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4.1瓶は行方知れずに

 潤いのある生活に必要なのは美味い酒である。まぁ別に俺が特別好きなわけでは無いが、ジャグの為にあらゆる酒をコレクションするのは悪く無い。フラウの家という仮初の拠点を手に入れた俺がワイン市のチラシを見てこの町を訪れるのは必然と言っても良い。今回の目玉である100年もののワイン樽とテイスティングで気に入ったものを幾つか頂戴してサッサとずらかるつもりだ。

 目玉の割に警備は大したもんじゃ無かった。金庫にしまうにはデカ過ぎたのだろう。守りが人だけなら俺には有利だ。下見ついでに味見と洒落込む。

 (カビ臭ぇ…)

 香り、味、どれをとっても不味い。ジャグの体だから俺の記憶にあるワインとズレがあるのかも知れないが、どの道ジャグの味覚にそぐわないなら不適格だ。今日の宿代わりとなる人を探す為に歓楽街を通る。ガラスに映った俺は見事なガッカリ顔を晒していた。何処ぞの金持ちに寄り添うイリナを見るまでは。


 この町で亡くなったとある富豪の遺産が順に市場に出回り始めている。100年もののワイン樽もその一つで、話題作りの為に町が買い上げたものだ。他にも高額な品があったが捌くのに苦労する。そんなわけで今回のオークションが開かれたというわけだ。裏、というと大袈裟だが参加出来るのは招待客だけで、一般には公開されていない。厄介な泥棒が目を付けていると気付かなければ見落としていただろう。ワイン市の警備が手薄なのも頷ける。家具や装飾品等、聞いたことの無い一級品が名を連ねる中、参加者の注目を集めていたのは富と若さを齎すという赤ワインだ。亡くなった富豪によって召喚された最後の1瓶であるというその魔道具の効果の程は誰にも分からない。だが、事実としてその富豪は死に際とは思えない程、元気に過ごしていたらしい。

 (若さっていうより健康増進って風だけどな。)

 意中の女性に贈るのに最適なそのワインの落札額はその日の最高額となり、競り落とした男の隣には予想通りイリナがいた。素晴らしい贈り物により美女の心を掴んだ男は素敵な夜を過ごす、というシナリオが大方の胸中を掠める。男とお宝を分ける?宝石を鮮やかに盗むような奴が?何か仕掛けるに違いない。

 (良い土産になりそうだ。)

 体を返すという目標がいつ達成出来るか分からない。どうせならキープした女は若い方が良い。若さでも健康でも、効果があるならフラウと乾杯するに限る。望外の乱入者になると決めた俺は招待客の体を離れ、会場から抜け出した。


 不思議なもので、盗賊というのは何処にでもいる。とは言え、噂の一つも無しに見つけ出すのは難しく、噂の一つも無しに潜むこともまた難しい。行商人が避けたがる街道外れの古民家を占拠していたそいつらの狙いは、やはり例の赤ワインだった。

 「予定通り、受け渡しは2日後。分かってると思うけど―」

 「金はオレ達、ワインはお前、だろ?心配するな、こう見えてもオレ達は義理堅いんだ。」

 「…そう。次は終わった後に会いましょう。」

 用件が済んだイリナは颯爽と去っていく。

 「…取引するんですか、お頭?」

 「バカ言うな。あのキレイな顔が歪むのを楽しみにしとけ。」

 (見覚えあるな…)

 こうして見ると、盗賊の高笑いは見事なまでに滑稽だ。裏取りを終えたので俺も引き上げることにした。


 主催者の意向で落札額の半分は現金払い、もう半分は代理人経由での支払いとなっている。盗賊にチラつかせたのはこの現金というわけだ。

 「君と過ごす夜が楽しみだよ。」

 「私も…でも焦らないで。一気に刈り取られるのが好きなの。」

 「…3人付いて来い。商品を取りに行く。」

 キスを避けるイリナに集まった警備の目を引き離すように、オークションの責任者は指示を出した。

 「まだ時間が掛かりそうね。お手洗いはどちら?」

 盗みの準備の為に抜け出すイリナの声を、責任者に付いていく警備の1人として背中越しに聞いた。


 「金を確認している最中に気を抜くとは何事だ…!賊が目を付けているという噂もあるのに…!万一盗まれでもしたらどうするつもりだ…!」

 こちらにキチンと聞こえるように愚痴を溢しながら大きな金庫のダイヤルが回されていく。警備の数が多いことも厄介だが、この番号を調べるのに苦労するというのがイリナが周りくどい手を使った理由だろう。おかげで俺も番号を調べずに済む。

 「よし、開けろ。」

 3人掛かりで開かれた重い扉の中に滑り込むように入った責任者は迷いなく目的のワインボトルを手に取る。

 (完璧だ。)

 俺はポケットから小石を取り出すと後ろ手に金庫の中に投げ入れる。

 「っ…!?なんだ…?」

 奇妙な音の正体を確かめる為にランタンで地面が照らされる。俺が魔法を解くのに絶好のタイミングだ。

 「んぁ?―ウッ!ヴェッ!」

 「ん?おい、どうした?」

 扉の外は吐き気を催す男に意識が向く。俺は出来るだけ静かに持参したワインボトルを置くと、責任者に取り憑き、ワインボトルをすり替えてすぐに魔法を解く。

 「んぁ?」

 ワインボトルを回収した俺は再び警備に取り憑く。咳き込みながら問題無いことを手を振るように示し、金庫の中をチラリと覗く。違和感はあるが既に手に持っていたワインボトルを疑うことの無い責任者は金庫を閉めて取引場所に戻る。

 (カビ臭い方がソレっぽいだろ。存分に味わってくれよ、イリナちゃん。)

 一仕事終えた俺は悠々と責任者の後ろを歩く。

 「何か騒がしく無いか?」

 取引場所に近付く程に鮮明になるそれを聞いて、全員が小走りになる。

 「な!?誰だ!」

 声を上げた責任者の手からワインボトルは消えていた。急いで曲がり角を覗き込むと、黒ずくめの女が走り去っていく。

 「追え!絶対に逃がすな!っおい!そっちじゃない!何処へいく!」

 どうやったのかは知らないが、あのボトルの行方などどうでも良い。俺は騒がしい取引場所へ駆け出した。

 「おいっ!お前も加勢しろ!」

 盗賊共の奇襲を受けたその場所で、金持ちの男は大事そうに大きなトランクケースを抱えていた。混乱の中で取り憑く相手を変え、トランクケースを回収する。盗賊の目的は強請りじゃない。手ぶらで逃げようとする無力な男を優先して追ってくる奴は、誰も居なかった。


 「随分買い込んだんですねぇ。」

 「美味かったもんですからつい、ね。」

 御者ごと借りた馬車にワインボトルの入った木箱が積み込まれていく。

 「まだかかりそうですし、一杯どうです?」

 「良いんですか?ワインなんて余ったら寝かしときゃ良いのに。」

 「ウチの家訓なんですよ。下手に寝かせるぐらいなら祝い酒にしてしまえ、ってね。」

 厳選したワインは、帰り道を少し華やかにしてくれた。

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