2.格下の泥棒
全員が魔法使いである、というのがこの世界の通説らしい。千差万別で自覚出来ないような魔法も多いようだが、知られている限り例外無く誰もが1つ魔法を使える。根拠が薄い感じだが魔法が現れて20年ちょっとだと、そんなものかも知れない。中には召喚型、変異型と呼ばれるものもあり、異形の存在はほぼ間違い無くどちらかのパターンだ。
(あの船長は変異型だったんだろうな。)
ランタンの灯りに照らされて見えた気持ち悪い顔が甦る。せっかくの心地良い朝焼けが台無しだ。二度寝する気分でも無いので俺は外に出る。
「んぁ?―オェェッ!」
俺の魔法は非常に便利だ。自分の体重と同じぐらいの荷物であれば一緒に取り憑いてくれる。お陰で吐き気以外の痕跡を残さず安全で快適な睡眠が取れる。
(寝床が歩いてるように見えるぜ。)
海から昇る朝日を見ながら大きく伸びをする。概ねの情報収集が終わったにも関わらずこの港町に留まっている理由は、ブルー・ピリオドについて耳にしたからだ。最高品質のサファイアと目されているその宝石は、この港町の有力者が最近入れ込んでいる女の為に取り寄せた一級品だ。ジャグを幸せ者にして、体を返す。その為には兎にも角にも金が要る。幽霊船で得た日銭があるのでしばらくは余裕があるが、こんなものでは全く足りない。そして当然、真っ当に働く気などさらさら無い。急ぎの品を届ける為に海賊の被害が増加している岩礁地帯を突っ切って来るらしいと聞いた時、混乱の中でなら簡単に掻っ攫えると考えるのはごく自然なことだ。
「なんだ?…あぁ、食料か。手早く頼むぜ。」
「アァ。」
隣町の小さな漁村。海賊の潜伏、及び補給拠点となっている港で協力者に取り憑いて情報を集めるのは簡単だった。被害に遭った船は全て岩礁に乗り上げている。正確な手口は分からないが、どの岩礁に乗り上げるかさえ突き止めれば俺の仕事は簡単だ。
(…?女?)
フードを目深に被った人影が、中に通されて行く。僅かに見えた顔立ちは見事なまでに端正だった。乗組員とは思えない。俺は動かしにくい体で後を付ける。
「よく来たな、イリナ。寂しくて会いに来たのか?」
「不安だったの。確認と情報提供は大事でしょ、ダグル船長?」
案内した男も含めて部屋の中に入っていったので、俺は扉の前で耳を澄ます。
「心配するな。他は頂くが、ブルー・ピリオドはちゃんとお前にくれてやる。で、情報ってのは?」
「1日遅れて来るらしいから、念の為のお知らせに来たの。まぁ影響は無いでしょうけど…予定通り南で座礁するんでしょ?」
「あぁ、そうだ。話はそれだけか?ついでに俺と楽しんでいけよ。」
「すぐ戻らないと怪しまれるでしょ。宝石が手に入ったら気が変わるかも知れないけどね。」
足音が近付く前に俺は角へ身を隠す。イリナが出て行った扉の隙間から声が漏れる。
「あんな上玉見たことねぇ。俺にも分けて下さいよ、船長?」
「分かってるよ、うるせぇな。宝石を受け取りに来るあいつが楽しみだ。」
(…有力者と海賊の両賭けとは恐れ入る。)
確か、有力者が最近入れ込んでいる女の名前もイリナだった。宝石に相当ご執心らしい。収穫を得た俺は船を降りた。
商船の日程の裏取りが欲しかった俺は有力者の屋敷を訪れた。戸締りがされる前に屋根裏に身を隠し寝静まるのを待つ。昨晩遅くまで3階の一室にだけついていた灯りは調べる価値がある場所を示しているようだった。今夜も遅くまで誰かがいる可能性は高いが、起きているのが1人だけなら俺にとっては問題無い。
「どうせ2日後に届くんだ。前祝いにいいだろう?」
「ダーメ。ちゃんと我慢しないと盛り上がらないでしょ?」
小さな灯りの中で動く影が誰なのか、鍵穴から覗く俺には正確には分からない。だが有力者とイリナ以外の推測が立たなかった。
(同一人物とは思えない豹変ぶりだけどな…)
室内には2人。こんなところで痕跡を残したく無いので様子を見る。
「宝石の輝きに照らされた私を見て欲しいの。」
「女の手にある事で宝石は真に輝く、か?奇妙な話だが、先方は了解してくれたよ。万が一の備えにもなるしな。これで君の望み通り、宝石は輝いたまま届くはずだ。」
「嬉しい…頼りになる人って素敵…何日か空けるのが寂しいくらいに…」
「出掛けるのか?」
「すぐ戻るから、浮気しないでね?」
「当たり前だ。君を裏切ったりしないよ。」
(…)
見てられないな。裏は取れたので早々に退散することにしよう。
(…ようやくか。)
岩礁地帯の南で待ち伏せる俺の目に1隻の船が映る。急ぎだからか、大きな商船じゃないのはありがたい。事が起きるのを待っていると、遂に岩の隙間から海賊船が現れ、大きな渦が商船の進路を塞ぐ。船首を振られた商船はたちまちのうちに岩礁へと乗り上げた。魔法の詳細は不明だが見事な手口だ。ここからは手慣れた海賊とのスピード勝負になる。俺は高さのある岩場へ移動し、外を覗き込む商船の船員に飛び付くように取り憑いた。
「お前ここで何してる!すぐ船長の指揮下に…まぁいい、お前もここで守れ!」
「アァ…ゥ…ゥウ!」
「何だ、どうしたんだ!?」
調子の悪い振りをしながら混乱した船内を彷徨くのは簡単だった。蹲る俺に近寄った隙に取り憑く相手を変える。命令してきたことから考えても、立場が上なのは明らかだ。吐き気に襲われる船員をよそに、俺は次々に鍵を挿して守られていた扉を開ける。宝飾品の入った小箱を見つけるのに時間は掛からなかった。だが、目当てのものが無い。一瞬魔法を解き、自分のバッグにひとまずの成果を仕舞い込んだところで船員が走って来る。
「副船長!大変です!ブルー・ピリオドが盗まれました!」
「ア?」
「突然、黒いローブの女が現れて強奪していったとのことです!何故ここではなく、船長の奥様が持っていると知ったのか分かりませんが、私が確認した時には気を失った奥様の手元には何もありませんでした!船長からは最優先で探すようにと―」
ブルー・ピリオドは船長の妻が持っていた…?そこまでの詳細をあらかじめ掴める黒いローブの女―
「…ハ、ハハハ、ハハハハハ!」
「副船長?待って下さい!」
俺は体を乗り換えると、足早に甲板に出る。もうここには用が無いからだ。
始めに、有力者を誑かして宝石をねだる。海賊に情報を流す事で混乱を引き起こし、あらかじめ吹き込んだ通りに船長の妻からブルー・ピリオドを盗む。両者が争う間に行方をくらませれば、イリナの一人勝ちというわけだ。
「美しい…」
宝石の位置を特定する知略、両者の重要人物でありながらすぐに疑わせない立ち振る舞い、勝負所を誰よりも早いタイミングに設定しやり遂げる手腕、どれを取っても一流の泥棒だった。
(浮かれすぎていたのかもな…)
どんな魔法を使っていたのかは分からない。だが、ここまでの策謀を巡らせようとは考えもしなかった。二度と関わりたく無いが尊敬に値する仕事振りを反芻しながら俺は港町を離れた。




