劇中の殺意
「もしもし! あたりよ! 芳原晃、正確にはその妹の……」
彼女が告げたのは、編集者、吉原芙美の名前だった。
「は?」
「本当よ。彼女の兄はショックで自殺して、復讐してやろうと思ったらしいの」
どうやってそんな所まで聞き出せたのだろう。
「とりあえず、今からそっち行くね」
そう言って電話は切られた。
その後、僕はテーブルに向かい小説を書き始めた。
この迷惑電話で、始めの方こそあまり書けなかったけれども、むしろ負けてたまるかと執筆が捗るようになった。僕ってこういう天邪鬼な所があるんだよなあ。
ま、どうでもいいか。
ドアベルの音を聞いて、僕は立ち上がった。
「どうぞ、セッペー」
「お邪魔」
ぶっきらぼうに言い放つとセッペーはいすに座った。
「で。確実にその吉原さんが犯人な訳だけど、どうする?」
「説得して、やめてもらう……」
「言っとくけど」そうやって彼女は僕の言葉を遮る。「それは甘いよ。そんな程度で許してもらえるとは思えない」
「じゃあどうすんだよ」
声を荒げる僕に彼女は言った。
「嵌めるの。吉原さんを」
彼女が語ったのは次のようなものだ。
まず吉原さんを犯人だと特定するような小説を書く。その際別の誰かに伝えているという描写があるとなおよし。
そして僕が偽装自殺をする。
吉原さんを呼んで、そのシーンを見せつける。
そこにセッペーが現れて彼女を問い詰める。
「偽装自殺の意味は?」
「ムード作り。ま、ばれたらばれたで仕方ないからそのまま路線変更して問い詰めてもいいけど……先に小説を読ませればいいかな?」
「つまり自殺の明快な理由作り……か」
「そそ。そういう事」
そこで彼女は一呼吸つく。そして言い切った。
「大丈夫。私に任せて」
吉原さんは小説を読み終えたかな……というタイミングで声をかけた。
「吉原さん……?」
いかに演技だとばれないように、なんて全く考えなかった。
「平……さん……」
「まさか、あなた」
「違う! 私じゃない! これは自殺よ」
「いくら兄が彼に殺されたからって、まさかそんな……」
「違う!」
「私たち、手は下さないって約束したじゃない」
「やってない!」
何の感情も感じられないように言う。
「でも誰がどう見ても、あなたが怪しいわよ。首つりさせて、殺すなんて」
「違う! わかってるでしょ……」
「うん。殺したんじゃないよね。でもさ。あんな電話してまで彼を小説が書けなくなるほど追い詰めて」
「違う!」
彼女は息を吸い込んだ。
「私、一度も電話なんてかけてない!」
「そう……でもその証拠はどこ?」
嫌な予感がした。なんとなく、だが。彼女はどこか超然とした微笑みを浮かべた。
「平花月さん。なぜあなたは電話について知っているんですか?」
「私は彼から相談を受けてたのよ」
「でも小説にはほとんど描写がありません」
「あなたから情報を引き出す時よ」
冷静に。絶対にぼろを出してはいけない。
「じゃあ質問を変えます。スランプなはずの毛見先生が小説を書けたのはなぜ?」
「それは……書いてあるでしょう。そっちはなぜか書けるって」
「でも最後の私を問い詰めるパートは創作です。それに最初の編集長が私に質問するパートだって」
「そうね」
今の一言で、彼女は私の計画の邪魔になると悟った。
「つまり、実際はスランプなどでは無かった、と言う事です」
もし今ここで私が、自分がそこを書いた、と言ったらどうなるか一瞬で考えた。
なぜそんな事をしたのか。あなたを問い詰めるため。絶命した彼を助けるとは思わなかったのか。……無理だ。
「では、ここで一つ疑問があります。自殺の理由はなんでしょう。スランプを苦にして命を絶ったのではないのなら、毛見先生が自殺する理由がありません」
「黙れっ!」
気付けば叫んでいた。
「あなただって、私と同じでしょ? こいつを殺したいんでしょ?」
「もちろん、私は彼を許しません。でも、やっていい事と悪い事があるんで」
あくまでも冷静な彼女。その姿はもはや人間というよりただただ真相に迫って行くだけの人形のように見えた。
「続けます。自殺する理由がないとすると、これは他殺、と言う事になります」
「……」
もはや何も言えなかった。
「ではどうやってここまで誘導したのか。それはおそらく私を嵌めるためだったと考えられます。私をここまで連れて来てこの原稿を読ませる。それは明らかに私を嵌めるつもりの物です。そしてあなたは私に罪を着せようと考えたんでしょう。それで偽装自殺から偽装を取って、あなたの兄の復讐は達成されます。ですよね? 平誠さんの妹さん? 私と脅迫状を一緒に送った平花月さん?」
「ああああ!」
訳も無く叫んでいた。その通り。全てその通り。私はあいつに真実を偽って伝え、彼女にも電話の事はひたかくしずっと機会を窺って来た。
自分が罪を被らないままにあいつを殺すために。したくもない笑顔振りまいて。それが一瞬で終わるの? こんな殺す勇気も無いような奴のせいで?
絶対にやだ。私はこんな奴に負けない。
「いい? あんたが死ぬの。あんたさえ死ねば、これは心中事件になるわ」
そう言って慣れた手付きで台所から包丁を抜き出した。彼女は逃げようともしない。
「死んで償いとか、意味無いです。毛見先生は永遠に小説を書き続けないといけなかったんです」
「うるさい。うるさいうるさいうるさい!」
手に持ったナイフが一閃した……
心中事件か?!売れっ子作家毛見京平と編集者が遺体で発見
作家毛見京平の自宅で毛見京平本人と編集者吉原芙美が遺体で発見された。警察は内縁関係がこじれた結果の心中事件とみて捜査中である。
なお、毛見の本来の交際相手と見られる女性が部屋で高笑いしていたとの情報もあり、関係を調べている。
「ふふふ、あはは!」
「大丈夫ですか? 平さん」
「いいえ、なんでもないです」
病院の白い壁を見ながら考えていた。あの事件が世間的にはただの心中事件と見られている。情報規制であの原稿の事はばらされないだろうし。誰も私に気付くはずがない。
この勝負は、私の勝ち。私の計画は、完璧だった。
「平さん、お客様です」
「なんですか?」
「すいません、わたくし、こういうものですが……」
その紋章を見た時私は、一気に現実に引き戻された。私はなんてバカだったんだろう。




