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【第十四章:小さき者(二)】

 直後、一人のテロリストが店内に足を踏み入れた。彼は本来いるはずの見張りがいないことに眉をひそめる。

 令嬢のすぐ後ろに潜んでいた恋銃癖は、背後に隠した手のひらに特注の注魔銃を握り、距離を計っていた。その時、彼は令嬢の方向から漂う鋭い冷気を感じ取った。


「ほう……」

 恋銃癖はニヤリと片眉を上げると、床に転がっていたメジャーを音もなく拾い上げた。

 テロリストが安全扉の方へ向かい、令嬢の真横を通り過ぎた瞬間。

 彼女は電光石火の速さで氷の魔力を叩きつけ、テロリストの口を瞬時に凍りつかせた。不意打ちを受けたテロリストは狼狽し、本能的に塞がれた口を掻きむしる。


 同時に、恋銃癖がメジャーを床に滑らせ、解放されていた人質Bの手元に届ける。状況を察した人質Bはテロリストの背後に飛びつき、メジャーをその喉に巻き付けた。

 他の人質たちも一斉に飛び出し、数秒のうちにテロリストを昏倒させた。


 一同が安堵の息を漏らす中、恋銃癖は令嬢の脚が小刻みに震えているのを見逃さなかった。彼は無言で頷き、肯定の意を示す。

 令嬢は床に落ちたテロリストの銃を一瞬見つめたが、躊躇いを捨て、再び店の外の様子を窺った。


(……どうやって広場まで行く? 私一人じゃ無理よ……)

 脳裏には、オークの隨扈が連行されていく最後の姿が焼き付いている。

(……随扈は『必ず方法がある』って言ってた。まずは広場の状況を把握しなきゃ……)


