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6.クソったれた草臥れ

 北の国での目的は2つ。1つは変異型の魔法を知ること、もう1つは悪魔崇拝者達の持つ情報を手に入れることだ。

 俺は人に取り憑ける。変異済みの体であっても可能であることは幽霊船の時に理解した。だが、全身を上手く動かすことは出来ていなかったような気がする。人間からかけ離れた姿でどこまでイメージ通りに動けるのか…色々試してみたいが、無闇に取り憑いて感付かれたくない。

 (どの道、網羅するには時間が掛かり過ぎるしな。)

 それでも、変異型の集まるこの国を歩くことでどんな姿があるのかは分かる。観光していれば目的の半分は達成出来るというわけだが、それだけの理由で来る気は無かった。


 「助けて下さい…!友達が、連れて行かれたんです…!」

 それは、この上なく怪しかった。悪魔崇拝グループの手口だと知らなくても十分な程に。街道の外れで子供1人が鬼気迫る勢いで助けを求める様は、それはそれは奇妙だった。

 「何があったんだ?」

 「急に襲われて、友達が向こうに…!」

 ようやくアジトへの手掛かりを掴んだ俺は林の中へ歩き出す。

 「待て!行ってはダメだ!」

 俺を呼び止めたのは軽装の若い女衛兵だった。犬耳と尻尾以外は普通の人間に見える。

 (邪魔すんなよ…)

 人前で魔法を使いたく無い俺は立ち尽くす。すると、子供は自分で指していた林の中へ走り出した。

 「止まれ!」

 女衛兵は凄まじい脚力で子供を捕まえると、俺の元へ戻って来る。

 「この辺りは危険だ。町に戻ろう。」

 保護されてしまった俺は大人しく従うことにした。


 変異型の魔法使いは差別を受けやすい。俺としても、いつでも熊になれるような奴を隣人にしたいとは思わない。話す度に怒らせたら面倒だと思いながら毎日を過ごすのはゴメンだ。そんなわけで北の国に寄り集まっているわけだが、仲間が集まったから問題解決というわけでは無い。自身の魔法が齎した弊害に不満を募らせる者が徐々に集まり、結果、悪魔に助けを求めるグループが形成された。もちろん、ここまでなら大したことでは無いが、この手のグループの活動がエスカレートするのは世の常だ。

 「じゃあ悪魔崇拝の噂は―」

 「事実だ。今この辺を旅するのはやめておいた方が良い。」

 最近では行商人を襲って金品を奪い、“救済"された者は人が変わったように信者になってしまうという。大きな期待を寄せているわけでは無い。だが、魂まで人が変わってしまうなら、体を返す手掛かりが掴めるかも知れない。

 「女性の衛兵さんなんて珍しいですね。」

 「多いわけでは無いが、この国では珍しく無いんだ。魔法を含めて何が出来るかが大事だからな。」

 「カリンさんの場合は耳が良いとかですか?」

 「普通の人よりは良いが、私の場合は鼻だな。まぁ、完全に変異するような人と比べるとイマイチだが。」

 「そういうもんなんですね…」

 まじまじと眺める。こうして見ると整った顔立ちをしていて、フラウよりも健康的な感じだ。まぁ、フラウの場合は元々栄養不足だっただけだろうが。

 「どうして衛兵になったんですか?危険そうですけど。」

 「ありふれた理由だよ。昔、盗賊に襲われたことがあって、その時助けてくれた人に憧れて誰かを守れる人になりたいと思ったんだ。」

 「…へぇ。素敵な理由ですね。」

 当たり障りの無い会話をしながら、近くの町まで歩いて戻った。


 巡回ルートが正確過ぎることに気付いた俺は衛兵の詰所に潜入した。やはりアジトの特定は出来ており、誘拐された子供達の救出には鼻の利く犬系の衛兵が招集されている。

 (また会えそうだな、カリン。)

