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【第十五章:我ら 】

【ニュース・フラッシュ|ショッピングモール大規模テロ】


  『――昨日夕刻、有名ショッピングモールにて発生したテロ事件。数名の死傷者が出ており、現在当局が……』


 昨夜から今朝にかけて、巨大な総合病院の喧騒が止むことはなかった。警官、遺族、患者、そして医療従事者が絶え間なく行き交う。


 ロビーの投影装置が昨日の惨劇を繰り返し流し、人々の話し声が複雑に混ざり合う。その中に、病衣びょういを纏い、周囲に溶け込むように車椅子を走らせるビッグボーイの姿があった。彼は病棟へと向かい、被害者の慰問に追われるエルフ議長を見つけ出した。


 議長が病室から出てきた隙を見計らい、彼はゆっくりと車椅子を近づけた。 「……状況はどうだ?」


 ビッグボーイに気づいたエルフ議長は、阿吽の呼吸でその場にしゃがみ込んだ。車椅子の青年を慰問するふりをしながら、低い声で答える。 「負傷者は多いわ。正直、保守派が私を狙ってくることは覚悟していたけれど……。まさか、あんな極端な手段に出るとはね。……とはいえ、貴方たちの影ながらの協力には感謝しているわ」


「捕まった連中は? 何か吐いたか」 ビッグボーイはぎこちない笑みを作り、前方の病室を指差した。


 意圖を察した議長は、ビッグボーイを無人の病室へと押し入れた。二人きりになると、議長が答える。 「……まったく非協力的よ。エルフによる尋問官を用意しても、彼らは自分たちの理念を逆宣伝するばかりだわ」


 大男は頷き、手に入れた情報を報告した。 「昨日、恋銃癖ガンマニアが相手の武器を掠め取った。見たこともない型番だ。どこからの調達かまでは断定できないが……帝国の可能性が高い。ただ、実質的な証拠はないがね」


「既存の法規で魔法による傷害は制限できても、武器そのものの規制は難しいのが現状ね……」 エルフ議長は力なく溜息をつき、疲れた様子でベッドの端に腰を下ろした。


 ふと、議長はビッグボーイの失踪を思い出し、眉を寄せて尋ねた。 「……ところで。貴方も説明しなさい。この数日間、どこへ消えていたの? 娘がすっかり気落ちしていたわよ」


 それを聞き、ビッグボーイは何も言わずに両足に掛けていたブランケットを跳ね除けた。露わになったのは、切断された脚の末端に設置された無機質な「金屬盤メタル・ベース」だった。


 見慣れた義肢用コネクタを前に、議長は一瞬言葉を失い、信じられないといった表情を浮かべた。 「……どうして急に心変わりしたのかは知らないけれど。せめて、私たちに一言あっても良かったんじゃないかしら」


 その言葉に、ビッグボーイは昨日のモールで令嬢に罵倒された光景を思い出した。彼は難題にぶつかったような微妙な表情で答える。 「……分かっている。彼女には、俺が直接説明しに行く」


 議長は長く息を吐き出すと、二つ目の疑問を口にした。 「……それから、オークの随扈ずいこの義手についてだけど。何か問題でも見つかったの? 彼は、義手の調子が悪いからマッド・ゴブリンのところで検修を受けると言っていたけれど」


「ああ。現在、調整とメンテナンスの真っ最中だ。終われば俺から届けるように伝えておく」 ビッグボーイはオークの嘘に合わせ、さりげなく言葉を繋いだ。そして釘を刺す。 「……議長、ここ数日は警戒を怠るな。奴らがこれで終わるとは思えない」


「ええ、分かっているわ」 議長は立ち上がり、背伸びをして柔和な表情に戻ると、病室を後にしようとした。ビッグボーイはその背中を見送りながら、少しだけ思案し、それから自分も車椅子を動かした。


 病院の玄関を出ると、一台のトラックが待機していた。マッド・ゴブリンが車を降り、ビッグボーイを改造された荷台へと押し込む。 運転席に戻ったゴブリンが、バックミラー越しに尋ねた。 「……で? アジトに戻るのか、それとも?」


「ハイ連合学府ハイ・ユニオン・アカデミーへ向かってくれ」 ビッグボーイは車椅子を固定装置にロックし、投影画面に意識を集中させた。


 ふと、前方からの視線を感じて顔を上げる。運転席のゴブリンと、助手席の恋銃癖が自分を凝視していた。 「……何か問題か?」 「いやぁ……あんた、教職にでも転職するつもりか?」 恋銃癖が皮肉っぽく言った。