「おい、お嬢ちゃん。またあんなところに立って。外は危険だ」

 人質Aが声を潛めて呼ぶが、令嬢は毅然として答えた。

「……私の知り合いが広場にいる。行かなきゃいけないの」

 彼女は姿勢を低くし、広場へと潜行を始めた。


「正気かよ……」人質Aは慌てて彼女を追った。「おい! ああ、世界樹セフィロトよ……」


「……あの子を一人で行かせるわけにはいかないだろう? 私の友人も広場にいるんだ」

 群衆の中から上がったその声に、一同は沈黙した。声の主である恋銃癖は、既に非常階段へと姿を消していた。


「……そうだ、俺のダチもあそこにいる……」

 ざわめきが伝播していく。人質だった者たちは周囲にあるものを武器として手に取り、学んできた魔法を練り始めた。


 広場の柱の影。令嬢はテロリストの動向を窺っていた。不意に、背後から肩を叩かれ、彼女は本能的に振り返った。

 人質Aが即座に彼女の口を封じ、静かにするように合図を送る。彼の後ろには、覚悟を決めたエルフたちの群れが控えていた。


「君は人質を解く手伝いをしてくれ。残りは俺たちがやる。いいな?」

 人質Aは令嬢にハサミを返した。

 令嬢は茫然と頷く。人質Aは深く息を吸い込むと、テロリストの目につく場所へと躍り出た。

「おい! この狂信者ども! いつまでこんなことを続ける気だ!」

「かかってこい! エルフ・アバヴなんだろ? 同胞を撃ってみせろ! 貴様らの暴挙を世界に見せつけてやれ!」


 彼が囮となって叫ぶと同時に、氷の魔法でテロリストの口を封じた。潜んでいたエルフたちが一斉になだれ込む。

 混乱に乗じて異族の人質たちが集められた場所へ潜り込んだ令嬢は、真っ先にオークの随扈を見つけ出した。彼女は震える手でハサミを動かし、彼を縛る結束バンドを切り裂く。


「お、お嬢様!?」

 夢にも思わぬ救出者の姿に、オークは驚愕の声を上げた。

 左手の自由を取り戻した彼は、令嬢からハサミを奪い取ると、鋭く命じた。

「お嬢様、早くここを離れてください! あとは私がやります!」

「でも……!」

「あなたは既に、想像を絶する勇気を見せました。ここは危険すぎます。これ以上、あなたを危険に晒すわけにはいかない。早く!」


 令嬢は頷き、来た道を駆け出した。オークは即座に他の人質たちの救出に取りかかる。

 広場の動亂は激しさを増し、解放された異族たちも加勢を始めた。オークは混乱の中で令嬢の後を追うように退却する。


 令嬢が三階の安全扉を開けたその時。

 前方に、他とは一線を画す威圧感を放つエルフが立ちはだかった。獲物を狙う野獣のような目で、男は冷笑する。

「……まさか、前回の屈辱を晴らす機会が向こうからやってくるとはな。あの三人の愚か者に敗れた借りを、お前で返させてもらおうか」


 令嬢はオークのもとへ引き返そうとしたが、突如として足首に氷の刺青のような激痛が走った。自由を奪われた彼女は無様に転倒する。足首は既に氷晶に覆われていた。


 令嬢は反射的に右手に火球を練り上げ、上半身を捻って幹部のエルフへと放った。だが、姿勢の悪さが災いし、火球は目標を大きく外れて飛んでいった。

 幹部が鼻で笑い、令嬢へと歩み寄ろうとした、その時。


 背後からタイルを叩く不規則な金属音が響いた。

 幹部が振り返った瞬間、飛び込んできた人影に押し倒された。


 臨時の義足を装着したビッグボーイが、幹部を組み敷き、渾身の力で拳を振るう。だが、不可視の衝撃波がビッグボーイを弾き飛ばした。

 広場の喧騒はさらに激しくなり、モールの外では警察の突入が始まったようだ。


 ビッグボーイがよろめきながら立ち上がると、幹部は火球を練り上げながら嘲笑した。

「……モンキーが――」


 だが、幹部が放とうとした瞬間、駆けつけたオークの隨扈がその後頭部を猛然と殴りつけた。

 慣性で転がった幹部は、忌々しげにオークを睨みつける。そこへ、通路の奥からマッド・ゴブリンとマッド・ハイエナが姿を現した。


「チッ……」

 分が悪いと悟った幹部は、両手に火と氷の魔法を凝縮させ、それを激しく衝突させた。爆発的な蒸気が辺りを包み込む。霧が晴れた時、そこに幹部の姿はなかった。


 令嬢が火の魔法で足首の氷を溶かすと、オークが彼女を優しく抱き起こした。

 一方、ビッグボーイもゴブリンに肩を貸されて立ち上がった。彼は二人の無事を確認すると、ハイエナに残党の追跡を命じた。


 令嬢が大男の顔を見上げた瞬間、溜まりに溜まった感情が爆發した。

「この、バカ野郎ッ! どこに行ってたのよ!? なんで何も言わないでいなくなったのよ!」

「……バカ! 私を置いて……一人で! 誰も助けてくれないのに……!」

 怒声は、次第に嗚咽へと変わっていった。


 ビッグボーイは一瞬、呆然と立ち尽くした。彼はゴブリンを押し退け、不器用な足取りで令嬢の前まで歩み寄り、慰めようとした。

「……済まなかった。もう大丈夫だ。君はよくやった……」

「そんなふうに誤魔化さないでよ!」


 令嬢は大男の胸を激しく突き飛ばした。重心の不安定な大男は、数歩よろめいた後、尻餅をついて転倒した。

 ビッグボーイは狼狽しながらも再び立ち上がり、改めて彼女に謝罪した。

「……連絡もせず、悪かった。俺のこの脚じゃ、思うように動けなくてな」


 令嬢は彼の胸に何度も拳を叩きつけた。

「誰がそんなこと頼んだっていうのよ!」

「大バカ野郎ッ!」

 彼女はポケットから皺くちゃになったチケットを彼の胸に叩きつけると、涙を拭い、オークと共に非常階段へと去っていった。


 マッド・ゴブリンが気まずそうにビッグボーイの側に寄り、茶化すように言った。

「ひゅ~……えらいことになっちまったな。どうするよ? これまでの規約ルールをぶち壊すつもりか?」

 大男は答えず、ただ目を伏せて、地面に落ちたチケットを見つめ、重苦しい溜息を吐き出した。


「おい、笑えよ。そんな顔するな。あの子はあんたを特別な場所に置いたんだ。家族が一人、増えたじゃねえか」

 ゴブリンが肘でビッグボーイの義足を小突く。

 大男は呆然と立ち尽くし、懊悩するように呟いた。

「……俺が、しくじった。彼女たちに一言伝えておくのを……忘れていたなんて」


「……マジかよ?」

 ゴブリンは呆れたように目を細め、盛大に白目を剥いた。

「あんたの処理器プロセッサは特級品のはずだろ。最優先の命令文コマンドをスキップするなんて、俺でもフォローしきれねえよ……」

「……帰るぞ」

 ビッグボーイは気まずそうに乾いた笑いを漏らすと、不器用に屈み込み、チケットを拾い上げた。

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