5
走り回る秋葉。
見守る九重重蔵と使用人。
更にそれを見守る和徒とシオン。
と言う謎の構図は数分間続いた。
秋葉は15歳であり、年の割には少々落ち着きがない。と言えるかもしれないが、事の顛末を考えれば致し方ない事だろう。
そんな感動の場面に水を差すのもどうかと、人として当たり前に空気を読み、見守った和徒の心中には不思議な充足感が満ちていた。
だが、それは呆気なく、重蔵のたった一言の言葉によって霧散するのであった。
「あぁ!なんと感謝すれば良いか・・・!!有難う!!
何か、何か礼を!・・・・ん?いや、そうだ。そうだった!報酬を準備してくる!!」
ドタバタと老いを感じさせぬ速さでもって部屋を出ていく重蔵を見送る。その彼の言葉によって自分の行いが小綺麗なモノではないことを思い出してしまった。
それなりに離れているにも関わらず、ドタバタと何か家探しする音が和徒たちの耳朶を打つ。
更に、興奮した重蔵は大声で使用人に指示を出しているようで、その声までもが響いてきている。
その騒がしいと言って良い状況になって、漸く秋葉は我に返った。
慌てた様子で和徒たちに頭を下げ、使用人と数度のやり取りで事情を確認。しかし、残念ながら秋葉の為にこの部屋で待機していた使用人には詳細はわからず、結局全容が分からぬままに和徒たちと向き合う事になった。
「え~っと。貴方が私を治してくれたんです、よね?あ、有難うございます」
戦々恐々と言った風体。
それも当然で秋葉を治したのは、頭から爪先までの全身が白いローブによって隠され、顔は穴など空いていない黒い覆面姿の見るからに怪しい人物。
冷静になってその謎の人物に向き合うと、体が治った事によって生まれた興奮や喜びは吹き飛び、恐れや不安。不気味さを感じる。
「『報酬を受け取るためにやったことだ。気にするな。・・・・・まぁ、おめでとう。良かったな』」
素っ気なく返しつつも、精一杯の祝いの言葉を紡いだ。
内心、若い女の子に怯えられ、その結果盛大に凹み、少しでも好感度が上がるようにと焦りから出た言葉であった。
「あ~・・・・・・そこの恩人よ。名前は無いのか?」
ドタバタと戻ってきた重蔵は和徒を呼び掛けようとするが、その呼び掛ける名前すら聞いていない事に今更ながら気が付き、尋ねる。
「『・・・・名前は明かせない』」
当たり前である。
ここで名前を明かせば折角正体を隠すために行ったあれやこれやを全て無駄にする事になる。それこそバカの極みと言えるだろう。
「いや、まぁ、そうだろうが・・・・何か偽名の様なものが無いか?」
「『・・・・無いな』」
適当に考えた名前でも良いけど、折角奇跡のような出来事を起こせるのだから格好いい名前で呼ばれたい。でも、自分から言うのは恥ずかしいし、後々黒歴史になりそうだから・・・・などと、少年心と大人としての理性がせめぎあっていた。
「そう、なのか。だが、そうなると困るな・・・何か「あ、秋葉?」ん?」
そのタイミングで漸くと言って良いのか、色々と慌ただしく動き回る屋内の様子に、秋葉の身に何かあったのかと、恐怖を抱き、立ち竦む身体を娘を案じる想いで必死に動かし、この部屋へとたどり着いた秋葉の母、花の姿があった。
「お母さん!」
「秋葉!」
何時もは母である花が脚を動かすはずが、今回ばかりは・・・いや、今後は何時でもそうなる。
秋葉が歩く。
歩みは瞬く間に疾走となり、元々それ程離れていたわけではない距離は直ぐ様ゼロになる。しかし、勢いは落としたが無くすことは出来ずに母の胸へと秋葉は飛び込む形となった。
「秋葉、う、動けるのね?動けるのね!?」
「うん、うん」
その眼で今確かに見たはずの光景を信じる事が出来ず、本人に問い掛ける。全ての治療は効果がなく、多額の金銭でもどうしようも無かった愛娘の病。
それが、少し目を離した隙に走れるまでに回復した。
『奇跡』
花の頭を駆け巡るその2つの文字。
気付けば親子二人は流れ落ちる涙を止められずに抱き合っていた。
◇◆◇◆◇◆
