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12月20日。
もういくつか寝ればクリスマスにお正月と世間は賑やかさを徐々に増してきているその日に、世界を股にかけて活躍する様々な分野の実力者とその関係者や家族たちが一同に会していた。
時刻は午後8時50分を過ぎたところ。
約束の時間まで後、僅か。
「こんな所に本当に来るんですか?」
半信半疑。
いや。
まるで信じられない花村は己が支える九重グループのトップ重蔵に問い掛けた。
「どうやってかは解らんが――――――来るじゃろうな」
しわがれた声でありながら、覇気を纏うその声は吹きすさぶ高所特有の強風の音に負けずその場に響く。しかし、普段から聞き慣れたその声にふと花村は違和感を持った。
何処か、震えるように聞こえたその声に、また疑問を上げようと――――――
「なに?・・・・・羽?」
花村の―――――いや、その場に居る全員が目撃したのは純白に輝く羽であった。
生憎の曇り空で、星の光も、月の明かりもないその空間。
僅かに届く街からの光だけのその場に、ハッキリと視認できるその羽は神秘的でありながら、強風が吹くこの屋上にも関わらず、ゆらりゆらりと静かに落ちるその様は不思議な光景だった。
そんな羽がどこから?
自然とその場の誰もが上へと目線を移す。
「少し、約束の時間には早いはずだが、皆集まってるみたいだな」
一対の純白の翼を背にした黒い男。
その光景に息を呑んだ。
この世界であり得ない状況と、その纏う雰囲気はどこか怪しい。しかし、いや、だからこそ、だろうか?
その光景は美しかった。
その場の全員が、その美しさに呑み込まれ、異様と言える翼有人の姿に心を殴られ、空に浮かぶ姿に感動していた。
夢でも見ているのか?
そんな思考が生まれるのも致し方ない事だろう。
だが、ここに集った者たちは、それぞれが一角の人物たちであり、その精神的な強さはそれ相応のもの。自身の中に渦巻く数々の感情をその強い精神力でもって手綱を握り直し、落ち着きを取り戻していった。
「ご無沙汰しております」
代表として九重重蔵が口を開き一同の先頭へと足を進める。その僅か斜め後方に重蔵に付き従うように、娘である九重花も同じく歩みを進めた。
重蔵が腰を折れば、それに習うように花も頭を下げた。
そんな2人を先頭に一同も頭を下げる。
一部は心から頭を垂れ。
事情の説明が曖昧なままここまで付き従った者たちは慌てるように頭下げた。
「そう畏まることはない」
コツリ。
屋上は風が吹き荒れる音が響いているにも関わらず、そんなか弱い靴音が不思議と響いた。
その音によってこの屋上に降り立った事を察した面々は訓練されたのかと言える同一のタイミングで頭を上げた。
そして襲われる再びの驚愕。
いつからそこに?
現れた翼持つ人物は確かに1人で、この屋上には確かに自分達だけだった。
にも関わらず、今回は何故か素顔を晒した翼持つ人物の横やや後方に控えるように以前出会った時と同じ装いの人物が立っていた。
「今回集まってもらったのは、貴方たちが私を探している様子を見てな。どうせならと話を聞くために此方から赴いたわけだ」
驚きを落ち着かせる暇がなく、語り始めたその内容に、またしても驚きが含まれていた。
勿論これは翼を生やし、空を飛んできた奥菜和徒の、そしてケイリシュオンの作戦である。
≡≡≡≡≡≡≡≡
【浮遊】
分類:スキル
レア:SR
使用者の体を浮かせることが出来る。
上昇は500mまで可能。
≡≡≡≡≡≡≡≡
シオンが倉庫として使用していた部屋から見付けたのがこのスキル。
当然ながらこれは和徒のスマホにインストールされている謎のアプリ【ゲッター】のガチャで手に入れたスキルである。
和徒としては『楽しそうだが、使えない』スキルであった。『目立ちすぎて使えない』し『ただ浮くだけで何が出来るのか?』と言った残念認定されたスキルであった。
