【第十七章:汝の剣が阻むものを、我が短剣(ダガー)が屠らん(二)】
拘置所を出たビッグボーイの頭上を、旅客機が轟音を立てて横切っていく。
それより少し前。ビッグボーイの指示で、ハイ州とハイランド州の境界上空を偵察していたドワーフのパイロットが、スロットルを絞っていた。 輸送機が静かに着陸し、エンジンが停止したのを確認して、彼女はコックピットから飛び降りた。
夕日に照らされた自分の影が長く伸び、その横にもう一つの影が現れたことに彼女は気づいた。 反射的に見上げた彼女は、思わず悲鳴を上げた。 「う、うわぁぁっ! な、なんなのこれ!?」
半楕円形の胴体の両側に、耳のようなプロペラを備えた機械が、彼女の頭上に滞空していた。 浮遊装置のスクリーンが彼女に向けられ、絵文字が表示される。 『( ゜д゜)(゜∀゜)』
それが彼女の目の前まで降りてくると、表情が変わった。 『(≧▽≦)』
「こいつは『双頭のトロル』だ。あんたに会えて喜んでるよ」 マッド・ゴブリンが歩み寄ってきた。
「双頭のトロル? え、えぇっ!? あの、あらゆる生物を喰い尽くすっていう、あの種族!?」 ドワーフのパイロットが驚愕して機械を指差す。 彼女の反応に応じるように、機械のスクリーンが再び変わった。 『(¬_¬)( ̄^ ̄)(ー_ー)b』
「でも……トロルって、こんな……どうして……」 混乱する彼女に、ゴブリンは視線を機械に向けたまま答えた。 「話せば長くなる。……まあ、いつか説明してやるよ」
ドワーフのパイロットは顔を引きつらせた。 「……おじいちゃんから聞いたことがあるわ。双頭のトロルは、俺たちの同胞をたくさん食べたって……」
機械は激しく後退し、スクリーンに絶望の絵文字を浮かべた。 『(°д°lll)( >д<)(;´Д⊂)』
「おい! 注文通り、『身体』を届けてやったぞ!」
重厚なエンジン音と共に、太り気味の人間の軍官――バイ指揮官が工場に入ってきた。その後ろからは、重い軍用トラックがゆっくりと滑り込んでくる。
「よう、バイ指揮官。随分と出世したみたいだな? 腹が出てきてるぜ」 ゴブリンの挨拶に、指揮官は力なく手を振った。 「よせよ。国防レベルまで行くと動く暇がないんだ。体型なんてガタガタだ……」
トラックが止まると、彼は運転手と共に荷台の帆布を剥ぎ取った。そこには、頭部のない巨大な機甲――『躯体』が静かに横たわっていた。
「いいか、苦労して返還の手続きをしたんだ。騒ぎだけは起こすなよ。俺の立場がなくなる……」
荷台に飛び乗ったゴブリンは、入念に躯体をチェックしながら答えた。 「安心しな。俺たちが暴れるつもりなら、連中をさっさと神様のところに送ってるさ。封印なんてさせるかよ」
躯体の精緻な造りに好奇心を刺激されたドワーフのパイロットも、荷台に飛び乗った。 「……老いも若きも相変わらず、近寄り難いほどイカれてるな」 指揮官は腰に手を当て、彼女を見つめた。 「……そこの小娘。あんたも有名人だな。俺でも知ってる。彼らに拾われなきゃ、今頃は監獄で一生を終えてたぞ」
「……え、へへ。そうかも?」
「よし、問題なし! 吊り上げろ!」 点検を終えたゴブリンが鮮やかに飛び降り、ドワーフのパイロットに意味深に告げた。 「よく見ておけよ。これは各族の頂点に立つ技術が融合した、究極の結晶だ」
浮遊していた機械が、頭上で激しく左右に揺れる。 『(・д・)!! (☆∀☆) (´∀`)』
「分かった、急かすな。体はあんたのもんだ。吊り上げ終わったら、自分の中に戻れるからな」 ゴブリンが機械を宥める中、クレーンが躯体をゆっくりと垂直に立て直した。
吊り下げワイヤーが解かれると、機械は待ちきれず躯体へと飛び込んだ。 『(・∀・)』
肩口のレシーバーに接続装置が重なり、機械はプロペラを収納してゆっくりと沈み込む。神経針が挿入されると、頭部を得た『機甲トロル』は、遅延のない滑らかな動作で四肢を動かし始めた。
呆然としていたドワーフのパイロットが、ようやく我に返って叫んだ。 「す、すごすぎる……! なにこれ、カッコよすぎでしょ!!」 「……ねえ、どうやって造ったの!? 矮人の技術を超えてるじゃない!」
興奮した彼女が機甲トロルの周りを跳ね回り、ゴブリンに質問を浴びせかける。機甲トロルは彼女の動きに合わせて、上半身をスムーズに360度回転させた。 『(○д○)(〃▽〃)(´▽`)』
次の瞬間、機甲トロルの右手が、周囲を飛び回っていたドワーフのパイロットをひょいと掴み上げた。あまりの出来事に彼女と指揮官は息を呑んだが、機甲トロルは優しく彼女を自分の左肩に乗せた。
「最高……! 最高だよ!!」 彼女は機甲の頭部にしがみつき、夢中で頬を寄せた。
冷や汗を拭ったバイ指揮官が、ゴブリンに向き直った。 「……ところで、あんたたちの頭、ビッグボーイはどうした? 姿が見えないが」
ゴブリンは一度工場内を見つめ、答えた。 「……悪いことは言わん、今は彼に会わない方がいい。一生のトラウマになるような『奴』を見ることになるぞ」
