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【第九章番外(二):似た者同士(にたものどうし)】

【番外編について】


本シリーズは各キャラクターの日常生活を題材に、世界観の詳細や技術設定を補完することを目的としています。内容は本編から独立しており、未読でも本編の理解に支障はありません。お好みに合わせてお楽しみください。

 トラックが独り立ちの住宅の前に止まると、二つの重いドアが閉まる音が響いた。


 マッド・ゴブリンは鍵を手に取り、玄関の前で立ち止まった。彼は後ろをついてくるドワーフのパイロットを振り返り、釘を刺す。

「おい、新入り。明日起きたら、屋根にデカい穴が開いてるなんてオチじゃないだろうな?」


 まだ文句を言っているのかと、ドワーフは腕を組み、不満げに唇を尖らせてそっぽを向いた。

「なによ、私を何だと思ってるのよ……修理代は払うって言ったじゃない……」


「へっ、ドワーフってのは『爆発』を嗜好品にしてる連中だからな。心配するのは当然だろ」


 ゴブリンは疑わしげな視線で彼女をまじまじと観察した。彼の記憶によれば、ドワーフという種族は重工業や精密工芸において類まれなる才を持つ一方、「爆破当量学ばくはとうりょうがく」に対する異常な崇拝を抱いている。かつて歴史の表舞台で、あらゆる異族を震え上がらせてきた連中だ。特にゴブリンとドワーフの勢力圏が重なっていた時代、彼らは最も厄介な隣人だった。


 ドワーフは鼻を鳴らして言い返した。

「何よ、それ。いつの話をしてるのよ。まだ『混乱紀年カオス・エラ』の恨みを引きずってるわけ?」


 マッド・ゴブリンは盛大に白目を剥いた。

「工場はあんたに恨みなんてなかったはずだが、天窓をブチ抜かれたからな。この家は唯一の寝床なんだ。あんたに爆破されたら、俺はどこに住めばいいんだよ?」


 ドワーフは顔を強張らせ、不服そうに反論する。

「ちょっと、私もここに住むことになったんでしょ。家が吹っ飛んだら、私の住む場所もなくなるじゃない!」


「おやおや。泥棒ネズミでも見抜けるような嘘しか吐けないバカだと思ってたが、一応は理屈が通じるらしいな」

 ゴブリンは薄ら笑いを浮かべて玄関の扉を開けると、靴を脱ぎ捨てて中へと入っていった。


 続いて入ったドワーフは、肩を落として力なくこぼす。

「なによそれ……あんた、完全にドワーフ差別じゃない」


 ドワーフがそのまま土足で上がり込もうとした瞬間、ゴブリンが目の前に立ちはだかった。

「靴を脱げ。礼儀マナーだぞ」


 偏屈な性格と妙なこだわりを押し付けられ、ドワーフは不満げにブーツを脱ぎながら小声で毒づいた。

「ゴブリンの中でも、あんたが一番変よ……」


 その呟きを耳にしたゴブリンは、振り返りもせず手を振った。

「最高の褒め言葉だな。かつては『元素を汚す異端』とか『部族から失せろ』とか言われたもんだが、それよりずっとマシだ」


 ドワーフの口角が引きつった。

「……それ、褒め言葉なの?」


 家に入ったドワーフの視線は、整然と並べられた様々な器具に奪われた。彼女はゴブリンの後を追い、二階へと上がる。


 狭い廊下を進む途中、サイドボードの上に無造作に置かれた、びっしりと文字が書き込まれた黄ばんだ紙の束が彼女の目を引いた。好奇心に駆られ、彼女はその手稿の内容を覗き込む。


【学術的結論】


 我らゴブリンは古来より、四大元素のエレメンタル・スピリットを崇拝し、信じてきた。それらは部族の繁栄、存続、そして拡張をもたらす源であった。


獰笑どうしょうゴブリン」のシャーマンである我らは、微笑の儀式によって元素の霊に応え、南方の「図騰トーテムゴブリン」は仮面の儀式を捧げる。また、海洋の彼方の「崇火すうかゴブリン」や「緑林りょくりんゴブリン」は、それぞれ櫓の篝火や敵の血を捧げることで元素に応えてきた。