 リストの中に知った名前を見つけた俺は準備を始める為に詰所を出た。


 「ハ、ハハ、ハハハハハ!」

 酒場で酔い潰れた梟に取り憑いた俺は、自力で行う遊覧飛行を楽しんでいた。取り憑いた体はぎこちなく、酔っ払いで、羽ばたくのも初めてだったが、やってみると案外出来るもんだ。

 (もう着いたか…)

 大きく湾曲した谷に沿って弧を描く。ギリギリの高度から夜目を光らせて最初に映ったのは、農園で作業する子供達だ。

 (さぁ、実験だ…)

 俺は真上で留まると、狙いを定めて魔法を解く。手足を広げる俺の体は下からの突風を受けて木の葉のようにクルクルと落下していく。

 「……っ!!」

 夜目を失った俺は、自分を信じて暗闇の中へ落ちていく。五感に優れる変異型の見張りは厄介だが所詮は寄せ集め、空から猛スピードで子供に取り憑いた俺は難なく潜入した。

 (これは…樹液か?)

 心の中で一息ついた俺の目の前には1m程の丈のある植物が並んでいた。実を取って、小さな刃物で傷を付ける。そこから滲み出てくる白い液体を、手に持った容器に集めているようだ。嫌な予感を確かめる為に、巡回する見張りに取り憑いてその場を抜け出した。


 (魔法ですら無いとはな…)

 資料をざっと調べた俺はため息を吐いた。樹液を乾燥させた粉を服用すると多幸感に包まれる。この“救済"の効果が切れた奴らが人が変わったように見えていただけだった。魔法がある世界でも、全ての事件が魔法由来とは限らないのは面倒だ。当てが外れて気の抜けた耳に部屋の外の騒がしさが届く。

 (時間か。)

 子供達が牢に戻されてすぐに動き出すはずだ。救出隊の様子を確かめる為、伸びをしてから牢屋の方へ向かった。


 月明かりの無い夜。見張りを各個撃破しアジトに侵入。囚われた子供達の安全を確保して即時に強襲をかけ一気に制圧する。組織としては烏合の衆と呼ぶべき相手に遅れを取るはずが無かった。何者かが救出隊の侵入経路を知らなければ。

 「くっ…!見つかった!急げ!」

 クロスボウというのは実に便利だ。ぎこちない動きでもカリンの足を狙い撃ち、分断が出来る。

 「アアア!」

 声を上げて侵入者を知らせると、増援が来るまで間合いを保つ、つもりだった。

 (マジかコイツ!)

 歯を食いしばりながら突進したカリンは俺に剣を振り下ろす。かろうじて避けたが、すぐに蹴り飛ばされる。

 「グッアア!」

 ここまで勇敢だとは予想外だ。防御した腕が痺れている。体を浮かせていなければ折れていたかも知れない。だが、ここまでだ。カリンの捕縛は他に任せ、俺は怪我を負った信者としてしばらく突っ伏していた。


 「言え!何人いる!?いつ攻めてくる!?」

 「ぐっ…!」

 雑な鞭打ちが始まって30分は経っているはずだ。カリンは俺が撃ち込んだボルトが刺さったまま、下着姿で吊るされていた。純粋な盗賊では無いからか、拷問に奇妙な品位が残っている。

 「もう良いでしょう…粉を持って来なさい。」

 教祖の命令を受けて1人が出て行く。中毒になってもらっては困るが、どうやって時間を稼ぐか。思案を巡らせていると、先程の男が大慌てで戻って来る。

 「た、大変です!農園が、燃えています!」

 「何!?すぐに消せ!」

 (待ってました!)

