7.毒フグの踏み台
手持ちの宝石を換金して店を出ると、掲示板の前に人だかりが出来ていた。輪の外側にいる二足歩行のカバに問い掛ける。
「何の騒ぎです?」
「ん?…賞金首が近くにいるんだと。」
カバは俺を一瞥した後、顎で示す。俺は人だかりの隙間を覗きながら続ける。
「へぇ…盗みですか?」
「いや、殺しだ。頭だけがフグになる料理人で、自分の店でやったらしい。」
「…包丁で?」
「毒で、だ。」
「そんなことが起きるのか…」
この国では体内に毒を持った料理人がいるのは当たり前なのか?確かに、ここじゃなきゃ叶わない夢かも知れないが、許可を出す国も大概だ。
「賞金首ってよく貼り出されるんですか?」
「いや、最近は注意喚起ばっかだった。お偉いさんでもやっちまったのかもな。」
どうりで話題になる訳だ。人だかりの中に混じった荒事に慣れてそうな奴らに目を引かれる。
「お前も挑むのか?」
「気が向いたら。」
俺は生返事をして人だかりから離れる。
奇妙だ。変異型だらけのこの国では目や耳が異常に利く奴らに追われることになる。にも関わらず、森の中に逃げ込んだであろう奴を衛兵隊が捕えられずに賞金を掛けた。フグ頭になるだけの料理人に対して、だ。この時点で関わるべきじゃないのかも知れないが、注目されているという事実が俺を迷わせる。俺はジャグを金持ちにすることは出来る。だが、実績の無い金持ちほど怪しいものも無い。名声を上げる機会があるなら是非とも利用したい。
毒殺事件の起きた食堂は当然閉まっていたが、その店先には賞金首の衣服が置かれていた。
“使用していた衣服です。
臭いを知りたい方はこちらを参考にして下さい。
家主"
詳細な書き置きとは言えなかったが、意図を伝えるには十分だ。こんなことをするぐらいには、お呼びでない客が殺到したのだろう。
(夜に出直すか…)
酔っ払いの犬がいればこれを手掛かりに出来る可能性がある。近くの酒場の確認でもしようかと思案を巡らせていると、強い花の香りが流れ込んで来る。思わず振り向くと、小太りのババアとすれ違ってすぐのところだった。ババアは横目でギロリと睨み付けた後、外付けの階段から食堂の2階へと上がって行く。
(あのババアが家主か?)
煙たがられて居心地の悪くなった俺は、ひとまず立ち去ることにした。
(…やっぱりもう無理みたいだな。)
夜。酒場が並ぶ通りで適当な犬に取り憑いた俺は再び食堂前を訪れた。衣服には特有の臭いのようなものが確かにあったが、なんとなくのイメージを真似して近くの地面を嗅ぎ回っても手掛かりは得られなかった。事件から数日も経つと残るものは無さげだ。俺以外に食堂を訪ねる奴がいない時点で察しはついていたが、この方法は空振りだ。
(さて、どうしようか…)
森の中を探して賞金首を捕らえるという正攻法は使えない。というより間接的に達成する俺の魔法では勝ち目が薄い。いまだに見つかっていないことから現場近くに潜伏していることに期待して調べてみたものの収穫無し。目的はジャグの名声を上げることだったわけだし、見込みがないなら諦めた方が早いかも知れない。食堂の裏手で大の字になったまま星を見ていると、やる気を失った鼻に強い花の香りが届く。
「アンタ何してんだい!どっか行きな!」
「ウッ!ウゥッ!」
まさか自分が竹箒で叩き出される日が来るとは思わなかった。何回か振り下ろされた竹箒の柄をようやく掴み、鬱陶しい攻撃に抵抗する。
「何すんだい!いいから出て行きな!」
「アァ、アァ。」
俺は頷きながらそう言うことで、攻撃を止めようとする。ふと、強い花の香りの中に混ざった違う臭いを嗅ぎつけた。
(まさか、賞金首の臭い…?)
