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3.雨乞いの巫女

 そこは、村と呼ぶには栄えていた。出迎えるような見事な麦畑の間を突っ切るように、日に何度か馬車が通って行く。肥沃な土地という第一印象を塗り替えたのは、いつものように酒場で行商人の話を盗み聞きした時だ。

 「間違い無い。あの婆さんが仕切りだ。」

 「なら、あの食えねぇババアが雨乞いの巫女か?」

 「おい、言い方に気を付けろ。」

 「マジかよぉ、巫女っつーから超絶美人を期待したのに…」

 「そんなやつお前だけだ…どうやら、村のお偉方は雨の降る日を知ってるらしいぞ。」

 「俺達にも教えて欲しいもんだ。」

 「まったくだが…公にはしたくないんだろう。まぁ、ご機嫌取りも程々にしとけよ。」

 「あぁ、ありがとよ。」

 雨乞いということは、天候を操作出来る魔法使いなのだろう。繁栄した村の重要人物であるのも頷ける。金もありそうだし、宝石の一部を換金するのに丁度良い相手かも知れない。

 (覗き見してみるか…)

 狭い村で怪しまれるのは避けたい。酒場の2階の宿を取ると、早々に散策に出た。


 雨乞いババアは日照りの多かったこの土地に長年貢献してきた。その貢献とは裏腹に、村長を含めた村の上層部以外からは嫌われている。有利な立場を利用して富の大半を手中に収め、貧富の線引きをしている張本人だからだ。かと言って上層部側に好かれているというわけでもなく、行商人に高圧的な交渉をして嗜好品に散財する様に頭を痛めているようだ。

 「…フン。モノは悪くないようだね。」

 宝石商として御尊顔を拝むのは難しく無かった。私兵に見守られながらの交渉になるとは思わなかったが。

 「あなた様のようなお美しい方の手元にあるのが宝石の本分というものです。いかがですか?」

 「お前からは買わないよ。訳アリは面倒だからね。」

 「訳アリだなんて…正式に仕入れた品でございます。」

 「訳もなくカトラスを下げる宝石商が何処にいるのさ、ナメんじゃないよ。」

 (半端に目利きは出来んのかよ、面倒くせぇ…)

 交渉に慣れているのは本当らしい。なりすます努力ぐらいはすべきだったようだ。

 「ただの護身用ですよ。…残念ですがお買い上げ頂けないのであれば仕方ありません。この度は引き取らせて頂きます。」

 宝石を受け取る為に右手を差し出す。が、歪んだ笑みを浮かべるババアは一向に返す気配を見せない。

 「これは貰っておいてやる。変な噂を流されたくは無いだろう?」

 「…訳アリは面倒なのでは?」

 「1つくらい掴まされたとしても、あたしにバチは当たらないさ。安いもんだろう?」

 「…分かりました。良い取引が出来たと思うことにします。」

 「賢明だね。」

 都合の良い換金先になる日が来ないことを確認した俺は、出来る限り穏やかに立ち去った。


 (さて、どうするか…)

 夜。宿に戻った俺は寝っ転がって思案を巡らせる。この村は分かりやすく歪んでいる。何かしら利用出来そうだが、どうにも妙案が浮かばない。拠点としても魅力を感じないし…目的と結び付かない以上、損失と日銭を回収して見送るべきか。

 「あの…こんばんは。起きてませんか?」

 ノックの後、若い女の声が聞こえて来る。俺に用事のある奴などいるわけが無い。右手に持ったカトラスを隠すように半身に構える。

 「誰だ?」

 「わ、私はフラウと言います。この村で麦の世話をしています。あなたにお願いがあって来ました。扉を開けてくれませんか?」

 ただの村人が俺に話があるというのはやはり奇妙だ。だが、1対1で先手を取られる可能性は低い。価値があると判断した俺は左手で扉を開ける。

 「ありがとうございます。」

 部屋に入り、扉を閉める直前に俺は取り憑く。外には、誰もいない。1人で間違い無さそうだ。扉を閉め、持ち物を探る。月明かりに照らされたその姿は見窄らしいの一言に尽きる。武器も無く、あるのは分不相応に思える程に金の入ったボロボロの麻袋だけだ。

 「んぁ?―ぇ?」

 「それで?俺に何か用かな、お嬢さん。」

 危険が無いと判断した俺は当たり前のように蝋燭に火を付ける。短い取り憑きで生じる違和感程度なら無かったことに出来るはずだ。照らしてみると、幸薄そうだが顔の作りは悪く無い。そう言えばジャグはどんな女が好みだろうか。

 「あなたが只者じゃないと見込んでお願いがあります。雨乞いの巫女を、暗殺して欲しいんです。」

 「暗殺?何故俺に?」

 物騒な言葉に緩んでいた気が引き締まる。俺は引き寄せた椅子に腰掛け、蝋燭台を机の上に置いた。

 「巫女との会話を聞いていました。あなたは私が見た中で1番只者じゃない商人です。あなたがどうやって仕事をしているのかは分かりません。実行するのはあなた自身じゃなくても良いです。ただ、何とかして魔法を発動出来ないように一瞬で暗殺して欲しいんです。私が用意できるお金はこれで全部です。どうか、お願いします。」