しかし、ただ浮くだけでも大勢の人間を驚かせ、インパクトを与えることは出来る。更に使ってみたところ非常にゆっくりではあったが、横軸も移動できた為に今回の登場に最適とシオンによって判断され、使用することになった。
因みに和徒が生やしている翼は、スキル【ホーム】を使用した際に出現する翼であり、その効果が発生しないように制御した状態である。そうした意味としては、見た目のインパクトを与える以外に無かったりするのだが、華々しく颯爽と格好良く偉大に見せたいシオンの熱烈な説得に和徒が折れ使用したのであった。
「正直私としては詮索をしてほしくはない。聡明であるあなた方なら理由は言わずとも理解できると思う。悪いがそこは察していただき、今後は私の捜索は止めていただこう。
―――――さて、此方からの要望は伝えた。
次は貴方たちだ。何故私を探していたのか?その理由を聞きたい」
浅黒い肌、中性的であり整った顔つき。もし、シオンが男になれば、シオンに男の兄弟が居たならば、こんな顔であっただろう。
シオンに対して【写し身】を使い、見事な中性的イケメンに変貌を遂げた和徒は、シオンによりレクチャーされた多少の尊厳を出しつつも不快を与えないように少しの丁寧さを織り混ぜた言葉遣いを意識し、会話を開始。
今の自分に酔っているのを自覚しつつも、その言葉遣いをするには丁度良いだろうと無視を決め込み、自然と片手をポケットに入れて斜に構え立ち、格好をつける和徒。
そんな和徒へと先頭に立つ九重重蔵と他数人の者たちが和徒に少しだけ近づく。
その面々は和徒が今まで癒してきた関係者の代表、トップと言える面々であった。
「儂らは貴方から与えられた『奇跡』を心の底から感謝しています。
まず、そんな恩人である貴方を捜索し、迷惑を御掛けしてしまったこと。大変申し訳なかった。深く謝罪します」
重蔵の言葉に合わせてその場の全員が頭を深く下げ、続く『奇跡』に対しての『感謝』の言葉にまた頭を下げた。
「そして、我々からの感謝を、その御礼を受け取ってもらいたい」
「我々は貴方のもたらしてくれたものに対して、相応しい御礼をお返しできていない」
「そう思ったからこそこうして貴方の不興を買う恐れを抱きつつも行動に移させていただきました」
紳士に、真剣に訴える面々に思わず固まる和徒。そんな様子を感じ取ったシオンが和徒よりも前へと歩み、重蔵たちとの距離を縮めた。
「主に対しての不敬な行いの理由は理解しました。しかし――――貴方たちの行動理由はそれだけでは無かった筈・・・・」
「仰る通りです。
儂らは貴方の最終目的を察することは出来ませぬ。
しかし、儂らに対して行ってきた【治療】は中間目標である金銭の為だと予想しました。
世間に公表すれば金銭のための行いとして浅ましくも非難する者が現れるでしょう。その為に秘密裏に行い、儂らのようなある程度裕福であり、且つ【治療】を必要としていたものたちに行ってきた。そう予想しました」
他にも様々な理由はあったが、世間と言うくくりをするならば重蔵が指摘した部分が一番のネックとなるだろう。
更に言うなれば和徒とシオンが心配していた和徒自身の身の安全にも考えは至ってはいるが、和徒がただの人間とは思えず、その辺りの心配はしなくても良いのではないかと考えていた。
よって、重蔵たちが一番に考えたのは世間からの非難であった。
「そうだな。その指摘は私も懸念していた」
「正しくその通りになるでしょう」
シオンの助けにより多少の落ち着きを取り戻せた和徒が話に加わり、返答。それに重蔵は肯定の言葉を返した。
「儂らとしては少しでも多くあなた様に御礼を。そして、今後の活動の助けをさせていただきたい。1人でも多くの者が、儂らの様な苦しみを持つ者が救われる事を、微力ながら助力したい。
そうすることで貴方への恩返しも出来るのではないか?