 ビッグボーイが事の経緯を説明し、「だから、謝りに行かなきゃならないんだ」と締めくくると、恋銃癖は呆れたように息を呑んだ。 「……知らなかったな。俺たちのチームに、そんな『まともな感覚』が残っていたなんて」


「あんたのどこがまともなんだよ」 ハンドルを握るゴブリンがツッコミを入れる。 恋銃癖は眉を寄せ、心外そうに聞き返した。 「……え? 私、まともじゃないかな?」


 ゴブリンと大男の声が重なった。 「「一度たりともな……」」


「それから……軍に封印されたあの『素体そたい』についてだが、議長と交渉するつもりだ。あんたからヤツ(オーク)に伝えておけ。きっと喜ぶだろうからな」 その言葉に、ゴブリンの目が嫌悪感に満ちた。 「……当時、連中が強制的に没収していったあの身体か。本当に返すとでも?」


 大男は唇を尖らせ、しばらく考え込んだ。 「現状、これだけの騒動が起きたんだ。返さざるを得ない状況に追い込むさ。議長とはその利害関係をじっくり話し合う」


 ゴブリンは冷ややかな笑みを浮かべ、陰鬱な声で愚痴をこぼした。 「そう願いたいもんだ。このチームはもともとオヤジさんが築き上げたものだ。軍に口出しされる筋合いはねえ」


「仕方ないさ、表向きの平和は維持しなきゃならない。だが、不穏な影が見えている以上、備えは必要だ」


 トラックが学府の向かい側に到着した。下校時刻が近づく校門前には、一台の黒いセダンと、簡易型の機械義手を装着したオークの随扈が待っていた。


 車椅子を下ろしたビッグボーイが、荷台を振り返って微笑む。 「……ありがとな。あんたたちは先に帰っててくれ」


 彼に気づいたオークの随扈が、小走りで駆け寄ってきた。 「……君、大丈夫か?」 唐突な気遣いにビッグボーイは虚を突かれたが、自分がまだ病衣を着ていることに気づき、気まずそうに頬を掻いた。 「……ああ。議長に会うために、少し格好を借りていただけだ」


 トラックが走り去るのを見送り、大男は唇を噛んで切り出した。 「……彼女を、車の中で待たせてもらってもいいか?」


 オークは一瞬驚いたが、すぐに諦めたように口角を上げ、鼻から息を吐いた。 「……構わないよ。ただ、お嬢様は……あの時かなり混乱されていた。どうか大目に見てやってくれ」


 オークに車椅子を押されて道路を渡りながら、ビッグボーイは言った。 「……議長には、あんたの義手の件、上手く伝えておいたよ」 昨夜の苦しい言い訳を思い出し、オークは慌てて礼を言った。 「……あ、ああ、助かる。済まないな、余計な手間を……」


 ビッグボーイはオークの手助けで後部座席に乗り込んだ。ドアを閉めたオークは、そのまま車の傍らで令嬢の下校を待った。


 やがて学府のチャイムが響き、喧騒が辺りを包み込む。学生たちが次々と校門から出てきた。 人混みの中に、覇気のない瞳をした令嬢の姿があった。彼女は人流に流されるまま校門を抜け、オークが助手席のドアを開けると、力なく腰を下ろした。


 オークが運転席に乗り込む。令嬢の視線が無意識にバックミラーへ向かい、後部座席に座る大男の姿を捉えた。 彼女は絶句し、続いて彼が病衣を着ていることに気づくと、勢いよく振り返って叫んだ。 「……貴方ッ!」


 しかし、昨日の自分の取り乱しぶりを思い出し、喉まで出かかった言葉を飲み込むと、気まずそうに前を向き直して沈黙した。 令嬢の言い淀む様子を見つめ、ビッグボーイは意を決して口を開いた。 「……済まなかった。余裕がなくて、何も言わずに消えちまって……心配をかけた」


 令嬢はフロントガラスを見つめたまま、しばらく沈黙していた。やがて、ぽつりと答える。 「……私の方こそ、どうかしてたわ。……貴方、大丈夫なの?」 「ああ、大丈夫だ。これはただの『仕事用』の道具だよ」


 車内に短い沈黙が流れる。それを破ったのは令嬢だった。 「……どこかへ行くなら、一言くらい言ってよ」 「……喜んで会いに行ったのに、何日もいなくなって……」 彼女の声が次第に小さくなっていく。ビッグボーイは叱られた子供のようにうなだれ、謝罪を繰り返した。 「……済まない。俺のミスだ。不安にさせて悪かった」