 差し出された麻袋の中身を確認するフリをした後、蝋燭の横に置く。

 「魔法を発動したまま死なれると面倒なようだな。」

 「発動中に死ぬと魔法が消えないせいで、誰も手が出せないんです。水をあげ過ぎれば、少なくとも麦は枯れます。雨が永遠に降る土地になったら、この村は誰も住めなくなります。」

 根腐れがどうのこうの言う話は俺も聞いたことがある。雨が降り続けるだけでも死の土地は生まれるのかも知れない。

 「巫女の振る舞いを良く思っていない人は大勢いるはずだが、君は1人で来た。何か特別な恨みでもあるのかな?」

 「…巫女の振る舞いが今みたいに酷く無かった頃は、私の父を筆頭に反発もあったんです。誰も文句を言わなくなったのは、父と、ついでのように母が見せしめに殺されてからです。」

 「…なるほどね。」

 このフラウという少女が利用されていて、俺に何かしらの行動を起こさせようとしている可能性はある。調べたがるとしたら雨乞いのババアぐらいだが、こんな回りくどい手を使う理由が無い。ババアが暗殺されて得をするのは貧しい暮らしを強いられている村人達になるが、そいつらが俺を騙して何をするとも思えない。意を決して独断で依頼に来たというのは信用して良いだろう。だが、依頼を受ける意味が無い。目立つ行動は避けたいし、ババアが圧政を敷こうが、村が水浸しになろうが知ったことでは―

 (待てよ?)

 ある。この状況を、ジャグの幸せに繋げる方法が。

 「分かった、依頼を受けよう。但し条件がある。」

 「…何でしょうか?」

 見て分かる程に細い体が震える。後退りはしないが、奇妙な程に目線は俺から外れない。

 「大丈夫。フラウが嫌がるようなことはしないよ。」

 俺はいくつかの指示を出すと、フラウを帰らせた。


 「こんな夜更けにどちらへ?誰か付けましょうか?」

 「…」

 俺は口元に指を当て、黙らせる。

 「…?不要なら構いませんが…」

 巫女ババアに取り憑いて人気の無い森へ来るのは簡単だった。しばらく待つと、ランタンの灯りが近づいて来る。息を潜めて待ち、近づいて来たところで一気に木の影から飛び出す。

 「アアア!」

 「ヒッ!イヤッ!イヤァッ!」

 覆い被さるように組み伏せた後、俺は魔法を解き、背中から巫女をカトラスで刺す。

 「んぁ?―イッ、ギャアアアア!」

 のたうつように仰向けになるのを見ながら、俺はフラウに取り憑いた。

 「いたっ、痛い!血が、何で!フラウ!テメーの仕業か!ナイフを置け!来るな!来るなァ!」

 半狂乱の巫女が静まるまで、俺は眺め続けた。うるさかった声と引き換えるように、雨の音が響き始める。

 「ふざ、けるな…分かってんのか?このままあたしが死ねば村がどうなるのか…!メチャクチャだ…!全部…メチャクチャになる…!オイッ、聞いてんのか!」

 もう十分だろう。俺は肥えた私腹をナイフで横に掻っ捌いた。最後にナイフをデカい腹に刺し込み、魔法を解く。

 「んぁ?―え…あ、れ?」

 「フ、ラウ……おま、え……」

 最期の瞬間、巫女の目は背後の俺に向いていた。笑みを浮かべた俺に、驚いてくれただろうか?

 「フラウ、両親を失った君に強い恨みがあるのは分かる。でも、護身用のナイフを刺したのは失敗だった。この雨はきっと止まらない…」

 「嘘…私、何で…?」

 後ろに倒れ込むように離れようとしたフラウを屈んで抱き寄せる。

 「大丈夫。ここには俺達しかいない。フラウが雨を永遠にしてしまったことを知ってるのは俺達しかいない。これは、俺達だけの秘密だ。」

 「私…これから、どうしたら…」

 「今まで通り過ごせば良い。大丈夫。俺はフラウの味方だ。」

 葉を打つ雨音が強まる中、俺は初めて、ジャグの体でキスをした。


 遺体の状況から巫女が殺害されたことは明らかだったが、その犯人に辿り着く者は誰もいなかった。そもそも熱心に探す奴がいないのだから、俺が妨害するまでも無かったかも知れない。

 「ジャグ…また、すぐに会いに来てくれる?1人だと私…」

 「仕事が済んだらすぐに来るよ。証拠にこれを預けておくから。」

 「これって…」

 「宝石商が大事な商品を取りに戻らないわけが無い、だろ?」

 「うん…分かった、気をつけてね。」

 雨が止まない村は、徐々に衰退していくだろう。俺にとっては絶好の隠れ家になり得る。路銀の補充も出来た。フラウが村を出て新しい生活を始めるなら、その場所も良い潜伏先になる。ジャグの好みは知らないが、恋人が多くて困ることも無いだろう。

 「クハハッ。」

 雨音が消えた馬車の中で、俺は小さく笑った。

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