夕闇が橙色の空を塗り潰し、周囲の明かりが点る。 指揮官を見送ったゴブリンが、仲間に告げた。 「……行くぞ。ビッグボーイが待っている。中へ入れ」
ガランとした工場内。補修された天井からの水晶灯が、内部を照らし出している。 長テーブルで既に待機していたハイエナ、恋銃癖、そしてビッグボーイが、入ってきた三人に視線を向けた。
「お帰り、大男!」 ハイエナが陽気に声をかけると、機甲トロルが手を挙げた。 『【イヌ】【エルフ】【少年】(*´∀`)』
ビッグボーイは機甲トロルを見て微かに微笑んだが、すぐに表情を引き締め、全員が席に着くのを待った。
ドワーフのパイロットがポーチから水晶を取り出し、投影機に差し込む。上空から撮影された別荘のホログラムが展開された。
「……連中は俺たちに素晴らしい『驚き(サプライズ)』をくれた。モールの件で、俺たちの存在にも気づいているはずだ。――一人も、生かしてはおけない」 「……今度は、俺たちが『感銘』を受けるほどの贈り物を届けに行こうじゃないか。たっぷりと『お返し』をするために」
彼はゴブリンを見据え、低い声で尋ねた。 「……掃除に加われるか?」
ゴブリンは首を傾げ、不気味に笑った。 「……もし監視カメラが動いているなら、それを放置してベンチを温めるつもりはないよ」
「……よし。なら、監視室に辿り着くまでの道中、ついでに室内の奴らを掃除するのは問題ないな?」 「もちろん」
ビッグボーイはゴブリン、ハイエナ、恋銃癖の三人を順に見渡した。 「……三人は静黙で脅威を排除しろ。片付いたら合図を。俺と機甲トロルで『狂乱』に加わる」
彼は投影画面を指差し、別荘外縁の高地を見つめてパイロットに尋ねた。 「……俺の家の天井をぶち抜いたあんたの腕なら、ここに着陸できるか?」
「……えへへ。植物が太すぎなければ、輸送機の構造上問題ないはずだよ」
「……決まりだ。座標に到着後、停泊ポイントを探せ。装備を整えろ。深夜に出発する」
星々が煌めく夜空。輸送機は樹冠をかすめるように低空で飛行し、指定座標に接近した。ドワーフのパイロットが操縦桿を操作し、ホバリングを開始する。 ハッチが開くと、ハイエナ、恋銃癖、そして重機アームを備えたバックパックを背負ったゴブリンが、ロープを伝って降下していった。
投下を終えた輸送機は、緩やかに位置を変え、適した着陸地点へと滑り込む。 機体が接地し、機甲トロルと、古びた軍用コートを羽織ったビッグボーイが機外へ出た。
三人は別荘を望む高台へと移動した。ビッグボーイが双眼鏡を構える。二手に分かれたハイエナと恋銃癖が、外周の見張りを一人、また一人と無力化し、着実に内部へと侵食していくのが見えた。
外周の警戒が完全に排除されたのを確認し、彼は双眼鏡を下ろした。 「……行くぞ。頼むぞ、機甲トロル」
機甲トロルの右腕が重機構造を変形させ、太い銃口へと姿を変えた。スクリーンには絵文字が表示される。 『(≧∇≦)b』
不意に響いた鈍い衝撃音に、「エルフ・アバヴ」の首領は目を覚ました。 彼は跳ね起き、静まり返った部屋を見渡した。言いようのない違和感が這い上がってくる。 ベッドから這い出し、寝室を出る。廊下には、巡回しているはずの見張りの姿が影も形もなかった。
水晶灯は明るく灯っているが、自分の心音さえ耳に障るほどの静寂。彼は不審に思い、見知った見張りの名を呼んでみたが、返事はない。
彼が曲がり角に差し掛かったその瞬間――氷のような冷たい蹴りが、容赦なく彼の腹部を捉えた。彼は悶絶し、無様に尻餅をついた。
狼狽して顔を上げた首領の目に、眩い光の下に立つ人間の姿が映った。エルフの幹部が以前報告していた、あの私立傭兵だ。
ビッグボーイの両脇には、ハイエナ、不気味に笑うゴブリン、ハイ精霊、そして天井を突くほどの機甲トロルとその肩に乗るドワーフが、殺意の籠もった瞳で彼を見下ろしていた。
「み、見張り! 見張りはどこだッ!!」
ハイエナがわざとらしく指を口に当て、おどけて言った。 「しーっ! しーっ……。もう呼んでも無駄だよ。良い子たちは、永遠に眠りについたからさぁ」
首領が反射的に右手を突き出し、氷の魔法を練り上げようとした瞬間――乾いた銃声が響き渡った。続いて、悲痛な絶叫が別荘中に反響する。
「ま、待て! 金か? 金なら出す! 三倍……いや、いくらでも払おう! 我々に加われ! あのエルフの議長を助けても無駄だぞ!」 血塗れになった右手を押さえ、首領は必死に命乞いをした。
ビッグボーイは銃を構えたまま、左脚で首領の股ぐら前の床を激しく踏みつけた。タイルの砕ける鋭い音が響く。 彼は冷徹な眼差しで、獲物を喰らう野獣のように首領を見つめて言った。
「……俺たちは、金で動いたことなんて一度もない。……ただ、これだけは覚えておけ」
ビッグボーイは銃口を首領の眉間に押し当て、冷たく言い放った。
「……ナウ……フーズ・ユア・ダディ……(Now... who's your daddy...)」
深夜の別荘に、二度目の銃声が響いた。 そして、すべては静寂へと帰した。