「これが約束の報酬だ・・・が、本当にこれだけで良いのか?時間を貰えればいくらでも出せるぞ?明日にでもこの3倍・・・いや、4倍までなら出用意するが?」
「『・・・・・・結構だ』」
時刻は既に深夜3時。
泣き疲れ、ずるずると座り込むと、そのまま眠りについてしまった親子二人を使用人に任せ、重蔵と和徒、シオンの3人は始めに交渉を行った部屋で報酬の受け渡しを行っていた。
「せめて、これらのモノを運ぶくらいはさせてくれ。持ち歩くのは無理だろう?」
現金4億3千万円。これだけでもかなりの儲けである。と同時に荷物にもなる。これに加え、美術的、歴史的に価値のあるもの数点が今回の報酬。それらは歩いてやってきた2人にとっては、とてもではないがすんなりと運べるものではなかった。
普通ならば、と但し書きが頭に付ける必要があるが―――――。
「『それも必要ない』」
この家にあった一番大きな布。ベットシーツによって1つに纏める様に和徒は伝えていた。それは、和徒がアイテムボックスとして活用している【ゲッター】の倉庫に『1つ』として収納が可能で、何の抵抗もなくスルリとスマホに呑み込まれていった。
「ほ!?」
「『では、失礼する』」
とても人が運べるようなサイズではなく、また、ただの布であるシーツにくるまれたそれらが、瞬きの間に吸い込まれる。しかも、スマホに。
それは重蔵に加えこの場に居合わせた使用人2人を驚き固まらせるには十分であり、その出来上がった隙に【ストップ!ウォッチ】を取り出す。
一番初めの11連ガチャで手に入れたそれは、『一度スタートのボタンを押すと10分間使用者以外の全ての時を止める。一度使用した後はただのストップウォッチ。』と言う説明がなされているアイテム。
10分間時間を止め、その隙に誰にも、何にも捕捉させずに姿を消す。
それが、今回の計画の締めであった。
だが、シオンはこのアイテムだけでは最悪の場合、和徒が死んでしまう可能性に気が付いた。
和徒は存在をほぼ忘れていたアイテム。それを有効活用出来ることに喜び、短絡的に「脱出問題解決」と完結したのだったが、シオンは『全ての時を止める』と言う部分が引っ掛かった。
『全て』とは?
そこに、もしかしたら『空気』も含まれるのではないだろうか?
空気が止まれば、動くことも難しいだろう。更に、呼吸が出来るかも分からない。
そんな懸念点を和徒に伝え、その対策を取った。
≡≡≡≡≡≡≡≡
【自由だ】
分類 :スキル
レア :HR+
発動後15分間の間、あらゆる拘束、不自由を無効化し、自由に成れる。
更に15分間はどんな状況でも生命活動が不自由無く行える。
≡≡≡≡≡≡≡≡
前回のガチャで手に入れた新しいスキル。
これを兼用し、脱出する作戦である。
因みにこれらの効果範囲は完全に使用者だけ。
つまり、和徒だけが止まった時間を動く事が出来るわけだが、シオンを残して行っては意味がない。
その為、和徒はシオンを運ばなければならないわけだが・・・・
何故かそこの心配は2人ともが気が付くことはなく、遂に計画の最後が開始された。
「『ではな、家族を大事に』」
別れを告げ、「カチッ」。
ストップ!ウォッチの始動ボタンを押し込む。
途端。
和徒が感じたのは耳に痛みを感じてしまう程の静けさだった。
和徒以外の全てが、そう文字通り全てが止まった。
シオンが懸念した空気も止まり、更に、光までが止まった。その結果、固まった空気によって身動きも出来ず、呼吸も出来ない。光までもが止まっているため、和徒の視界は完全な闇であった。
「『おいおいおいおい』」
辛うじて僅かに動く口で声を出す。しかし、響く空気は止まっていて、声は和徒自身の中だけで響いた。
「『【自由だ】』」
身動きも、呼吸すらも出来ない。
この状態は見事にスキル【自由だ】を使うことで難なく脱出。
普段通りに動く身体と、不自由無く出来る呼吸。更に予想していなかった暗闇までも晴れ、それらに短く安堵。有限な時間を無駄にしないよう素早く次の行動に移していく。
そこで、ふと気が付いた。
シオンはどうやって移動するのか?
