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10.若者達に見える村

 急いで朝食を済ませる波が去った頃、カフェテラスで優雅な時を過ごす女がいた。道行く男の視線を奪うその様は、常習的な窃盗犯とは思えない程に目立っている。新聞にご執心とも思えないが、黙って向かいに座る俺には目もくれない。

 「堂々としたもんだな。」

 「怯えて暮らす趣味は無いの。それで?」

 「お前の言った通り、本当に魔物だらけだった。近場にいつ襲って来るか分からない集団がいると知れたら、いくつかの町は大混乱だろうな。」

 「ビュオーを見たせいで印象が偏ってるんじゃない?大半は私を仲間に入れるくらいには友好的だし。」

 魔物でも無いのにどうやったのか分からないが、イリナがオノマテルの一員であることはビュオーの反応と一致する。

 「現場に魔物を一網打尽にするマグマがいた。メッセンジャーで間違いないか?」

 「ゴボは私が入る少し前からやってるんだって。幹部が悪さした時の歯止めが役割だから顔も広くて親しみやすいけど、ドンの意思を示す時は容赦が無い。今回みたいにね。」

 「…盗るもん盗ったらさっさとオサラバしたいもんだが、俺もドンの情報は得られなかった。他に手掛かりは無いのか?」

 「幹部の動向は掴みづらいの。もうしばらく仲良しでいましょ?」

 俺としてはイリナとも早々に縁を切りたいのだが、オノマテルにどんな報告をしているのか確かめないうちに下手な手出しは出来ない。俺が無害だと報告しているとしても、その直後に行方不明となれば疑いの目が俺に向きかねない。

 「それより手伝って欲しいことがあるの。」

 「それより?」

 「若返りの村に欲しいものがあるの。」

 「…俺に何の得がある?」

 「絶世の美女からの好感度が上がる、最高でしょ?」

 「断る。」

 「たまにだけど、口が滑りやすい日もあるの、私。」

 俺の目を覗き込むイリナに舌打ちを返す。

 「もうちょっとだけ性格が良けりゃなぁ…」

 「素直な人って大好き。行きましょ。」

 俺達は途中で別れて、違う日に村に入った。


 近付くにつれ輪郭を成すその塔の上部には、ステンドグラスがあった。レンズのような凸型をしている直径50cm程の村の象徴は、太陽光を受け煌びやかに村に降り注ぐ。その透過光は村に張り巡らされた様々なステンドグラスを伝って、幾つもの若返りスポットで村人を照らしていた。

 「太陽光じゃなきゃダメでな。張り巡らせるのも鏡の方が良さそうだが、ステンドグラスじゃなきゃ効果が消えちまうんだ。」

 ベンチに座っていた腰の曲がった若者は気さくで、両手を杖に乗せたまま色々と教えてくれた。

 「じゃあ、あなたも結構年上だったり?」

 「去年、還暦を迎えた。」

 「え?」

 「見えないだろ?妻も下手な化粧よりよっぽど良いっていつも言ってるよ。一時期は若者と遊べると思って引っ越したがる連中も多かったが、中身は変わらないから上手いこといく奴はほとんどいなかったよ。肝心の若者も外でしか出会おうとしなくなってたしな。結局のところジジババ同士で固まるもんなんだ。」

 「若作りにも限界があるもんなんですね…」

 「とは言え、マダムからの人気は根強くてな。土地の値段は結構なもんだ。地上げ相手に苦労してる子も多い。あの子みたいにな。」

 顎で示された先にいる若い女は、日が沈む前の光を浴びていた。

 「知り合いですか?」

 「話したことは無いが、酒場の看板娘だからこの辺だと有名人だ。年子の姉が人より早く歳を取る病気でな。釣り上がった税金を払う為に毎日働いてる。良かったら顔を出してやってくれ。俺はそろそろ帰らないとどやされるんでな。」

 杖をついて帰る背中を見送った後、俺は女の後を尾けるように酒場へ向かった。


 翌日の昼過ぎ、俺は塔を見上げていた。出入り口は目の前にあるドアと、展示台と塔を繋ぐ簡素なものしか無い。夜間は塔に収容されるステンドグラスを盗むには日が昇った時か落ちた時が狙い目になるが、警備を避けるのが難しい。俺1人で盗もうと思ったら工夫がいる。

 「算段はついた?」

 「…俺が騒ぎを起こしている間にお前が強奪するってのは?」

 「せっかくの綺麗な体を簡単に晒すなんてもったいないでしょ?」

 「あっそう…」

 イリナの手口は2度見ている。どちらも2つの勢力をぶつけた隙間を掻っ攫っていくスタイルだった。だが、今のところ警備にぶつける勢力が見当たらない。俺以外には。

 「気になることがあるの。この娘を調べてくれる?」

 イリナの指に挟まれた紙を抜き取って広げる。

 「その酒場の看板娘の仕事振りが知りたいの。明日また会いましょ。」

 「待て。夜明け頃まで飲んでたが、妙な点は無かったぞ。」

 「…流石ね。ついてきて。」

 意図が掴めないまま、俺は後に続く。

 「その娘にはお姉さんがいるの。」

 「年子で病気だったか?」

 「体が弱ってて碌に出歩けないお姉さんに、見た目だけでも自信を持って欲しい妹は看板娘として健気に働いて高い税金を払う。でも、日当たりの良い一等地に住むその姉妹を地上げ屋は見過ごしたりしない。」

