91. 魔光石の研究
殺生石から魔光石を作った俺たちは、一旦、葉隠の里のダーシュの工房へやってきた。扉を勢いよく開いてダーシュに声をかける。
「ダーシュ。面白いものを作ったぞ」
「ア、アキラ?急にどうした!?」
「これを見てくれ!」
俺は魔光石の陰と陽を取り出してダーシュの前に並べた。
「・・・・これは!?・・・・・ただの石のように見えるけど何だい?」
「殺生石って知ってる?」
「はるか昔に下界の何とかっていう民族が神の頂の周りに設置した石だと聞いたことがある」
「殺生石は、魔素を吸収して貯める鉱石の結晶だったんだよ。で、これはその殺生石から作り出した魔光石というものだ」
「魔光石・・・」
「この魔光石には、陰と陽の刻印がしてあって、一見何の変哲もない石に見えるけど、こうやって二つをくっつけると、蓄積された魔素を取り出すことができるんだ」
俺は、実際、陰と陽の魔光石を手に持って接触させる。すると、魔光石が青く輝き魔素が溢れてくる。その後魔光石を離すとピタッと魔素が止まる。
「確かによく見ると、ただの石でも僅かに魔素を纏っているというのにその石からは全く魔素を感じない。何なら、今は周囲の魔素を少しずつ取り込んでいるようにも見えるな」
「さすがダーシュ。これをダーシュとグロスが作っている自動車に使えるんじゃないかなって思っているのさ」
ダーシュがガバッとグロスを見る。グロスも大きく頷いている。どうやら俺の言いたいことが伝わったようだ。俺は、メーティスさんにお願いして、大・中・小の魔光石のセットを作ってもらった。魔光石の大きさで蓄えた魔素の量と出力が変わることは、メーティスさんが実験済みだ。自動車で必要な出力を調べるためにもサイズを変えたものを渡す。
「アキラ、すごいものを作ったな!これで自動車の開発がまた一つ先に進む」
「ああ、そうなると嬉しい。ただ、ちょっと問題があって・・・」
「問題っていうのはなんだ?」
「魔光石は殺生石をさらに精製して純度を上げ作っているんだけど、殺生石自体がそんなに大きくなくて、作れる量に限りがあるんだ。材料の成分を含んだ石は湖で見つかったんだけどね」
「なるほど、それは問題だな」
皆でうーんと頭を悩ませていたら、ぽんと手を叩いてグロスが言った。
「ベラドが何か知ってるかも。あれで、学者様だからな」
ベラドは、神の頂を研究している学者だ。世界樹の雫を求めて葉隠の里にやってきた。現在はドルフ村長の家で里起こしを手伝いながら神の頂の調査を進めている。具体的には貨幣を使った経済活動が根付くように指導している。
ダーシュとグロスと俺たちはベラドに会いに行くことにした。グロス曰く、この時間はライゾーのコーヒー専門店にいるらしい。店の中から2人の男が口論している声が聞こえる。
「だから、ライゾー。お前のコーヒーは40Gでも十分に売れる」
「だが俺はこのコーヒーをできるだけ多くの人に飲んでもらいたいんだ。だから20Gでいいんだよ」
「それじゃほとんど儲けがないだろうが」
「儲けなんてなくても暮らしていけるからな」
「あーあ、またやってるよ。ライゾーさんは頑固だからなぁ」
グロスが呆れたように教えてくれた。それを聞いたギアナがスタスタと扉に近づいていきドンと扉を蹴り開ける。
「話は聞かせてもらったわ!ライゾーおじさん。あなたのコーヒーは40Gで売ってちょうだい」
「な、なぜだギアナ」
「おじさん。この里はこれから多くの観光客が来るわ。その時、おじさんのお店は必ず人気が出る。コーヒーの収益の一部が里に入るのよ。そのお金で下界のいろんなものを買って里をよりよくしていく計画なの。おじさんのコーヒーが売れたお金が里を豊かにするのよ。そしたら、父も母も帰ってくるかも」
「そうか、里のためなのか」
ベラドが強くうなづいている。
「私が言いたかったのもそういうことだ。ライゾー。それに、このコーヒーは本当に美味しい。価値のあるものは、相応の対価をもらわないと」
ベラドはライゾーのコーヒーに相当惚れ込んでいるようだった。だからこそあんなに必死に値段を上げるように説得していたんだろう。話が一段落したところで俺はベラドに話しかけた。
「これは、楓様、それにアキラ様も。私に聞きたいこととは?」
「実は、殺生石について知っている事を教えてほしいんだ。できれば、その作り方が知りたい」
俺は、なぜ殺生石の作り方を知りたいかをベラドに説明した。ダーシュの開発している自動車についても話すと、ベラドもその重要性がわかったようだ。
「なるほど、魔光石は、魔素を蓄積し任意に取り出せる装置ということですね」
先ほどのコーヒーの値段の説得をしている時とは打って変わって理知的な言葉遣いに変わったベラド。さすが研究者だ理解が早い。
「古い文献によると、殺生石は古代ラピ人のみが作り出すことができたと記載があります」
「こ、古代ラピ人・・・」(絶妙に違う)
「はい、古代ラピ人です。そして殺生石を作る方法は伝わっていません」
「やはり、殺生石を作ることはできないのか」
「ええ、しかし、古代ラピ人ができたということは、我々にもできるということです」
「つまり、研究するしかない・・・と」
「そいういうことです。そして、それは私の専門分野。ぜひとも研究させてください」
あれ?ベラドやる気ある感じ?普通なら失われた技術だと言って諦めるところなんじゃないか。
「ベラド。なんでそんなに楽しそうなんだい?」
「ヘリアーレイク王国の暮らしに比べたら、ここは天国なのです」
「そんなにここの暮らしが気に入ってくれたのか」
「ここは、研究しがいのあるテーマにあふれていますし、食事も美味しいものばかりです。ですが、それよりもヘリアーレイク王国の暮らしが酷すぎました」
「ヘリアーレイク王国の何が酷いんだ?」
「一言で言えば、圧政です。重税に貴族の横暴、住民は日々の生活を送るので精一杯です。さらに裕福な一部の商人とその私兵が奴隷売買をしているような国です。私は魔法学園の研究員でしたから、かろうじて普通の生活をおくれましたが、研究員の資格を失わないように必死でした」
「絵に描いたような酷い国だな」
「ええ、ですから、私も、ついてきた兵士たちも、ブラック黒狼もこの里で働く事ができて本当に幸せなのですよ」
「みんなが幸せなら本当に良かったよ」
「それにライゾーのコーヒー!!!あれは絶品です!!!」
実はそっちが本当の理由なんじゃないかと思うほど熱の入れようだ。
「そ、それは良かった。じゃあ、魔光石の研究は任せたよ」
「承知しました」
話がひと段落したところで、ライゾーが俺に話しかけてきた。
「アキラ、そのフェンリルの子供はどうしたんだ?」
「下界で出会って、仲間になったんだよ」
「そうですか仲間に、ところで忍犬というものを知ってるか?」
ライゾーが獲物を見つけた狩人の目をしている。
「今はいないが、昔は数頭の忍犬を育てていたんだ。もしよろしければ、その子を俺に預けて見ないか」
シロを見ると、ちょっと不安そうな顔をしている。
「シロというのか。安心しろ、朝と夕に俺と遊ぶだけだ。それ以外はアキラと一緒にいられる」
「シロ、どうする?やってみないか?」
「キャン」
遊ぶだけと聞いてシロもやる気になったようだ。俺たちはライゾーにシロの修行をお願いすることにした。