「……昨日のことだけど。貴方、『俺たちのチームとはやり合いたくないはずだ』って言ったわよね?」 不意の問いかけに、大男は記憶を辿った。「……ああ、言ったな。ずいぶん前だが」 「……じゃあ、あの工場のゴブリンや、誘拐の時の……」


「……俺のチームの仲間だ」 ビッグボーイはバックミラー越しに令嬢を見つめ、それから視線を落とした。 「……まだ、俺を家に入れてくれるか? 家に着いたら、ちゃんと説明するよ」 「……ええ」


 令嬢の頷きを確認すると、ビッグボーイは通信機を取り出し、仲間に屋敷への集合をかけ始めた。


 


 屋敷に到着し、オーク、令嬢、そしてビッグボーイがホールで待っていると、チャイムが鳴った。 マッド・ゴブリン、ドワーフのパイロット、マッド・ハイエナ、そして最後に眼帯をした恋銃癖ガンマニアが現れた。静かなホールは瞬く間に奇妙な集団で埋め尽くされる。


 ソファに座る令嬢は、心の準備はしていたものの、目の前に現れた「マッド・スペシャルフォース(瘋狂特戰隊)」の面々に、圧倒されて呆然としていた。


「わあ……こんな高級住宅、入ったことないわ……」 ドワーフのパイロットは目を丸くし、落ち着きなく周囲を見渡している。 「えへへ、こんにちは。私も入ったばかりなんだけど、貴女も新入り?」 彼女はフレンドリーに令嬢の前に歩み寄った。だが、じっと彼女の顔を見ると、不思議そうに目を細めた。 「……ねぇ。貴女、なんだかエルフ議長にそっくりね……」


「このド阿呆! この方がその議長の娘さんだよッ!!」 マッド・ゴブリンが叫びながら、自分の額に平手打ちを食らわせた。


「ええっ!?」 それを聞いたパイロットは瞬時に顔を青ざめさせ、冷汗を流しながら、令嬢に向かって勢いよく頭を下げた。 「……ごめんなさい、ごめんなさい! お目が高いというか、不調法をお許しくださいっ!!」


 ようやく我に返った令嬢は、気まずそうに手を振り、乾いた笑いを漏らした。 「……いいわよ、別に。謝らないで」


 令嬢の視線が、ソファの後ろに隠れようとしている「あの男」に向かう。彼女は死んだような魚の目を向けて言い放った。 「……コソコソ隠れるのはやめなさい、この変態。眼帯なんかしたって、バレバレよ……」


 ビッグボーイがゴブリンの耳元で何かを命じると、ゴブリンは頷いてトラックから機械仕掛けの両脚――「義足」を運んできた。 義足を受け取ったビッグボーイはそれを装着すると、車椅子からゆっくりと立ち上がった。令嬢を真っ直ぐに見つめ、語りかける。


「……今の俺たちが、君の目にどう映っているかは分からない。だが、見ての通り。これが俺のチームだ。そして……見ての通りの変人揃いだ」 「……君が、俺たちのような危険な連中から離れるという選択をするなら、俺はそれを受け入れる――」


 彼が言い終える前に、ゴブリンが義足を軽く叩いて白目を剥いた。 「……おいおい、ボス。あんたのプロセッサはもっと人間味を学習できないのか? 誰がそんな言い方で紹介するんだよ……」 ゴブリンは後頭部を掻きながら、令嬢に向かって言った。 「……えー。うちのボスの『システム脳』による失言を、俺からも謝らせてくれ」


「ひゅぅ、緑の猿くん。あんたのその言い草も似たようなもんだぜ」 マッド・ハイエナがゴブリンを押し退け、誇らしげに胸を張った。 「俺を見ろ! 我らこそは西大陸連合議会のエルフ議長から世界平和の維持を託された……」 「黙れクソ犬! 誰がいつそんなこと言ったんだよッ!!」


 ゴブリンがハイエナを突き飛ばし、二人はその場で取っ組み合いの喧嘩を始めた。傍らのオークが慌てて二人を引き剥がそうとする。ビッグボーイはその気まずい光景を眺めながら、令嬢に視線を送った。


 令嬢はビッグボーイと目を合わせ、それからオークに引き離される二人を見つめた。彼女の顔から戸惑いが消え、やがてそれは、微かな、しかし確かな微笑みへと変わっていった。その瞳の奥には、どこか羨望のような光が宿っていた。


 その時。激しいチャイムの音が全員の動きを止めた。 オークが玄関へ向かい、扉を開けた瞬間。そこには息を切らしたハイエナ議長が立っていた。 「……エルフ議長は戻っているかしら!?」

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