 「つまり?」

 「あなたは看板娘が苦労している様子をお姉さんに伝えて地上げ屋の後押しをするの。」

 「何で見ず知らずの奴の後押しをしなきゃいけないんだ?」

 「その地上げ屋が私だから、だよ。」

 「…恐れ入るよ。」

 とっくに奇妙な立場に潜入を果たしていたイリナと共に、件の一等地へ足を運んだ。


 窓から射し込むステンドグラスの光に照らされたベッドの上で、ケイムは俺の話を聞いていた。髪や肌は病人とは思えない程に艶やかだ。この村の医者は奇妙な苦労があるに違いない。

 「ケイムさん。私はあなた方の為を思って提案しているんです。今の生活を続けるより、お金を受け取って隣町で暮らす方が良いと思いませんか?」

 「…」

 ケイムは俯いたまま、両手を握りしめている。突っぱねてこないということは、思うところはあるようだ。

 「何してるの、お姉ちゃん。」

 「ティファ…」

 起きたばかりだろう看板娘はイリナを見とめると荒い足取りで近付く。

 「イリナさん!ここは売らないって言いましたよね!?出て行って下さい!」

 「ティファ、聞いて。」

 「お姉ちゃんもこんな人の話し聞いちゃダメだよ!」

 「ティファ、私は無理してまでここに居たくない。一緒にここを出よう?」

 「無理なんかしてない!お姉ちゃんだって嫌でしょ!?お姉ちゃんの病気は治らないんだよ!?ここ以外の場所じゃ、年相応に見られることすらないんだよ!?」

 「どんなに見た目が良くても、ティファしか見てくれる人がいないの。」

 「そんなこと…!また勝手に私の服で出掛ければ良いじゃん!」

 「私はもうまともに出歩くことも出来ない。自分でも分かるの。最近は皺を隠す為に光を浴びてるでしょ?…もう限界なんだよ。私の代わりにティファが皺だらけになったら、笑えない…」

 「そんな…だって…」

 「私は長くない。最後の思い出がお互いの辛い顔だけなんて、嫌だよ…」

 (…役目は終わりだな。)

 気まずい沈黙に付き合う義理の無い俺は、黙って立ち去ることにした。


 この村における一等地とは、塔の上から降り注ぐ光を直接浴びることが出来る土地を指す。計算ずくの鮮やかさで最も彩られた場所ということだ。

 家財が運び出されたその空き家は、赤々と照らされていた。夕日ではない。当然、ステンドグラスの赤でもない。ただ単に、火が着いているだけだ。

 「水だ!水を運べ!」

 火事となるとほとんどは野次馬になりそうなものだが、呆然とするものは見当たらない。1つでも計算が狂えば村全体に影響が出ると、皆が分かっているからだ。この大騒ぎは警備を手薄にするのに効果的だった。

 (ここまで出来るなら俺は要らなかったんじゃねぇか?)

 人目を避けるにはこの状況ですら不十分だとしたら、イリナの魔法を解き明かすヒントになるかも知れない。塔の鍵を持つ警備員に取り憑いた俺は、堂々と中へ入る。扉を閉めると1度魔法を解き、藁を詰めた薄めの木箱を置く。再び取り憑くと、村の象徴を詰めて塔を出る。

 (協力者がいるのは楽で良い。)

 鎮まる気配の無い火勢に背中を照らされながら、俺は路地裏に入った。


 「まさか盗まれるなんて…もしかしたら、私達は運が良かったのかも知れません。」

 荷解きも終わっていない姉妹の新居に俺まで来ている理由は、木箱の受け渡し場所としてここを指定されたからだ。今はまだ、ケイムの姿に大きな変化は無い。

 「売却額とお間違い無いか、ご確認をお願いします。それと、ケイムさんにはこれを。」

 「これは、ワインですか?」

 「お祝いの品です。飲むと健康に良い魔道具なんだとか。どこまで本当か分かりませんけどね。」

 「そうなんですね…ありがとうございます。」

 (前に俺がすり替えたカビ臭ぇやつじゃ…まぁいいか。)


 金勘定を終え、イリナと俺は外へ出る。

 「少し前に高価なワインが盗まれたって記事が出てなかったか?」

 「気休めでも無いよりは良いでしょ?」

 飲み干したのか、気付いたのか。とにかく中身は別物らしい。

 「…とんだ嘘つきだな。」

 「悪い子はおキライ?」

 「良い子の方が好きだけど、悪くてもいい子はもっと好きだ。」

 イリナはこちらをチラリと見る。俺はそんなに意外なことを言ったのだろうか。

 「地上げの仕事で巻き上げたお金は組織に回すね。」

 「俺はタダ働きか?」

 「情報を探る為の投資。大事でしょ?」

 「…好きにしてくれ…」

 「またね、ジャグ。」

 またしても去り際に投げキッスを送られる。俺がそれを掴み取り食べる仕草を見せると、イリナは小さく笑って去って行った。

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