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「私は家族が一人しか居ません。詳しい事情は省きますが、私の家族で生きているのは弟だけです」
語り出した花村真木の事情。
その冒頭だけでも容易に流れは想像できた和徒は、チラリと側で控えるシオンへと視線を向ける。ただその向けた視線だけで主の意向を汲み、素早く和徒へと情報を伝える。
「花村真木。弟、花村誠。
現在姉が28歳。弟は16歳。
花村の母が最初の夫との間に子供を設けたが、離婚。その後に再婚し、再び子供を授かる。
姉の真木が19歳の大学生で、弟の誠が7歳の時に交通事故により両親共に他界。花村の母の前夫は子供の引き取りを拒否。両親が残した遺産と生命保険により姉は無事に大学を卒業し、弟も順調に小学生として育つ。
弟14歳。姉26歳の時に弟の誠に癌が発覚。摘出手術によって一命を取り留めたが、約3ヶ月前に癌の転移が確認され、今現在に至って完治できていません。詳しい病状は確認できていませんが、余命半年と診断されているようです」
シオンが語ったのはここにいるメンバーでは誰も、そう誰一人として知り得なかった事実であった。
そんな情報はシオンが、重蔵にコンタクトを取る際に念の為にと2日程時間を使い調査を行い集めたものたちだ。
己の【デピア】を使ったのは勿論の事、真木が話す日常の会話の中から拾い集めたピースを、ネットを使って情報収集を行い判明したものたちだった。
「は、花村君!今のは・・・今のは本当の事か!?」
「ま、まさか!そんな!」
予想していなかった。いや、花村が和徒へと話をし始めたときに微かに嫌な予感を感じていた重蔵。そして、九重花。
自分の身近に苦しんでいた者が居たことに。
そして、それに気が付くことが出来なかったことに、両者は血の気を失せさせていた。
「ど、どうやってそんな詳しい話を・・・?!」
一方の真木は語るつもりもなかった詳しい経緯を語られ、再び得体の知れない者を前にした気分を感じ身を強張らせた。
「ふむ。では、君の要望はその弟の誠くんの治療。で、いいのかな?」
身は強張り、喉は乾いたように張り付き動かなかった。
したがって、真木は頷きでもって返答を行う。
「なるほど。わかった。が、対価をどうするか・・・・?」
いっそ、今回は無料でも良いか?
今後この連中には世話になる事になるだろう。今さっき行った話し合いはそう言うものであったのだから、世話になる。それの挨拶代わりに・・・・と、考えはするが、思い止まる。
1人でも無料にしてしまえば今後誰も彼もが、いや、もっと言えば過去に治療を受けた者たちまでもが、治療費として払った莫大な金銭の返還を要求しかねない。
それは避けなければならない。
しかし、ふと真木へ視線を向ける。どう見てもただのOLにしか見えない普通にスーツ姿の女性だ。この場に居るのだからそれ相応に活躍している人物であるだろうし、重蔵や花の反応を見れば信頼されている部下、恐らくは秘書的なものだろうと予想をつけた和徒。一般的な同年齢の者たちよりかは遥かに稼ぎが良いだろう。だが、それは莫大とはいかない、よって『支払いは無理だ』と断ずる他無かった。
今までの治療の対価に貰ってきた金銭は一件5億円。
それは最初から今まで変更していない。
では今回も5億円で、と言うのは簡単ではあるが、真木には支払いは無理だ。
今後の活動を円滑に、そして気持ち良く協力をして貰うにはこの件は野放しには出来ないのだが―――――。
答えの出ない問題に頭を悩ます和徒は重蔵へと視線を向ける。
「私としては治療は行いたい。今後貴方たちの心情的にもこの件は解決するべきだろう。だが、無料。とは言えない。それを行ってしまえば今後の活動も、そして今までの活動も見直す必要が出てくる。そうなれば、私としては今後活動する意味も無くなってしまう。
どうにかならないか?」