 手法は違えど、その根底にあるのは共通の信仰「元素」である。言い換えれば、元素を信仰するゴブリンであれば、無から生じる元素の霊と交信できるということだ。


 これは我らと元素の霊が「共生関係」にあることを示している。我らが元素を信じることで元素の霊が誕生し、その霊が我らの求める恩恵を提供する。これは一つの循環であり、原始的な共生の調和である。


 しかし、時代の変遷と部族の繁栄に伴い、この共生関係は異族との戦争の中で次第に歪められていった。我らは一方的に、元素の霊を「消耗品」へと変貌させてしまったのだ。それらは消滅し、また誕生し、それを延々と繰り返す。


 ゴブリンの未来に何がある? このまま消耗し続けるのか? もしも元素の霊が応えなくなったら? 決してあり得ない話ではない。私は、これが破滅への道であると確信した。


「共生」という理解から「消耗」という曲解へと転じた我らの思考は、進化した信仰という檻に閉じ込められている。元素は雷、水、火、土に固定されており、無限に消費可能であると無邪気に信じ込んでいるのだ。


 だが、真実の元素の霊は無限ではない。それどころか、我らの信仰が定義したものだけがすべてではないのだ。


 ――考えたことはあるか? 雷元素と土元素、そして水元素を「結合」させたらどうなるかを。


 私がこの手で実験を試みたところ、それらは「結晶」を育んだ。

 土、火、水が結合すれば、「金属」が生まれる。

 これらこそが、我らの文明に欠かせない真の元素である。


 実験を重ねた結果、土から木が生まれ、木が火に出会うことで「炭」が生まれた。

 その炭をさらに水、火、土と結合させ、最後に「炭と雷」を結合させた時、私はさらなる高出力の電力貯蔵ストレージを発見した。それは雷元素そのものを増幅させる力を持っていた……。


 手稿に目を奪われていたドワーフのパイロットは、感嘆の声を漏らした。

「すご……。この学術論文、とっくに書籍化されてるレベルじゃない。まだこんな古い手稿を残してたの?」


 マッド・ゴブリンは心底嫌そうな顔で問い返した。

「あんたのそのデカい目は飾りか? よく見ろ。それが複写に見えるか?」


「え? ……ええっ!? ちょっと待って!」

 ドワーフは首を傾げてから紙を凝視し、やがて驚愕へと変わった。彼女は声を荒らげる。

「これ、オリジナル(正本)!? 凄い価値があるわよ! あんた、こんなにお金持ちだったなんて……」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ゴブリンは「パシッ」と自らの額を叩いた。彼は力なく尋ねる。