そう、思っております」
助けたい。
その気持ちは和徒にも解る。更に深くシオンにも解る。
だからと言ってその助ける為の手伝いがどのようなものなのかは解らず首を傾げる和徒と、その申し出に和徒の安全性を考慮していないことに心をささくれさせたシオン。
そんな両者の反応を各々が的確に把握する。
相手の腹の内を探るのはここに居る者にとっては日常茶飯事であり、必須のスキル。それは例え顔が見えずとも、ある程度の確度で行わなければならない事であった。
「まず、協力の内容としては儂たちから情報の提供。更に、【治療】を行う際の場所の提供を考えています」
シオンからの感情を正しく読み取り、それに加えてシオンの考えも予測できているにも関わらず、先に和徒の、重蔵たちから見れば直接【治療】即ち【改善せし不浄の右手】を行使する本人への疑問点を話す。
それによってシオンの心持ちは更に悪くなる気配を感じ、慌てて、しかし、それを悟らせぬように落ち着きをも同時に持って言葉を続けた。
「勿論秘匿していることは重々承知の上ですので、秘匿する手段も最大限に配慮致します。
具体的には儂たちが今考えている連絡手段と場所をご説明します」
重蔵から続き、別のものが口を開く。
「私の知人に病院を経営するものがおります。その者にも【治療】が必要な事情があり、その【治療】を行って頂きたい。
そして、その病状の経営者を治療を対価に此方への協力をさせます。勿論その際も我々は最大限の協力を約束し、【治療】と貴方の事に関する全てを秘匿。隠す事も万全の状態に致します。そして、対価も準備致します。
それから経営者の協力のもと、その病院で【治療】を行う手筈を整えます。
そこそこに大きな病院ですので、人の出入りは多く、一個人を特定するのは難しくなるでしょう。
更に、【治療】の対象者は入院患者やその病院に通う者以外の者。その病院に関連性を持たせぬように致します。
必要であれば貴方がその病院に入院して頂くことも考えていますし、入院がお気に召さなければ通院とさせて頂くことも対応させて貰います。そうすることで貴方が病院に出入りしてもおかしくない状況を作れる。
・・・・・どうでしょうか?」
少し頭の足りない和徒は単純に「スゲー」と、感動。シオンは何か見落としがないか、この者たちが和徒を騙そうとしていないかを必死に考え、探すがこれと言って出てこなかった。
「貴殿方が裏切らない。それはどうやって証明しますか?」
仕方なく根本的な部分。
「お前たちは信用できるのか?」と問うだけになってしまったことに不甲斐なさを感じるシオンではあったが、そんな根本的な問題にも気が付かなかった和徒は感心していたりする。が、まぁ、どうでもいい。
「儂らには貴方たちの情報は伏せてください。その方がお互いに良いでしょう。何故か今回は顔を晒しておりますが・・・・まぁ、忘れましょう。
連絡方法としては・・・・方法は解りませぬが、貴方たちは儂らから情報を得られているようなので、特に此方から連絡するのは難しくはないでしょう。問題は貴殿方からの連絡方法ですね。
儂らが勝手に予定を決めたとしても、それが都合の悪い事もあるでしょうし・・・・・何者にも察知されること無く、痕跡も残さない、そんな魅力溢れる連絡方法はありませぬか?あの鳥を用いた手紙のような物など理想的ですが―――――どうですかな?」
現代では通常どのような方法を取ろうとも痕跡が残る。
郵便であれ、メールであれ、電話であれ、その全てが記録や映像に残る。最終手段としてこそこそと手渡しにくれば問題ないが、それも全て衛生や監視カメラで・・・・・。
と、そこまで考えて顔を青くする。
話には加わらずに行く末を見守っていた面々もそれぞれが思考していて、遅れはあったが気が付く。
今、この場に来ていた際のものが記録に残る。
それは非常にまずい。
ただの人間として居る者たちにとってはさして問題にはならないが、ただの人と言い張るには少々特殊な力を持ってしまった和徒とそんな彼に従うシオンにとっては大問題である。
しかし、今日は生憎の曇り空。
しかも、いつ雨が降り出してもおかしくないくらいにどんよりとした空模様。
今日、人ですら認識可能になってきた衛生からの映像も流石に天候には敵わない。だから、そこは心配しなくとも恐らくは大丈夫と判断できる。しかし、ここに来る道中、和徒とシオンが何処かのカメラに映ってやしないか?その映像をチェックし、更に進行方向にあるカメラをまたチェックし・・・・・と、繰り返すことでこの場所に訪れたことが解るのではないか?