「い、いくらでも支払います!足りない分は分割でも必ず払います!!それが、、、、それがダメなら!・・・わ、私の一生を、私の全てを貴方に捧げます!!」
雰囲気としては話が流れてしまう方向へと向かっている。
そう感じた真木は慌てたようにヒリつく喉を無視、有らん限りの力と気持ちを声に乗せた。自分の全てをも乗せた。
「い、いやいや、待って欲しい!金銭は儂が払おう!どうか花村君の弟を治療してくれないか!?」
思わぬ提案を口にする真木に慌てて重蔵が別案を出す。
和徒としてもその方が有難い。
真木は実年齢は和徒と近しい。しかし、その見た目はとてもそうは見えなかった。
身長150cm。
体重46㎏。
女性らしい丸みのある体型ではあるもののスレンダーで、残念ながらシオンの様な分厚い胸部装甲は見当たらない。
顔付きも可愛らしく、ショートの髪型とも相まって童顔。
言い方は悪いが、和徒には『幼女』に見えてしまっていた。
そんな彼女を無理矢理。では無いにしろどうこうできる権利を貰っても困る。彼の正直な感想である。
そう、ただでさえシオンを持て余しているのだ。
和徒の背中を冷たい汗が流れる。
現代では当然禁止されている人身売買。そんな話で流れた汗だ。
決して、決して側から冷たくも熱い視線のせいではないと和徒は自分に言い聞かせた。
因みにシオンとしては、もしここで花村真木を受け入れた場合「わたくしには手を出さないのに、彼女に手を出すのか?」と面白くない想いから冷たい視線を和徒へとプレゼント。しかし、逆にも考えた。もし、受け入れたなら「先ずはわたくしに手を出すべきですね。当然ながら」と、期待を込めた熱い想いを伝えていた。
何故か体調万全になった筈の体を震わせ、和徒は話を続ける。
「私としてはどちらでも構わない。どうする?」
「少し時間を貰いたい。・・・・花村君。少し落ち着きなさい。儂に任せてくれんか?」
「会長。有難いことですけど・・・・もし、私のこの身と一生で事足りるのなら、私はあの方に捧げたいと思います。そうしないと、そうじゃないと私の気持ちが納得できません」
おおよそ5分ほど。
その間に皆一様に冷えてしまった体を親切心から――――ではなく、優越心から【改善せし不浄の右手】を片っ端から施す和徒。無料は不味いだろうと心配したあの考えは何処に行った?と石を投げられる所業であったが、本人はそこに思い至らず、「どうだい?すごくない?」などと折角の綺麗なシオン顔をドヤ顔で汚していた。
施しを受ける一般人側の者たちは【改善せし不浄の右手】とは別物の力と解釈。それでもその効果は驚愕であり、興奮し、和徒への尊敬をより強めていた、
そんな中に1人だけ、シオンだけが和徒の思慮の浅さに気が付き苦言を申すことを決めながらも、一般人である者たちの和徒へと尊敬を強めていく様を見て喜びも同時に感じていた。
そんな中、真木と重蔵の話が漸く纏まり、皆へと視線を移すと皆が皆、和徒へと頭を下げる姿を目撃。首を傾げる事になった。
2人が話を終わらせ、自分達へと視線を投じている――――首を傾げている事にいち早く気が付いたシオンの問い掛けによって全員が再び2人へと注目した。
「決まりましたか?」
「は、はい!私は私の全てを捧げます!だから、どうか私の弟を助けてください!」
「oh・・・・・・」
行きたくない方向に話が行ってしまった。
現実逃避をしたくなった和徒のリアクションを見て、シオンは1人ほくそ笑む。
「あー。それで良いのか?全てって全てなんだろ?分かってる?」
軌道修正したい和徒の確認。
「分かっています!」
「・・・・・・どんな目に遭うか分からんだろ?怖いだろう?無理せず誰かを頼ってもこれは問題なくないか?」
軌道修正したい和徒の説得。
「例えこの身をどうされようと、例えこの命が奪われようと構いません。私は貴方を信じます。弟を助けてくれると。きっと酷い結末にはならないと。貴方を信じます!」
「・・・・・・・(信じるなよ)」
悪足掻きの方法を模索。