「新入り……。あんたなら、基礎教養レベルの手稿に大金を払って買うか?」


 ドワーフは顎に指を当ててしばらく考え、答えた。

「……無理ね。この価値があれば、『シュシュ』を買い戻せるもの」


「だろうな!」ゴブリンは白目を剥いて応じた。


 ドワーフはゴブリンの態度と今の会話を繋ぎ合わせ、不意に真実に辿り着いた。彼女は目を見開き、彼を指差して叫んだ。

「えっ、あ――あああッ!!」


 反応の遅い彼女に呆れ果て、ゴブリンは吐き捨てるように言った。

「そうだよ。その小さな脳みそがようやく回転したか。この手稿の主は、俺だ」


「私のおじいちゃん、あんたのこと死ぬほど恨んでたわよ!」


 ゴブリンは上半身を仰け反らせ、怪訝そうに聞き返す。

「はあぁ!?」


 ドワーフは両手を広げ、肩をすくめて言った。

「うちのおじいちゃん、昔あんたの翻訳手稿をずっと持ってて。文句を言いながら、片時も離さなかったんだから」


 ゴブリンは眉間に皺を寄せ、力なく吐き捨てる。「何の因縁だよ……」


「……コホンっ」

 ドワーフは咳払いをすると、声を低くして祖父の口調を真似始めた。

『このクソ野郎……! 種族の壁を越えて、こんな反論の余地もないもんを書きやがって!』

『ちっ、この理論通りに配合を弄ってみろ。微量でも爆発の威力が跳ね上がりやがる……!』

『いいか、あいつら緑のバカども(ゴブリン)に教えてやるんだ! 最強の爆心地をプレゼントしてやるからな!』


 長い罵詈雑言を真似した後、ドワーフはゴブリンを見つめた。

「おじいちゃん、当時はそんなこと言ってたわ」


「……で、その爺さんは?」ゴブリンは死んだような目で尋ねる。


 ドワーフはあっけらかんと答えた。

「心不全で死んじゃった。この論文の内容に腹を立てすぎてね」


 その豪快すぎる回答に、ゴブリンは再び白目を剥いた。

「……俺がそいつに爆破されずに済んだことを喜ぶべきか?」


「うーん……。逆にお父さんは、この手稿を手に入れてから人が変わっちゃったけど」

 ドワーフは顎に手をやり、天井を見上げて回想する。

「深淵侵攻の時代、お父さんはこの理論を使って軍を支援してた。寝る間も惜しんで弾薬を量産し続けて……」


 ゴブリンは煩わしそうに耳をほじり、片手で彼女を制した。

「……そんな誰もが知る歴史の話は聞き飽きたよ」


 廊下の突き当たりまで来ると、ゴブリンは隣の部屋の扉を開けた。

「ここがお前の部屋だ。俺の部屋は隣。埃は自分で掃除しろ。変な真似はするなよ」


 寝室の中にある、埃を被った簡素な家具を眺め、ドワーフは顔を顰める。

「……あんた、自分には靴を脱がせて、家の整理整頓にうるさいくせに、寝室を放置してるわけ?」


「俺は一人暮らしだ。ここを物置にしていないだけ感謝しろ。少なくとも『寝室』としての体裁は保ってるだろ」

 自分の部屋の前に立ったゴブリンは、不満たらたらなドワーフに追い打ちをかけた。

「もし気に入らないなら、地下の手術台で寝ろ。あそこなら一切の埃もないぞ」


(……え? 手術台?)


ドワーフの脳裏に、白いカーテン越しにノコギリを構えるゴブリンの影が浮かんだ。狂ったような笑い声と、四方に飛び散る得体の知れない液体……。


ドワーフは引きつった顔で、埃まみれの寝室を見つめ直し、丁重に断った。

「あ……ええと。遠慮しとくわ。こっちで我慢する……」


二人がそれぞれの部屋に入った後、ドワーフは周囲を見渡し、袖をまくって掃除を始めようとしたが、掃除道具がないことに気づいた。彼女は隣のゴブリンの部屋の扉を叩いた。


中からゴブリンの苛立った声が返ってくる。

「今度はなんだ? 入れよ」


扉を開けたドワーフは、目の前の光景に呆然とした。そこにはベッド以外に大きな作業台があり、整然とはしているものの、膨大な量のパーツや工具、器具が山積みにされていた。自分の部屋よりよほど「ひどい」状態だ。


中に入り、掃除道具を借りようとしたドワーフの目は、片隅で微かな光を放つ器具に吸い寄せられた。彼女は目を細めてそれを見つめ、無意識に呟いた。

「……ねえ。これ、違うわ……」


「……あぁん? 俺の作品にケチをつける気か?」

作業台に座っていたゴブリンが猛然と振り返り、ドワーフを鋭く睨みつけた。


ドワーフは慌てて手を振り、言い訳をした。

「あ……いや、違うの。ただ、この装置……エネルギーのギャップ比が、ほんの少しだけズレてると思って……」


ゴブリンは首を傾げ、ゆっくりと彼女の前に歩み寄った。

「あんた、俺が造ったものに瑕疵かしがあるって言いたいのか? そういうことか?」


ドワーフは顔を引きつらせ、後ずさりしながら説明した。

「ち、違うの。ただ……ほんの少し、ほんの少しだけよ……出力に影響が出る程度……。あんたが下手だなんて言ってないわ」


ゴブリンは器具に目をやり、それから再び彼女を睨んだ。

「面白い。聞かせてみろ」


ドワーフは震える指で器具を指し、乾いた笑いを浮かべた。

「その……空間が、ほんの少しだけ広すぎるのよ……。だからエネルギーが集中しきれていないというか……」


それを聞いたゴブリンは、顔を伏せて独り言を漏らした。

「……エネルギー体を圧縮すれば、より威力を解放できる……」


そして、二人は全く異なる語調でありながら、同時に言葉を重ねた。


「――それがエネルギーの法則だ」


空気が一瞬だけ凍りついた。

ゴブリンは満足げに椅子をドワーフの前へと押し出した。

「ひゅぅ――新入り。あんた、意外と分かってるじゃないか。気に入ったよ……」


その夜、二人は朝まで語り明かした。

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