非常にまずい。
この会合は秘密にしなければならないことだ。
和徒たちの事は秘密にしなければならないことだ。
それはその特異性からも考えて当たり前ではあるが、それよりも交渉の時に『秘匿』を条件に盛り込んでいる。
今この場は誰のせいでもないから問題なく話を進めましょう。とはならない。そんなのは当たり前だ。
では、どうしたら。
まずい。非常にまずい。
「問題ない。この天気で衛生からは問題ないだろう。そして、私たちは飛んできた。文字通り空を。それもかなり上空を来たからそれも問題ないだろう。もし、見られていたり、映像が残っていたとしても誰も信じないだろうし、仮に調査が行われたとしたら・・・・その時は潔く諦め、今後は活動しない」
和徒が答えた内容は、『賭け』と言っても良い内容であった。
「それでいいのか?」、「いや、もしもの事を考えると日本の、世界の損失だ」、結果「かなりまずい」であった。
言葉を交わすことなどせず、しかしこの場にいる代表たちはこの後真っ先にやるべき事を完全に一致させていた。
しかし、傍らで和徒とシオンは最早諦めが混じっていた。
完全にリスクを消す方法はない。そんな判断のもと今回のこの賭けのような会合を行い、その結果次第で活動方法や活動方針を決めると話していた。
その為に和徒は本来は女性であるシオンから姿を借り、『シオンの顔をした男』と言う存在しない筈の姿でこの場に来た。そしてシオンは全身をすっぽり隠し、顔もわからない暑苦しい格好にも関わらず、我慢してこれまでと変わらない装いで和徒によって【従者の指輪】を使った呼び出しで家から出ること無くここに来たのだ。
取れる手段の中でも最善と思われた手でこの会合に望んだ。
天気は運でしかないが、その他の要因で騒がれたら大人しく身を潜め、別の金策の方法を考える気であった。
「で、あるならば大丈夫です、かな?
いや、こればかりは絶対とは言いきれませぬ。儂らとの繋がりが判明しないように、しかし全力で貴方たちに関する情報が出ていないか捜査するとしましょう。
もしもの時は・・・・・また、相談させて貰いたい」
「あぁ。それで良い」
結構な重大事項にも関わらず暢気な返事をする和徒ではあったが、内心では焦りまくりであった。何なら顔にも出てしまっているが、相手方もこんな暗がりで、和徒の顔色に気付ける余裕はなかった。
因みにシオンも心臓の鼓動は早く、緊張があったりするのだが、流石に誰も気が付くことが出来る状態ではなかった。
◇◆◇◆◇◆
結局のところ今後は協力体制を敷くことになった。
メリットは大きいと言って良いだろう。
まずは情報の収集能力の劇的な向上が上げられる。
この方法に関しては黙秘されたが、秘匿性に関しては胸を張れるそうで、和徒とシオンはその言葉を信じ、お任せすることにした。
それに加えて実際に【改善せし不浄の右手】を行使する場所も獲得でき、その場所に出入りする当然の理由も用意される事になった。
しかし、その場所の提供に関して和徒自身が【改善せし不浄の右手】を使って初めて交渉、獲得の流れが出来上がるため、その日程の調整を行い、決まり次第連絡をする流れになっている。
連絡方法は極簡単な合図と、メモ書きを使った一方的な連絡手段となった。
まず何かしらの連絡がある場合、重蔵の自宅の自室、若しくは会社の私室に目印となる物を決まった場所に配置する事になった。
連絡事項の重要度を2種類と決め、緊急用と通常用で置く物を変えるやり方である。
通常レベルの連絡では腕時計や置時計などの時計類を、緊急の場合は目立つ色で折られた折り鶴を置く事になった。置く場所も必ず机やデスクなど主に裏側がある物の上に置く。
通常の場合は、用件の書かれたメモ書きを置かれた机やデスクの裏側に張り付ける。
緊急の場合はどうにか会うことでしか詳しい内容を説明できない場合が多いと予測され、基本的に和徒、若しくはシオンが動くことになる。
しかし、簡単な概要だけは、通常の場合と変わらない方法で連絡される事になった。
当初はメモ書きだけを置くなり、張り付けるなりすれば良いと言う話になっていたが、この連絡方法の要であるシオンの負担を少しでも軽減するためにこの方法へと変わった。
一目で連絡があると解る上に、大雑把ではあるが、その伝えたい情報の重要度も解りやすい。そうなれば、何かしらの片手間で確認し、重要度が低ければ後回しなどにしやすい。緊急と即解れば、その後の予定などを考えて即動ける。
シオンは既に色々とやるべきこと、やりたいことがある。
