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九重家別邸に居る3人が和徒の正体を探ろうと強い思いを胸に抱いたその頃。
捜索対象である和徒とシオンの2人は帰路に着いていた。
たった一泊しかしない旅行とは慌ただしく、人によっては旅行によって生じる嬉楽しい思いや、癒しよりも、疲れやストレスが生じてしまう様な日程であった。
現にシオンも和徒ももう少しゆっくり寛いで癒されたかった思いを抱いていたのだが、それよりも『奇跡』を起こした現場に長居してしまうと、なんやかんやあって自分であると特定されるのではないかと不安を覚えた和徒が帰宅を決定。
ビビりで我が儘な主にため息をついてしまったシオンは悪くないだろう。
そんな「仕方の無い人」などと少し惚気のような思考もあるシオンは、まだ慣れきっていないこの世界の風景。それを車窓から眺めつつ考えるは今後の展開と行動の事である。
取り敢えずの資金を得ることは出来た。
多少の贅沢が許され、それを継続して生きていくには不自由は無いだろう。が、和徒が目指しているのはその程度ではない。
決して使いきれない程の資金こそが和徒の目指すものである。
それは和徒は無自覚に、シオンは確信をもって知っていた。
なれば、現状たった1つ、たった1回だけ資金を得た状態は、1つの終わりではなく次の始まりだと考えた。
だからこそ、帰路の最中に考えを巡らせ始めたのだった。
しかし、そんなシオンとは違い和徒はそのたった1つが終わったことへの安堵と強い達成感。一般的に莫大と言えるほどの資金を得たことによって今まで味わったことのない満足感を堪能しており、次の事など微塵も考えていなかった。
その顔は絞まり悪く、ユルユルの有り様で、傍目からみればとても怪しい人物。そんな浮かれた状態である和徒を先導する形でもって、何事もなく家へと辿り着いたシオンは、休むこと無く働き始める。
先ずは風呂場の掃除と湯船を張ること、ついでに自らの身体も清める。
これには和徒は喜びがあり、感謝した。
和徒が風呂へと向かい、シオンはその間に部屋を掃除する。
風呂から上がった和徒は働くシオンに気がつき、休むようにと珍しくも命令を発した。
1日だけだが開けた家を軽く掃除して回る。それが終われば買い物、夕飯の準備。と仕事が目白押しで、シオンには休む気が無かったのだが、和徒にとってはたった1日なのだから問題なし。
自分を汚いと感じる悪癖によって帰宅早々の風呂の準備は感謝した。しかし、それ以外は比較的どうでも良かったのだ。
和徒としては今日の晩御飯くらいは出前でも取れば良いと思ったし、掃除だって無理せず明日やれば良いくらいの感覚だ。
しかし、休むように言い付けられた為に腰を下ろし、珈琲を口に運ぶシオンは落ち着かない。
主のために、和徒のために働きたい。
その気持ちはまだまだ生まれたばかりで、そのためその思いは強い。
芽生えたばかりの感情は制御が難しいもので、これは仕方の無いこと。
そんな彼女の内心を計れず、和徒はだらけるソファーから夢の世界へと旅立つのであった。
さて、命令を発した張本人は夢の中。現実で起こることを把握することは無い。ならばどうするか?
働くのである。
シオンにとっては働く事は尽くす事であり、その尽くす対象者は当然主である和徒だ。
そんな当たり前の事を当たり前に理解しているシオンは動く、働く。
休む主の邪魔をしないように素早く且つ静かに行動開始。
飲み掛けの主のカップと飲み終わった自分の分のカップをキッチンまで運び空のカップだけ片付ける。和徒の分である飲み掛けはそのままキッチンに放置。
簡単ではあるが、和徒の状態も考えて軽めに掃除を終わらせる。
そうして買い物へと静かに出かけ、本日の食材を調達。
とんでもない美人の為に集まる視線は彼女にとっては煩わしいだけで、更に殺したくなる程に煩わしく汚らわしいナンパによって疲れを自覚させられ帰宅。
少しだけ一息入れたくなったシオンは恐る恐る和徒が寝ているはずの部屋を覗く。
そこには多少の乱れはあったもののまだ眠り続ける和徒の姿があった。
それに安心するとキッチンに放置したままの冷めきった珈琲を自分が眠る場所として与えられた部屋で静かに口へと運び、一息。
僅かな休憩で気持ちを入れ直して、夕飯の準備を始めた。
本日のメニューはハンバーグ。
それに僅かに冷え始めた今日の事を考え、身体を暖める少しとろみを持つコーンスープ。
主食は勿論和徒が好きな白米。
それらを準備していれば丁度良い時間になり、もう少しで出来上がる頃に和徒を揺り起こした。
「和徒様・・・・・和徒様。そろそろお食事の時間です。起きてください」
「んん?あ~・・・・・寝ちゃってたのか。ごめんごめん。何か出前でも・・・・ん?」
仄かに香る甘いコーンの匂いと肉の焼けている匂いとを感じ、ヒクヒクと鼻を鳴らす。
「あ~。ごめん。もしかして準備してくれた?」
「はい。わたくしの仕事ですので」
自分で今日くらい休めと言っておきながら、自分だけがしっかり休み、その間に世話を焼かせてしまった。申し訳なさと不甲斐なさにより頭を掻く和徒の表情は曇り。
そんな曇り空を見るために自分は働いたわけではない。
その想いを胸に和徒へとシオンは声を掛ける。
「和徒様。『慣れてください』。と、以前にも申し上げました。
主人である和徒様の為に働くこれはわたくしにとって当たり前であり、当然の事です。
そして、これらは『義務感』や『義理』で行っているモノではないことも加えて覚えてください。
わたくしは、あなた様に、出来ることをしたい。そう、思って従事しております。
ですので、どうかわたくしを使う事に躊躇いや遠慮はしないでほしいのです」
きつめと言える眼を持ちながら、和徒と相対するときには常に微笑を浮かべ、その印象をガラリと優しげなものに変えているシオンではあったが、この時ばかりは微笑を潜め、真摯に訴え掛けた。
「・・・・前にも言われたよな―――――。わかった」
同じ事を言われるのはバカのする事。
そんな考えがある和徒は再び頭を掻き、己の不甲斐なさをまた、想い知った。
そうそう変わらないかもしれない。
そんな後ろ向きな考えが頭にちらつくが、そうそう何度も同じ事を言われるのは和徒の性分としては許せるものではない。
それこそ、盛大に自分を責め、特大にへこむ様を容易に想像できてしまった。
だからこそ、今一度心に強く刻むようにシオンへと頷いたのだった。
そうして心に改めて刻んだことを忘れぬようにと考える主と、その返事に快くなり何時もの微笑を浮かべたメイド。
その二人の第一歩目は無事に終了し、和やかに幕を閉じたのであった。
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