痕跡が消えるのに十分な時間が経っているのに何故このババアから賞金首の臭いがする?いや、よく考えたら食堂の家主が強い香りを纏っている方がおかしい。もし、このババアが何かを隠す為に香水を振り撒いているのだとしたら―
俺は大人しくその場を去ると、少しの間だけ建物を遠目に観察してから犬の体を捨てた。
ありがたいことに、ババアは今日も出掛けてくれた。扉の鍵を仕舞ったポケットを目に焼き付けると、俺は降りて来るババアに良く見えるように階段の横から食堂の裏手に歩いた。
「ちょっとアンタ!何処行く気だい!?」
呼び止める声も気にせず角を曲がると、ババアが顔を出す前に石を上に投げる。
「聞いてんのかい!?」
ズカズカと迫るババアの後ろに石が落ちる。思わず振り向いた瞬間にババアに取り憑く。鍵を取り出して地面に置き、俺は魔法を解く。
「んぁ?」
鍵を拾うと、ババアが振り向くのも待たずに俺は走り出した。
「おい!!」
俺は道を挟んだ路地裏に逃げ込んで角から様子を伺う。ババアは苛立ちを全面に出しながらも、そのまま何処かへ出掛けて行った。少し待ってから、悠々と建物に侵入する。
(まぁ、どうせ屋根裏だろ。)
鍵を靴箱の上に置くと、カトラスを静かに抜く。耳を澄ましているが、気配は無い。1部屋ずつ天井を見て回ったが、突き当たりの部屋以外にそれらしい四角い縁取りは無かった。
(さて…)
留め具を外し、一気に梯子を下ろす。反応は無い。俺は確かめるようにゆっくりと上がると、暗闇を覗き込んだ。
「―っ!」
僅かに差し込む光が迫り来る刃に反射する。その危険が届くより一瞬速く、俺の魔法で取り憑いた。呼吸を整えてから魔法を解く。
「動くな。」
「そ、んな…く、ぅう…」
「お前の首に金が掛かってるのは知ってるな?大人しく来てもらうぞ。」
近くにあった縄を放る。
「頼む、見逃してくれ。」
「ナイフをブッ刺さそうとした奴とまともに交渉出来るわけねぇだろ。立場分かってねぇのか毒殺ヤロウ。」
「違う!俺は毒なんて入れてない!」
「最初はみんなそう言うらしいぜ。」
「本当だ!苦労して開いた店で毒を盛る料理人が何処にいる!?俺はハメられたんだ!」
「…誰にだ?」
「それは、分からない…」
「なら手足を縛れ。」
「アンタはただの賞金稼ぎなんだな?ドン・オノマテルとは無関係なんだな?」
「何だそれは?」
「唯一の手掛かりだ。死に際に呟いていた…これを調べれば真犯人が分かるはずなんだ!頼む、協力してくれ…!」
「興味深い話だ。お前をぶち込んで牢屋越しに聞くのも悪く無いかもな。」
「あぁ…クソ!分かった。ハメた奴と無関係のようだし大人しく捕まる。だから誰も傷付けないでくれ。」
「分かったから早くしろ。」
梯子を下りてから自ら手を縛ったフグ男に前を歩かせて玄関を目指す。
「その男を離しな!」
「待て!待ってくれ!…アンナさん、今までありがとう。でも、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかない。思ったより短かったけど、アンナさんのおかげで俺は料理人として生きられた。本当に、ありがとうございました…こんなことになって、申し訳ない…」
「…行くぞ。」
泣き崩れたババアの横を抜けて、俺はフグ男を見せびらかすように連行した。
ジャグ・ファントゥスとして無事に金を受け取った俺はさっさと詰め所を出た。犯罪者を生け取りにしたという功績は名声を上げる手始めとして悪くない。
(ドン・オノマテル、ねぇ…まぁ関わらなきゃ良いだけだ。)
大仰な計画を立てて動いている奴がいるのは迷惑だが、俺の活動との因果関係は無いだろう。小腹が空いた俺は、作戦の成功を祝う為に出店を探すことにした。




