぇのか?」

 俺が頷くと、ブタは手を離した。

 「ついて来い。テメェに聞かなきゃならねぇことがある。」

 行きたくない。だが、鋭い目から逃げる隙もない。魔物だらけのこの場所で一般人と変わりない俺は、大人しく後に続いた。


 「やっぱりイリナか!アイツは金しか持って来ないと思ってたが、同胞を助ける気もあったんだな!」

 路地裏の怪しげなバーの奥、筆談で俺に色々と質問したブタは、ようやく笑顔を見せた。

 「オレはビュオー。イリナと同じソルジャーだ。アイツは未だにコードネームを使わねぇが、オレはこれで通してる。」

 方々で悪さしてるだろうに、本名で活動してるのか、あの女は。まぁ名前なんてどうでも良いが。

 「テメェも人間共にやられた口だろ?分かるぜ。テメェらで勝手に呼び出しといて危ねぇだなんだって言って…勝手な連中だ。」

 確かに、人間に襲われていたところを、みたいな経緯をでっち上げたが、無駄に共感を呼んでしまったらしい。

 「同胞を助けたいって思いはオレも同じだ。だが、それ以上にオレは復讐がしたい!その為にオレは組織に入ったんだ!テメェも奴らが憎いだろ!?」

 頷くと、ブタは勝手に盛り上がっていく。

 「なのに実際はどうだ?ドンの方針はただ隠れるだけ。上の連中も雁首揃えてそれに従ってやがる。やり方がぬる過ぎるんだ!オレはこんなの認めねぇ…オレ達は力を見せつけて、堂々と町を歩くべきなんだ!」

 俺は頷きながら酒を注いでやる。勝手に喋ってくれるならそれに越したことはない。

 「だからオレは有志を募って人間の町を襲撃することにした。これで頭の固い連中も分かるはずだ、オレ達が日陰から出る日が来たことが!…テメェは運が良い。決行日は明日だ。テメェも来い。」

 (…ん?)

 「奥の部屋は好きに使って良い。今日はゆっくり休んで明日に備えるんだ。話はつけといてやるから、マスターにくっついて集合場所に来い。」

 「ア…」

 ブタはウイスキーをかっ食らって席を立ち、マスターとアイコンタクトをして出て行く。俺は荒い走り書きの紙を持って急いで席を立つ。

 「お客さん!…今日は休むように言われたんでしょう?部屋は向こうですよ。」

 追いかけることも許されないらしい。今は誰の不興も買いたくない俺は観念してドアノブから手を離した。


 (どうしてこうなった…)

 暗闇の中、月明かりに照らされた町を狙う魔物達が50体は集まっていた。一睡もしないマスターの目から逃れられなかった俺も、そのうちの1体として量産品の剣を持っていた。調査と思えば悪くない…と言い聞かせているが、どうしても危険との釣り合いが取れていない気がする。

 「時間だ…行くぞぉぉおおお!!」

 ビュオーの号令が響き渡る。一斉に駆け出した集団に流されるように俺も続いた。


 「オラァ!やれぇ!!皆殺しだ!!」

 先陣を切るビュオーは重い鎧を纏ってハンマーを振り回している。進軍としての速さは無いが、確実に前線を押し上げていく。次々と衛兵が倒れて行く様は、ビュオー達をさらに暴れさせる。狂気が深まる中、俺はいつ逃げ出すべきか決めきれずにいた。

 (衛兵の増援が来た時がチャンスか…?)

 「ギャアアッ!」

 さりげなく集団の外側に近付く中、後方から悲鳴が上がる。そこには、赤熱した泥に飲まれて踠く魔物がいた。魔物が光の粒となって消えると、泥は宙に浮き上がる。暗闇に赤々と燃えるそれは手の形をしていた。

 「クソがっ!!テメェら!マグマから離れろ!」

 ビュオーが目の前に来ると、丘に手が生えたようなマグマは萎んでいき、最後に少年の形を成した。

 「ビュオー。メッセンジャーとして忠告します。今すぐにこの暴動をやめて下さい。ドンはこんなことを望んでいません。」

 「邪魔するな、ゴボ!これはオレ達の正当な戦いだ!テメェだって恨みがあるんだろ!?今からオレ達の戦いを始めるんだ!!」

 「恨みはあります。それでも僕はドンの意思を尊重します。」

 「ただの使いっ走りが…調子に乗るなよ!テメェとはここまでだ!」

 ビュオーの周りで冷たい風が吹き荒れる。ゴボは即座に赤熱するが、先程の大きさに膨張する前に光と熱を失い、歪んだ顔が固まった。

 「ったく…オレの魔法を知ってるくせに邪魔しやがって。邪魔は消えた!一気に攻めるぞ!!」

 ビュオーの掛け声で再び皆が勢いづく。そう思った時、ビュオーの足元からマグマが噴き上がった。

 「グアァァッ!!!」

 小さな噴火はビュオーの体を溶かし、光の粒に変えた。飛び散ったマグマは、ついでのように何体かの魔物を溶かす。

 (コイツはヤバイ―)

 俺は土が焼ける臭いの中を、突っ切るように駆け出した。這うマグマはその身を飛び散らせながら次々と魔物を溶かす。建物の間に逃げ込んだ俺の影が伸びる。マグマの指が俺に迫っている。

 「んぁ?―ウェッ!ギャアアッ!!」

 曲がり角で魔法を解いた俺の目の前で、ハト男が溶けていく。さらに奥に駆け込み、角を曲がったところで俺は息を潜めた。悲鳴が消えるまで、俺はそこにいた。


 悲鳴と入れ替わるように、衛兵隊の声が聞こえて来た。この状況で、あれこれ聞かれるのは避けたい。騒ぎが収まるなら、移動しなければ。声が大きくなる方から急ぎ足で遠ざかる。

 (―ッ!)

 俺が路地裏を抜ける直前、目の前を少年が通った。あの惨劇の中心が通った。思わず壁に背を張り付けた俺は荒くなった息を整えて、偶然に確かめられた事実を噛み締める。俺は少年に取り憑けなかった。

 (ゴボも、魔物だ。)


 衛兵隊は、マグマの正体を熱心には探さなかった。焼け爛れた騒動の中心地から痕跡を追うのが困難な上に、町の破壊が目的とは思えないからだ。何より、魔物が徒党を組んで襲撃してきたという脅威に対処する必要がある。

 (オノマテルは危険過ぎる…)

 俺は厄介な奴らに目を付けられている。殺人を厭わない組織と縁を切らないうちにジャグに体を返すわけにはいかない。イリナを消すべきか?いや、それで片付く保証も無い。それに体を返す手掛かりも欲しい。

 (…なんか面倒になってきたな。)

 組織の一端を知った俺が決めたのは、調査の続行だけだった。

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