ここになって漸く、自分が運ばなければならないことに気が付いた和徒。
ハッキリ言ってバカである。
同じく気が付かなかったシオンもバカと言えるかもしれないが、空気も止まり身動きや呼吸が出来ないかもしれない懸念点に気が付いた点をプラス点として考慮し、『うっかり者』と評価できなくもない。
さて、そんなバカとうっかりの2人の脱出劇はあっさりと片付いた。
何故か?
それは和徒が機転を効かせ、それを実行し、颯爽と身を走らせた。
訳ではない。
ただ単に【自由だ】が想像以上に優秀な効果を持っていただけである。
『あらゆる拘束』。
これは重量。と言うよりも、『重力』からも解き放たれる。それは、事前に使ってみた際に分かっていたことではあったが、この重力に関してだけは、和徒が触れるモノにも影響を与えることが出来た。
つまり、シオンに触れた途端、彼女を持ち運ぶのに必要な労力はただ引っ張るだけとなったのだった。
手を離すことは出来ない状態ではあったが、それでも重力から解き放たれた2人は文字通り飛ぶように移動し、九重家の別邸を難なく脱出。竹林は助走をつけて一息に飛び越え、そこそこの有限な時間を残す形で旅館へと舞い戻ったのだった。
ストップ!ウォッチの効果の止めかたが分からぬまま、時間経過によって全てがまた動き出すまで、和徒はただのんびりと待った。
シオンは靴だけ脱がせ、部屋に元通りに立たせただけ。
色々と良くない悪魔の囁きに負けず、理性をフルに動員してやり過ごすことに成功した和徒。
シオンが聞けば「意気地無し」と罵りたくなることではあったが、ここは誉めてあげたい。
便利な力を手に入れたからと何でもかんでも好きにすると誰もが狂人になりえる。その第一歩と言って良いことを踏み留まったのだ。立派である。
甘い誘惑に負けず、理性持つ人として行動できた和徒。
これからも彼は人としてあり続け、それと同時に自堕落な生活を掴んでいく。
そんな彼の始まりの話しは、動き出したシオンに「何故手をつけないのか」と問いただされる事で幕を閉じたのだった。
◇◆◇◆◇◆
所変わって時間が動き出した九重家別邸では、突如として2人の姿が消えたように見え、慌てふためいた。
恩人の名前さえ分からず、まだまだ恩を返しきれていないと考えていた重蔵の慌てようはそれはそれは酷かった。
家中。更に周辺までも使用人は深夜にも関わらず見回り、その報告がなされるまで重蔵は部屋の中を落ち着き無くグルグルと歩き回っていた。
結局一睡もせぬままに夜が明け、2人の痕跡すら見つけることも出来ずに時刻はもうすぐ昼を差そうかとしていた頃。
親子である2人は寝室から飛び出てきた。
「「あ、あの人はどこですか!?」」
落ち着きの無い重蔵に慌てた様子の親子は問い掛ける。
「それが、な。報酬として用意できるモノだけをもって消えてしまってな・・・・・・。みつからん」
「そ、そんな!私お礼も言えてないのに!どうして止めてくれなかったの!?」
一部始終を見ていた重蔵でさえ驚きと興奮。何より喜びによって頭が麻痺していた。それは秋葉も一緒ではあったが、花だけは違う。
彼女にとっては突然娘が回復したのだ。
それをもたらした人物は状況から分かっていたが、その他の事は一切分かっていない。
ただ分かったのは『治った』。ただそれだけだ。