 教祖を筆頭に次々と出て行く。見張り番と目が合った俺は左腕を押さえながら顎で示す。仕方無いという風に最後の1人も農園へ向かった。足音が遠のいてすぐにカリンの拘束を解き始める。

 「…どういう、つもりだ…」

 当然、俺は答えないまま急いで教祖の後を追った。


 「急げ!とにかく水を撒くんだ!」

 火の海の中でも、指揮を執る教祖を見つけるのは簡単だった。

 (仕上げを手伝ってもらうぜ、教祖サマ。)

 俺は魔法を解き、すぐさま教祖へと取り憑く。倉庫へ移動すると、近くにあった箱から白い粉を口一杯に入れ、水でそれを流し込んだ。

 取り憑いたまま飲んだことはあった。だが、俺自身に酔いが回るわけじゃない。カリンに蹴られた腕の痛みと違って残らないなら、怪しい粉でも飲み干せる。

 (倉庫の水瓶にあったってことは飲む用じゃない…ま、いいか。)

 ローブに水を滴らせながら、カリンの元へ戻る。


 農園が燃えるという異変を衛兵隊が見落とす訳が無い。外の音が響く中、牢のある通路を壁伝いに移動する影が動いていた。

 (いくら変異型でも、そんなに早く動けないよな。)

 俺は魔法を解き、出来るだけ静かに牢の影に隠れる。

 「んぁ?―ウ、ガァア!」

 我を失った教祖は目の前で動くカリンの影を追う。奇妙な追いかけっこは林の中までもつれ込み、遂にカリンが倒れ込んだことで教祖の動きも一時的に止まる。

 「ワタ、私は、人間だ!バケモノじゃない!バケモノじゃ、ナイ!」

 (不満はマジであんのかよ!)

 回りくどい手法、盗賊紛いの手口。コイツ自体は大した魔法を持っていないという予想は大きく外れ、教祖の体は一瞬にして3m程の水色の巨人と化す。訳のわからないことを呟いている間に後ろから斬りつける。

 「ガァッ!」

 「無事ですか!?カリンさん!」

 「な、んで…ダメだ!逃げろ!」

 巨人の意識が俺に向く。まともにやれば勝ち目は無かった。だが、たっぷり粉を呷ったソレの動きは単調に突っ込んでくるだけだ。横に避けた後、地面に倒れ込んだ首は俺の背丈でも刃が届く。

 「おおおっ!」

 俺が振り下ろしたカトラスは首の半分を裂いた。血塗れになりたくなかったが仕方無い。僅かに息を整えると、上半身だけを起こしているカリンの元へ向かう。

 「もう大丈夫ですよ。立てますか?」

 「…あぁ…」

 成功したかは自信が無い。だが、的外れではないはずだ。守ってもらったから守りたい。つまり、守られたことが強く印象に残っている。この女は、守るより護られる方が好き―

 朝焼けが差す。俺はカリンにローブを被せると、肩を貸しながら治癒士を探した。


 丸一日が経った。盗まれた財布を取り戻そうとして捕まっていたという説明は完璧とは言えなかったが、酔い潰れた梟も現場付近にいたことで深く追求する奴はいなかった。仲間を連れ帰ったという明確な善行も大きい。すぐに解放された俺とは違って、カリンはまだ事後処理に追われているのかも知れない。

 (出来れば追撃しときたかったんだけどな。)

 そう思いながら宿を出たところで、ようやくカリンと出くわすことが出来た。

 「おはようございます、カリンさん!」

 「君か。まだ町にいたんだな。」

 「えぇ、まぁ…体の調子はいかがですか?」

 「もう問題無い。いつも通りだ。」

 「良ければ一緒に食事でもいかがですか?あの後どうなったのかも気になるので…」

 「あぁ…まぁ君には助けて貰ったからな。今夜で良いか?」

 「えぇ、是非お願いします。」

 「なら、夜にまた来る。」

 そう言って去って行くカリンを見て、俺は失敗を痛感した。フラウの時と同じパターンのはずだが…インパクトが足りなかったのか?肩透かしを食らったような気分でこの町でのことを振り返る。結局、体を返す手掛かりも、新しい足場も、何も得られなかった。そこそこ苦労したのに。

 (…人生ってやっぱクソだな。)

 妙に風が寒々しい。体を暖めようと、酒場に足を向けた。

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