クロエ、大盤振る舞いする
ジャハラさんは私の前に、錬金素材を差し出した。
「建物を浮かせるには、城が立つべき地盤が必要です。けれど大抵土地というのは、石と土でできていますよね」
「そうですね、石と土でできた地面に、建物は建っています」
「ラシードの砂漠の砂を掌にすくって離すとサラサラこぼれ落ちてしまうように、土と石でできた地盤というのは当然ながら空に浮かせると崩れますよね」
「うーん、確かに。建物の地盤というのは大切ですよね。そんなこと言ったら、ジャハラさんのプエルタ研究院とか、砂漠の下にあの規模の施設があるのはちょっと意味がわからない、みたいなことになるのですが」
「プエルタ研究院の場合は、建物……というか、空間全体に恒久の守護膜を張り巡らせているのですね。これは純粋に、建物と他の空間を断絶して互いに影響させなくするものです。イメージ的には、水の中にボトルシップを沈めている感じでしょうか。ボトルシップの中の船は蓋付きの瓶に守られているので、水は瓶の中に入ることができませんし、ボトルシップは瓶の中で無事です」
「なるほど。わかりやすいです。つまり、浮遊城も、恒久の守護膜で保護すればいいのですね」
「ええ。幸いにして素材が全て揃っていました。時空の覇者の魔力核に、超安定的定着剤、巨木の虚、遊離するアルフェの皮膜、拡散するプリズム結晶。これらを使用して、まずは恒久の守護膜を作ります」
ここは、ジャハラさんにお任せしたほうがいいかもしれない。
私はジャハラさんが素材をぽいぽい錬金窯に入れるのを見守った。
錬金術師というのは、錬金窯に素材を入れて掻き回すのが好きな生き物である。
ジャハラさんもその辺りは私と同じらしく、とても楽しそうに素材を錬金窯に入れて、大きな棒でぐるぐる錬金窯を掻き回した。
ジャハラさんが片手を窯にかざして魔力を注ぐと、窯にたっぷり入っている透明な精製水が虹色に変わっていく。
私はその様子を眺めながら、そういえばプエルタ研究院の神秘をあっさり他国に伝えてしまっていいのかしらとふと思った。
もちろん私はジャハラさんから教えてもらった知識を悪用したりはしないけれど、プエルタ研究院の叡智を簡単に外に漏らしてしまっていいのかしら。心配ね。
「できました。恒久の守護膜です」
ジャハラさんは出来上がった錬金物を取り出した。
それは小さな家の形をしている。小さな家に、小さな竜が乗っている置物に見えた。
「可愛いですね」
「可愛いですよね。ラシードでは竜は神聖な生き物ですから、家を竜が守ってくれているイメージなのでしょうね。僕も、プエルタ研究院の奥に大切に置かれている姿は見たことが何度もありますが、作ったのははじめてです」
ジャハラさんは恒久の守護膜を私の手の上に置いた。そんなに大きくはない。
錬金物だと知らなければ、ただの可愛い置物に見える。
「ジュリアスさん、見てください、可愛いですよ。竜のお家です」
「お前の造ったものよりまともだな」
「私が造った錬金物がまともじゃないみたいに言わないでくださいよ」
「クロエさんは個性的だからなぁ……ハルモニアの上空から海を見た時も驚いたが、そこらじゅうに目玉がふわふわ浮いているのにも驚いた」
「瞳ちゃんです。瞳ちゃんはすごいんですよ。防犯用錬金物で、警備兵の代わりになるのですね」
「そうかそうか。それに、町中にきのこ形のランプがあった。その上、馬や飛竜ではなく、巨大なウサギが荷運びを手伝っているとは……丘の上にはよくわからない巨大なトマトのオブジェがあったな」
「きのこは可愛いと思うんです。トビウサギは荷物を運んでくれて、トマトはトマト型栽培ドームですね。安定した食糧供給を目指しています」
私はラムダさんの質問に一つ一つ丁寧に答えてあげた。
ラムダさんは楽しそうに笑いながら、「すごいなぁ、ハルモニアは。クロエさんの国だな」と言って、ジュリアスさんがにこりともせずに「わくわくクロエちゃんアイランドだそうだ」と答えた。
ジュリアスさん、酔ってる?
「わくわくクロエちゃんアイランドか……実に楽しそうな名前だな」
「違いますよ、違います! そんな名前じゃないです。ともかく、これで空を飛ぶお城に一歩近づきました、ジャハラさんのおかげです」
「僕もこれほど希少な材料を好きなように使わせてもらえることをありがたいと思っています。特に時空の覇者の魔力核なんて、一千年に一度手に入るか入らないかの貴重品で、プエルタ研究院では使用することは禁じられていて、大切に保管されているんですよ。それを、こうも簡単に棚に置いておくとか……クロエさんはすごいですね」
「い、いえ、貴重なことは知っているんですが、ナタリアさんからもらったものですし、ディスティアナには貴重だって知っている人がほとんどいないので……」
「今の材料費だけでざっと見積もって、五百億といったところでしょうか。いえ、値がつけられませんね。それ以上かもしれません」
「ご、五百億……」
分かってはいたけれど、衝撃だわ。
でも、ナタリアさんから貰った素材なのだから、ハルモニアの復興のために大盤振る舞いしていかないと。
お金よりも大切なものはたくさんあるのだし。
「ハルモニアの人々のために、貴重な素材を無料で提供するクロエさん。尊敬します」
「城を宙に浮かせるのは、皆のためではなくただの趣味だろう」
ジュリアスさんがぼそりと言った。
ジュリアスさんもお城が飛ぶの、楽しみにしているくせに、素直じゃないわね。
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