「その言葉に偽りありませんね?何があろうと貴女はこの御方を信じるのですよ?何があっても裏切りは赦されません。この御方に一生を捧げ、付き従う。誓えますか?」
「誓います!信じます!裏切りません!」
和徒の悪足掻きは中断。
シオンによって何故か話は進んでいく。
「もし、そう。もしも、これらを守れなかったら・・・・貴女は貴方自身に罰を与えられますか?」
「私は私を殺します」
「・・・・・まだ、弱いですね」
話は進んでいく。
「生殺与奪の権利は全てそちらに。特別な力で縛るも、契約を結ぶでも構いません」
「まだです。まだ、弱い」
物騒な話に進んでいく。
「いや、ちょっ「弟を差し出すことは出来ますか?」いや、待って」
「っ・・・・・!で、出来ます!私は決して裏切らない!一生付き従います!だから・・・・出来ます!」
「よろしい」
「えぇぇぇぇぇぇぇ?」
進んだ結果。話は突き当たりに到着。
和徒の意思とは関係ない道のりの果てに、全くもって目的にしていなかった地点に無事に(?)到着した。
「貴女はこれからこの御方に忠誠を誓い、その全てを捧げ、支えなさい。微力ながらわたくしも共に支えます。共に頑張りましょう」
「はい!」
「えぇぇぇぇぇぇぇ?」
和徒の心情は『甚だ不本意』。っと言いたいのだろうが、何を夢想したのか口元をひくひくと震わせ、嬉しさをひた隠している。
「申し訳ない。何卒よろしくお願いしたい」
重蔵からの諦めを多分に含んだ言葉に眉を下げる。
「あの、えっと、何とお呼びすれば良いんでしょう?」
シオンによる面談を終え、和徒へと向き直り呼び掛けようと声をあげる真木であったが、その呼び名を今だ知らず困惑する事になった。しかし、それはこの場にいる誰もが知らぬことで――――――。
「そ、そう言えばお名前伺ってませんでしたね」
他の面々よりも近い位置で事の成り行きを見守っていた重蔵の娘、花は今更な事を困惑を声に乗せ、和徒へ名を問う。
「あ、あ~。どうするか?」
大前提として、当然ながら本名である『奥菜 和徒』は使えない。簡単に捩った様な呼び名も不可だ。これはシオンにも言えることで、いくら此方の世界に戸籍がなく、調べる方法が少なかろうが、方法がないわけではない。よって、使えない。
「わたくしたちにも名前はありますが―――――」
「当然それは言わん方が良いでしょうな」
和徒たちの正体はただの人間なのか?それとも天使や悪魔の様な伝説や空想でしか語られない存在なのか?それは分からないが、本人たちが躊躇うならばそれ相応に理由があり、また、自分達は詮索しないと誓った。ならば知る権利を持つこと、持とうとする事も、知ろうとする感情すらも悪であり、不必要なものだ。そうでなくとも色々と秘匿する際にはその名を知っているのは、よろしい事ではない。
重蔵だけではなく、他の面々もそう結論を出した。
「好きに呼んでくれて構わないが――――――何かあるか?」
「ふむ――――――――緑さん。などどうでしょう?治療の際にでるあの光から連想しました」
重蔵の提案は『連想』ではなく『見たまんま』から付けられたもの。眉をひそめる和徒は悪くはないだろう。
安直すぎる上に格好良くない。
どうせならば格好良い名前が良いと思うのも仕方ないことで、世の男性諸君はきっと彼の気持ちを理解してくれる事だろう。
「お父さん。相変わらずのネーミングセンスの無さ。ここは他の人に任せなさい」
「ん?そうか?良いと思ったんじゃが・・・・・」
「良いと思ったのはお父さんだけよ・・・・・」
娘の花に止められ、渋々引き下がる重蔵に困ったように吐息を漏らす花は他の面々へと視線を動かした。
重蔵を止めたが、だからと言って自分が良い呼び名を考えれるわけではない。しっかりと重蔵の血を引いた花のセンスはその父とドングリの背比べ。だが、自覚があるだけ重蔵より幾分かはまし。そんな言葉を自分への慰めとしつつ後ろへと引き下がる花であった。
「あ、あの~。そのまま【ラファエル】様。ではダメでしょうか?」