最優先でやりたいこと。それは、当然ながら和徒の身の回りの世話。次いでやらなければならない事として、シオンを軟禁し、コレクションと称して『人』ではなく『物』としていたアーモンの監視。更に重蔵たちとは違う方向での今後の治療対象者の捜索、情報収集。
これらに加えて重蔵からの連絡の受け取りや和徒へと報告。更に予定の調整をし、重蔵たちへと連絡を返す。っと多忙と言って差し支えなかったのであった。
そんな彼女ではあったが、例え覆面がなく素顔が覗けたとしても、不満などは一切誰も感じ取ることはなかっただろう。それもそのはずで、シオンとしては和徒の役に立つのならば多少の無理は無理とはならなかった。かといって本当に無理なことはしない。無理をすれば最終的に和徒へと迷惑をかけ、負担を与えることとなる。それは、心から『従者』として従うシオンにとって許されざる事であった。
秘密裏の会合であるためビルの中に移動することも出来ず、冬空の下での立ち話。しかも、ビルの屋上と言う強風が吹く中での話し合いは、短いながらも当人たちにとっては少々長く感じていた。それも終わりを迎えようとした―――ところで。
声を上げるものが居た。
「は、話は理解、しました。しょ、正直信じられません、が。もし、本当ならお、願いがあります」
すっかりと冷めてしまった体。その為にうまく動かない口を動かし、震わせながらも声を出す花村真木。
寒さで浮かべた潤む瞳に1つの確かな火を見た和徒は話を聞く姿勢へと移る。サラッと寒さを凌ぐため、冷えて万全と言えない体に【改善せし不浄の右手】を自分に使用。その独特の光が体全体を覆う様を目撃し、驚く真木と他数名。
つい先ほど、詳しい事情を知らないメンバーは話し合いに加わわらず、以前【改善せし不浄の右手】を使った家の執事から和徒の起こした奇跡を説明された。つい今まで蚊帳の外であった者にとってはその光は何処か不気味にすら感じ、知らず知らず半歩後退した者も。
だがしかし、事情を元より知っている奇跡の体験者たちは、その光景に自分達の大切な存在が救われた光景を思い出す。込み上げてくる熱く、高揚する気を静めつつ成り行きを見守り始める。
先に動いたのは和徒。
今だ驚きから立ち直れていない花村に「寒いから話せないのか?」と、思い違いを発揮した和徒は自分にしたように【改善せし不浄の右手】を花村に施すべく足を進めた。
右手に珍妙な光を宿らせ、近づいてくる初対面の和徒へ恐怖を覚えたのは仕方のない事だろう。シオンを【写し身】した中性的且つ美しさをもったその容姿も不運なことに恐怖を助長させていた。
しかし、その恐怖によって体は震え、微動だに出来なくなった花村を見る和徒は「震えが抑えられない程に寒い」と更に勘違い。
和徒は優しさから驚かせないようにゆっくりとした動きで右手を動かす。
花村はゆっくりと動く優しさに更に不安がと恐怖が増す。「一体自分は何をされるのだろうか?」「殺されるのだろうか?」。そんな疑問を浮かべながらも和徒の纏っているつもりはない気品にも似た何かに呑まれ、動けずに居ると、とうとう和徒の右手が彼女の頭、より正確に言うならば右手の指先が額に当てられた。
「(あぁ。私死ぬのか)」
どこが不興をかったのか分からぬまま、諦めを含んだその想いは・・・・掻き消えた。
恐怖も確かにあったが、ビル屋上の風に体温が奪われ、体に軽いながらも異常があったのは確かで、しかも現在は夜。この今の時間を明けるためにここ数日間遮二無二働いた。そのお陰で今この場に重蔵が立てているし、彼女もまたそうであった。
その遮二無二に働いた結果として、今現在彼女の体は休息を欲していた。簡潔に言えば疲れていたのだ。
そこに冷えが体を蝕むことにより、より一層辛さを感じていたのが現在の状態。
それが、消えた。
信じられない事に目を見開き、和徒が数歩離れた事によって出来た空間で手足を軽く動かす。
消えていた。
何もかもが最善の状態の体であった。
今まで味わったことの無い解放感と充足感を体が感じていた。
「少しは話しやすくなったかな?」
和徒からの問い掛けに慌てて視線を戻し、深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!嘘みたいに体が軽いです!」
今ならばもう一度数日間の激務もこなせそうだ。と息巻く位に元気になった体。そんな異常事態に興奮を自覚しながら和徒を見据えた。
こんな力があるならば・・・・・・。
より一層の期待を声に込めて、より一層の決意を瞳に込めて、話を進め始めた。