それによって花の頭は重蔵と秋葉よりも重度の思考停止に陥り、年甲斐もなく泣いて泣いて、泣き疲れて、まるで幼子のように眠ってしまった。
その事だけでも、まあまあの気恥ずかしさを感じ、気落ちした。それに加えて目覚めてみたら、奇跡をもたらした人物はもう居ないなど、お礼も言えぬままの自分の無礼に意気消沈したのであった。
意気消沈し、自分の不甲斐なさに思わず出た言葉が父である重蔵に対しての文句であった。
「そうは言うがな・・・・本当に忽然と消えやがってな。『一瞬』ってーのはあーゆう事を言うんだって初めて実感したぞ」
「・・・・」
未だどの様にして娘の病を治したのか把握していない花であったが、何か不可思議な力を用いたのは玄関先で見たあの手に宿る火を見ていたから分かる。その不可思議な力を使って父である重蔵の目の前から忽然と消えたのだろうと予想する。
そうすると、重蔵を責めるのは余りに酷いことだろう。
多少は普通の人より優れているだろう重蔵ではあったが、それでもただの人である。そんな人物に超常の力を振るう相手を「どうにかしろ」と言うのは酷なものである。
それ故の沈黙であった。
そうして、話しは昨日の事へと自然と移り変わり、花は漸く詳しい治療の一部始終の様子を知ることが出来た。
の、だが。
立ち会った重蔵も、治療を受けた張本人である秋葉でさえその場の様子を話すことは出来ても、詳細はわかっていない。
何せ一般人である彼彼女たちからすれば、手を秋葉の額に触れさせ、その後緑の光に包まれただけ。その光が何なのかも、何故手を触れさせたのかも。
何故現れたのかも、現れた際に手に灯していた火は本物なのか、どんな原理なのか。
その全てに理由も原理も何もかもがわからない。
唯一今も残り続ける秋葉のその姿だけが、結果として、現実であったと言うことを確認できるだけだった。
「これからどうするの?このまま何事もなくただ、『秋葉が治って良かった』、ただ感謝を思うだけで過ごしていくの?私は嫌よ、父さん。お礼の1つも言えないなんて、報酬として、お礼として渡したものだってまだまだ足りないわ。私の一生を捧げても良いくらい感謝しているのに・・・・!」
花の胸中に渦巻くのは後悔。
あの時、あの場面での感動のシーンである秋葉との抱擁は止められるものでも、避けるものでもなかった。
しかし、それが原因でもある。
恩人に感謝を伝えることが出来なかった。
その後悔は花の心を強く締め付けていた。
「ワシとてその気持ちは一緒だ。感謝も伝えきれておらんし、礼の品だってまだまだ渡したい。だから、調査はする。
しかし、名前もわからん相手を探すのだ。
しかも、忽然と消え失せるような者たちを、だ。
正直、無理だろうとは思っとる」
花も、そして秋葉もそれは分かった。分かっていた。
だけど、人間そんなに簡単には物事を諦めきれるものではない。
その事柄が重要であればあるほど、心に強く思った事ほど、諦めきれず足掻くのだ。
「全力を尽くしましょう」
「勿論だ」
互いに頷く重蔵と花の親子に秋葉も続く。
「わ、私も!何かお手伝いしたいです!・・・・何が出来るか、分かりませんけど―――――――」
人として当たり前に感謝し、その恩返しをどうにかしたいと考られる様に育った秋葉を、親子二代で優しく、そして誇らしく思いながら見つめるのであった。




