93. 葉隠の里へ出発
葉隠の里には、徒歩で7日、自転車で4日ほどかかる。(距離としては240km程度)馬車での移動だと5日かかる。馬車の場合、馬車の通れる道は途中までであるので残りを徒歩で移動することになるため、自転車よりも時間がかかるのだ。
しかし、それも過去の話。桔梗が伐採し師匠が舗装した道は、馬車が余裕ですれ違える幅があり、ほぼほぼ直線でトリプレットデザートへつながっている(180kmまで短縮された)。それによって、自転車で3日、馬車で2日で着くようになった。
「それじゃ、あれを出すぞ」
「おお、ついに出すのじゃな」
北の城門の前に移動した俺たちは、バドゥール王女、アラジン、ガンザスと護衛の兵士たちを待っている間に、移動の準備をする。ソラちゃんの神空間から巨大な物体を取り出す。その物体は大きな直方体の形をしており、大きなタイヤが4箇所配置されている。とどのつまり、観光バスである。席は後方が貴賓席となっており、くつろげる広めの空間が広がっている。前方の席は兵士たちの乗る場所だ。バドゥール王女とアラジンはあまり気にしないだろうが、ちゃんと兵士と王族の間は部屋が分かれている。さらに、王族の部屋からは2階の観覧席への階段もある。ハトバスと飛行機のファーストクラスが合体したような作りだ。
このバスは、この日のためにダーシュとグロスの開発したものだ。俺ももちろん手伝った。魔素を使って動かすため、殺生石から作った魔光石(大)が使われている。このバスはタイヤ自身が回転する原動力となっているため、エンジンやガソリンタンクなどが不要で、居住空間が非常に広く確保できている。苦労したのは、サスペンション部分だ。この世界の道は基本的に舗装されていない。馬車の移動でできた道が多いため振動が非常に大きいのだ。それを吸収するためのサスペンションのバネの強度や構造を色々と試した。それは、師匠が舗装した道であっても旅の快適さを約束するものだった。
バスが急に現れたことに衛兵たちがざわつくが、俺たちが王女様の客人ということがわかっているので咎められることはなかった。そこへ、バドゥール王女とアラジンにガンザスと近衛兵5名、侍女2名が現れた。ついでに、ジャファール宰相もついてきてしまった。
「な、なんじゃこの四角い箱は!?これで葉隠の里へ向かうじゃと?王女様に何かあったらどうするつもりだ。だいたい、葉隠の里というのは、天獄魔封域にある伝説の隠れ里ですぞ。そんなところに王女様をお連れすること自体私は反対なのです。全く挙式の前の前撮りが何かは存じませんが、護衛も6名しかつけないのも良くありません。いかにこの国を救っていただいた英雄のアキラ様の招待とはいえ、得体もしれない場所です。どのような脅威があるかわからないのですよ」
「じいや。その話はもう終わったのですよ。アキラ様に桔梗様がいらっしゃるのです。私たちの安全は保証されています」
「ですが王女様」
いまだに納得していないジャファール宰相がクドクドと文句をいっている。うーん。このままだと今後の予定に関しても支障をきたしそうだ。俺はこっそりと師匠にジャファール宰相を葉隠の里に連れて行くことについて相談した。師匠も良いのではないかと言っているし、連れて行くことにした。
「それでは、宰相様も葉隠の里へ一緒に来られてはいかがでしょう?宰相様ご自身で葉隠の里を体験いただけると安心していただけるかと。道程は5日間ですし、何かあれば一瞬でお送りすることもできます」
今回、ギアナも一緒に葉隠の里に向かうが、ソラ分体:ギアナは王宮の一室に安置させてもらっている。ソラ分体は、その気になれば、ぴょんぴょんと自分で移動できるし、周りの様子も見れる。(基本プニプニポヨポヨとその場にいるのが好きらしい。)だから、いつでも王宮へ神空間移動が可能だ。今回は、葉隠の里への道程も体験してもらう必要があるため、バス移動するのである。ちなみに、このバスは葉隠の里前とトリプレットデザートを定期的に往復する予定だ。
「しかし、政務を滞らせるわけにはいかぬ」
「ジャファール宰相様、差し出がましいのですが、宰相様はたまにはお休みを取られた方がよろしいかと存じます。短い間でしたら、我らでも政務を行えます。連絡手段もアキラ様から伺いましたので、緊急の用事があればお伝えできます」
政務官の一人がジャファール宰相へ進言している。意外とジャファール宰相は慕われているようだ。この国をそしてバドゥール王女のことを心から案じているのもわかるし、なんか憎めない人柄だ。
「ジャファール宰相様、ご自身の目で葉隠の里をご覧ください。葉隠の里には温泉もありますので、普段の激務のお疲れをとっていただくこともできるかと」
「そこまで皆が言うのであれば仕方がない。あくまでも王女様のお目付け役としてお供いたしますじゃ」
ようやく話がまとまったので、皆にバスに乗り込んでもらった。今回の運転手は俺が務める。王女とアラジンのお世話は侍女とギアナが務めることになった。
「それでは、皆さん出発しますよ」
運転席に座った俺はアクセルを踏み込んだ。操作に関してはオートマ車と同じだ。バスのサイズを考えて運転する必要があるが、この世界に他に車はないし、道も直線なので運転はそんなに難しくない。気をつけるとしたら、通行人や野生のモンスターだろうか。現在の時速は80km/h。気配察知を使って周りを確認しているので、余裕を持ってブレーキをかけられる。
「おお、これはすごいな。王宮の馬車よりも乗り心地がいい」
「そうですね。振動も少ないですし、椅子もふかふかですね」
アラジンとバドゥール王女は気に入ってくれたようだ。一方、ジャファール宰相がギアナを捕まえて色々と聞き始めていた。
「な、なんじゃこれは。馬車よりも早いではないか!しかも、この快適さ。ギアナ殿、この乗り物は誰でも使うことができるのか」
「今のところアキラさんだけです。登録が必要なのです〜」
「この乗り物を購入することはできるのか?」
「まだ、この1台しかできてないんです」
「これがあれば輸送も移動もこれまでの常識が覆るぞ」
「量産できたらもちろん、トリプレットデザートへ優先的にお売りしますよ」
「ギアナ殿、今後とも良い関係でいたいものですな」
「ジャファール様、このバスだけではないのです。葉隠の里との交易は私が取り仕切っていますのでどうぞご贔屓に」
「ふふふ、お主も人が悪い。もちろん、贔屓にすることになるじゃろうて」
「ふふふ、今ご提案できる商品はですね・・・」
なんか変なふうに意気投合している。葉隠の里に大金が入ってくることがほぼ確定した瞬間だ。ガンザスと兵士たちもコソコソと話している。
「隊長、こんなスピードは速馬でも出ないですよ」
「ああ、このスピードは異常だ。しかも、この人数で乗ってもまだまだ余裕がある。兵糧も大量に輸送できるな」
「隣のヘリアレイク王国に知られたくない技術ですね」
「いつ攻めてくるかわからんからな」
「しかし、こちらが先にこれを配備できれば、かなり有利かと」
さすがは、軍人。国の防衛への展開がまず先に話に上がっている。しかし、ガンザスは知らない。自分がこの乗り物よりも早く動けるようになる未来も、そのための地獄の修行が待っていることも。彼のこの旅のピークはここであった。




