5.色狂いの覆面
雨が降り続けるびしょ濡れの村では、どうにかして麦畑を維持しようとする動きが活発化していた。既に見切りをつけたものもいるようだが、大半は畑を屋根で覆うという一大事業に参加している。
(すぐに瓦解するかと思ったが、涙ぐましいもんだ。)
良い暮らしをしてきた側が簡単に地位を捨てられないのは理解出来るが、ただの百姓共が大工仕事をしてまでこの村に固執するとは思わなかった。単に出ていく金が無いだけかも知れないが。
「一緒に村を出ないかって誘ってくれた人もいたんだけど、断ったの。」
「…何で?」
「あの日を思い出すと、今でも怖くて…1人だと、耐えきれないから…」
俺に暗殺依頼をしたぐらいだからもっと肝が据わっているかと思ったが、フラウにとってはトラウマらしい。良い傾向だ。
「誘ってきたのはどんな人だったんだ?」
「…男の人が2人。でも、その人達はもう出ていったから…」
「そうか。俺を待っててくれて嬉しいよ。」
「…うん。」
ジャグとの関わりで色気付いたフラウの人気は密かに上昇しているようだ。
「あの、ね。今度、近くの街でハロウィンってお祭りがあるの、知ってる?」
「あぁ、途中で聞いたな。みんな仮装するんだろ?」
「うん。ちょっと気になってて…私、お金はあんまり無いけど、見に行くだけでも、楽しいかなって…」
こんなに控えたお誘いを受けたのは初めてだ。俺は怖がられているのか?
「条件がある。」
「…条件?」
「明日一緒に何の仮装をするか選ぶこと!良いな?」
「…うん!」
ついでにフラウの普段着も買うとしよう。農作業をしてる分には良いが、お出かけとなると流石に見窄らしい。
(育成も大事だからな。)
ジャグに返す準備と色狂いの覆面の下見を同時に出来るのは都合が良い。予定が決まった俺は、グラスに残ったワインを飲み干した。
その金持ちは、無類の女好きだった。あまりにも遊びが過ぎるその男に近づくものは徐々に減っていき、悪評が広まってからはハロウィンが拠り所となっていった。毎年、趣向を凝らした仮装で目ぼしい女を漁る様は風物詩の1つにも数えられる程に悪霊じみている。そんな男が大金叩いて用意したのが色狂いの覆面だ。それを被ると服も含めて全身が単色に染まり、正体を隠すのに最適だという。
「まぁ、秘書に注意喚起の噂を流されてるんで引っ掛かる人はそういないでしょうけどね。」
着替えを待つ短い雑談ですらこの話題になる程に広まっている。主人の問題行動を取り締まる為にそんなことまでしなければならないとは、ご苦労なことだ。取り憑けば正体を隠せる俺にとって特別欲しいものでは無いが、取り憑く相手を変える時の隙を埋める方法としては悪くない。少なくとも、被る度に色がランダムで変わる面白グッズとしての価値はある。
「…どう、かな?」
「イイね。よく似合ってるよ。」
やはり人気があるのは魔女らしい。見た目がどうこうというより、帽子とローブだけでそれっぽくなる手軽さが理由のようだ。
「…トリック・オア・トリートッ。」
「…お菓子持ってないんだ。どんなイタズラしてくれるのかな?」
「…生卵を一気飲みさせてやるっ。」
「クッ、ハハッ!結構ハードだな。」
笑顔を見せた俺に表情を和らげたフラウの手を引いて通りを見て歩いた。
ハロウィン当日、屋敷を囲む警備は下見の時の倍近くいた。犬まで放たれる程の厳戒態勢が外では無く内側からの脱走者を逃すまいとしているのは何ともバカバカしい。遠くで20時を告げる鐘が鳴る。
(…時間だ。)
裏手の草陰に潜んでいた俺は石を投げる。
「ん?」
音に惹かれて窓の側にいた警備が確認する。何も無い、と持ち場へ戻ろうとしたところで取り憑く。周りに誰もいないことを確認し、窓を3回小さく叩く。密やかに現れた男は既に全身が緑に染まっていた。
(もたついてんなよ、クソ色狂いが…)
ようやく外に出た男に手を差し出す。目線を一瞬だけ合わせると、そこに札束を置いて緑の男は低い姿勢のまま草陰に向かう。俺は札束を地面に置くと、窓の方を向いて魔法を解く。
「んぁ?」
札束を掴んだ俺は、その勢いのままに緑の男に取り憑いて息を潜める。警備が持ち場に戻ったことを確かめた後、ゆっくりと街へ繰り出した。
買ったワインを路地裏で2瓶飲み干す。これで十分だろう。覆面を外して地面に置く。
「んぁ?―ウッ!ゥエッ!」
(用事は済んだ。いつも通り、取り憑く・アンド・リトリート、だ。)
覆面を回収した俺は喧騒に身を消した。
屋敷に潜入して盗むことも検討したが、警備を掻い潜って盗まれたとなると執拗に追われる可能性がある。街中で盗むのが理想的。そこで俺は警備の1人として手紙を渡した。
“ 金を払うなら夜20時に1度だけ見逃す。裏手の警備より"
これで奴は自分で屋敷を抜け出し吐く程に酒を呷った結果、知らぬ間に覆面を失くしたことになる。無駄に待つこと無く、オマケに小遣いも入るのだから上々だ。
「おい、俺の女に何してる?」
「あ?…チッ!ツレかよ…」
「フラウ!待たせて悪かったな。」
「ううん、大丈夫。お得意さんに挨拶できたの?」
「あぁ、これでもう大丈夫だ。後はゆっくり見て回ろう。」
魔女の冷たくなっていた手を握ると、そのままローブのポケットに仕舞い込んだ。




