ジャハラ・ガレナはうきうきする
ジャハラさんは私の錬金部屋をぐるっと見渡して、それからやや興奮気味に錬成用の素材を手に取ったり棚に戻したりを繰り返した。
「こ、これは、禁断の黄金林檎……! そしてこちらにあるのは鈍色の秒針……! この花は、ヴァルハラの青薔薇! 希少な素材がこんなにあるなんてここは黄金郷でしょうか……!」
「ふふふふ……そうなんです、そうなんですよジャハラさん。分かりますか、この素材の希少性!」
「分かりますとも!」
「嬉しいです! 実を言えば私が集めに集めた素材の数々は、白い飛竜のアリオン君を助けるために全部アリオン君に食べさせてしまったので、なくしてしまったのですね」
「食べさせる? なるほど、傷ついた飛竜を回復させるため、魔力の補充を魔力を帯びた物質を食べさせることで行ったわけですね。飛竜は魔物を食べますから、とても合理的で理にかなっています。流石はクロエさん」
「いえ、私はジュリアスさんに言われてそうしただけなんですけれど……」
「あぁ、そうなのですね! 飛竜のことと言えばジュリアスさんですからね。ラシードの竜騎士の皆に負けないジュリアスさんの飛竜愛、ラシードの民として大変嬉しく思います」
「素晴らしいな、ジュリアス殿。さすがだ」
「……お前たちは、本当になにをしにきたんだ」
理解が早いジャハラさんと、飛竜愛好家の第一人者のようなラムダさんに褒められて、ジュリアスさんは腕を組むと嘆息しながら視線を逸らした。
「何……何かと言われたら、そうですね、視察です」
「視察だ。やはりラシード神聖国としては、ディスティアナ皇国がどう変わっていくのかは興味があることだしな。という名目で、ファイサル様から休暇をもぎ取ってきた。長く滞在しても怒られないのでな。飛竜温泉ができあがるまではいるつもりだ。よろしくな、クロエさん、ジュリアス殿」
ラムダさんとジャハラさんは顔を見合わせるとそう言って、にこにこ笑った。
「そういえばジュリアス殿は皇帝陛下に、クロエさんは皇帝妃になったのだったな。話し方も改めなければいけないだろうか」
「今までどおりでいいですよ、くすぐったいですし。ね、ジュリアスさん」
「あぁ」
「しかし、そのような服を着ていると貫禄があるな、ジュリアス殿。いつものこう、なんというか、だぼっとした飾り気のないローブ姿とは違うな」
「そうですね、僕も最初見たとき、誰なのか分かりませんでした。クロエさんは……その、なんていうか」
「いつも通りって言っていいんですよ、ジャハラさん……」
「い、今は、その、忙しいでしょうからね……ドレスを着ていたら動き回ることが大変そうですし……あぁでも、レイラ様は、ドレスを着て動き回っていますけれど」
「想像できます」
ジャハラさんが私にすごく気をつかってくれている。
私もそろそろ本気でセクシー魔女服に着替えた方がいいのかもしれない。私の周囲にはセクシーなお洋服が似合う女性が多すぎるわね。ナタリアさんといい、レイラさんといい。
「ええと、そう、素材の話でしたね。ここには世界中から集めたのだろうかというぐらいの、希少な素材が沢山ありますね、クロエさん」
ジャハラさんがやや強引に話を変えた。若いのに気を使える、とてもいい子だ。
アズール君も将来的にはジャハラさんのように育って欲しいわね。間違ってもジュリアスさんのようにはなって欲しくない。アズール君が女の子をべしゃっと放り投げる所を見たら、私は泣いてしまうかもしれない。
「全部ナタリアさんから譲り受けたものなんです。ナタリアさんが集めに集めた素材ですね。見ただけで分かってくれるなんてすごく錬金術師! って感じがします。ジュリアスさんに言っても、ふーん、ぐらいの対応しかされなかったのでちょっと寂しかったんですよね」
「素材の希少性と素晴らしさは、分かる者にしか分からないというあれですから」
うんうん頷きながら、ジャハラさんは言った。
それから両手に棚から抜き出した素材を手にして、目をきらきらさせながら錬金窯の前に立つ私に近づいてくる。
「クロエさん。さっそくですが、本題にとりかかりましょう」
「早いですね……! 今日来たばかりですし、一日休憩して明日……とかかと思っていましたけど」
「僕は元気です。クロエさんが疲れているなら明日でも……」
「大丈夫です、元気なので!」
ジャハラさんがやる気満々なのに、私も負けていられないわね。
ラムダさんが息子を見つめるお父さんみたいな顔で嬉しそうに「ジャハラが楽しそうでなによりだ。ジュリアス殿、それでは私たちは飛竜温泉について話し合おうか」と言った。
ジュリアスさんは拒絶するのかと思いきや、「構わない。今は時間があるからな」と頷いた。
提案をしたラムダさんは断られると思っていたのだろう、少し唖然とした顔で「あ、ああ、いや、驚いたな。ジュリアス殿が私とまともに話しをしてくれる日がくるとは」と呟いた。
もしかしてジュリアスさん、飛竜温泉をとてつもなく楽しみにしているのかしら。
顔には出さないけれど、実はすごくヘリオス君と一緒に温泉に入りたいのかしら。
それは早く、夢と希望を叶えてあげたいわね。ジュリアスさんもずっと頑張っているのだし。
ジュリアスさんはクラフト邸の使用人の女性に、お茶とお菓子を持ってくるように命じた。
てっきり別の部屋に移動するのかと思ったけれど、錬金部屋に一緒にいるみたいだ。
錬金部屋は広いので、別にいいのだけれど。
他国からの要人をご招待しているということもあって、使用人の女性たちがたくさんのお菓子とお茶をテーブルに準備してくれた。
ディスティアナの物流は最近かなり整ってきている。
お菓子もあるし、お茶もある。
ジャムの沢山挟んであるクッキーや、食べるとほろほろ口でとけるサクサクした丸く白いスノーボール、キャラメルとナッツがたくさん挟んであるクッキーに、一口大のチーズタルト。
それからナタリアさんの為に最近造られたばかりの葡萄酒と、ローストしたお肉を乗せたカリカリのパン、焼いたラムチョップ、薄くスライスしたステーキ。
ディスティアナのお料理は、お肉が多い。あとは川魚。でも最近海もできたので、海の物も結構食べるようになってきている。エビとか、海のお魚とか。
やっぱりいちいち驚くのは失礼かなって思うけれど、人をもてなす配慮を、ジュリアスさんがしていることにびっくりしてしまうのよね。
クラフト邸の使用人の方々は昔のジュリアスさんを知っているからか、驚いた様子はないのだけれど。
そうなってくるとむしろ、私を放り投げていた時代のジュリアスさんの方が、クラフト家に携わっていた人たちにとっては衝撃かもしれないわね。
そんなわけで、錬金部屋はちょっとしたパーティー会場みたいになった。
お昼からお酒を飲む気満々なラムダさんとジュリアスさんが、ワイングラスを手にするのを尻目に、私はジャハラさんが嬉しそうに持ってきた錬成素材に視線を向けた。
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