「ら、ラファエル?ってあの天使の?流石にそれは畏れ多いんだが・・・・」
真木から提案された名、それは大天使として有名な【ラファエル】。不思議な力を手にしてはいるが、今だ小心者で普通の一市民の感性を持つ和徒にしてみれば、完全に名前負け。
しかも人でありながら、天使の、それも大と付く天使の名前を名乗るなどバチが当たらないかと不安に思う部分もあった。
「別に良いと思うんじゃが―――――花村君。何故『そのまま』と言ったんじゃ?」
えっとですね。
そんな言葉を頭に真木は説明を始める。
大天使【ラファエル】。
四大天使の1人として語られるラファエルは『癒し』を司る天使と言われている。
そもそも【ラファエル】とは『神は癒す』と言う意味であり、人々を癒し、育む性質を持っている。
「詳しくは省きますが、癒しを行う際にエメラルドグリーンの光を使っているそうで、見た感じ『そのまま』かな、と思ったんです。翼も有りますし――――。伝承と違うのは【カドゥケス】と呼ばれる杖を持っていないことくらいで―――――」
和徒は否定的。
大天使の名前を語る事になるのはいくらなんでもやりすぎだろう。と感じながら周りを見渡す。が、他の面々、それにシオンでさえも「なるほど」と納得顔。
何故シオンまで!?等と、和徒は驚くが、別に不思議なことではない。
何せ彼女はこの世界の者ではないのだ。そんな人物がこの世界で語られている【ラファエル】の存在を知っている筈がない。
本当ならばこの世界の常識でさえも知らないのが当たり前だが、彼女の力によって一般的な知識は持っている。だけど、それは宗教の詳しい内容まで知ることではない。あくまでも『暮らしていく中で必要な知識』しか持ち合わせていないのだ。
そんな彼女は『大天使』とは単純に「すごい存在」としか思わないし、主人である和徒がそんなすごい存在の名前を使うことに喜びはあれど、不満は出てこなかったのだった。
「流石にそれは止めてもらいたい。天使を名乗るほど立派な者でもない」
人としてしか自分を認識していない和徒にとっては『天使』を名乗るのは重荷にしかならない。よって、当然ながら辞退する。
「で、では悪魔の名前と混ぜてしまうのはどうでしょうか?」
「それは?」
思いがけない『悪魔』の登場に興味を引かれる和徒。そして、先程とは正反対に周りの面々は顔に難色を示す。シオンに至っては提案した真木を射殺さんばかりに睨み付けている。
「え、えっと、ですね」
シオンからの圧力に肝を冷やしながらも、何とか返事を返すために声を絞り出す。その声からは恐怖を必死に押し殺しそうとしている気を感じる。
「【ウェパル】と言う悪魔が居るのですが、基本的に悪魔なので物騒な話です。でも、その中に傷を癒すことも出来るそうなんです。それに見た目は美しい女性であるそうで、見た目中性的で美しくもありますし、【ラファエル】と混ぜれば良いかな~。なんて、思ってみたり」
言い切った。言い切ったぞ!
己を喝采しながら口を閉じた真木。圧力は口を開く前よりも僅かに向上している様に感じた彼女は背中と額にこの寒空の下では異様と言って良い汗を張り付けていた。
「そうなると・・・・・【ウェエル】?ん~【ウェル】?・・・・【ラファル】ほとんど【ラファエル】と変わらん。【ラパル】?」
どれも和徒的にはしっくり来なかった。しかし、強いて言うならば【ラパル】が出てきた中では一番語呂が良く聞こえた。
「では、私はこれから【ラパル】と名乗ろう。ありがとう・・・・・そう言えばまだ名前を聞いていなかったな」
思わず溢れた笑みは、その自然さ故にシオンの容姿と相まって強力な破壊力を持たせた。
癒しを受け、弟の治療の希望が出来、幾ばくかの会話を重ねた。
それらによって緊張は多少和らぎ、恐怖や不安に至っては殆ど感じない程度まで落ち着いていた真木。そんな彼女には本当に天使が微笑んでいるかのように思え、頬を紅く染め、まるで酩酊したかのような艶のある瞳でか細い声で己を紹介したのだった。




