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【第九章番外(一):喰(く)らい鴨(がも)】

【番外編について】

本シリーズは各キャラクターの日常生活を題材に、世界観の詳細や技術設定を補完することを目的としています。内容は本編から独立しており、未読でも本編の理解に支障はありません。お好みに合わせてお楽しみください。

「そういえば、あの子の好みは知っているだろ? 何か買ってやってくれ。……度を越さない程度にな」


 オークの隨扈ずいこが部屋を出ようとしたその時、背後からビッグボーイが不意にそう声をかけた。

 オークは振り返り、承知したと頷いて見せると、静かに扉を閉めた。手には大男孩から預かったばかりの貯蓄カード。彼はそのまま、貯蔵中央銀行へと車を走らせた。


 道中、ハンドルを握るオークの耳に、車載ラジオのニュースが飛び込んできた。


『――ヘッドラインニュース。違法牧場の惨劇。非公式の飼育が招いた、血の襲撃事件。

 事件が発生したのは、ハイランドこうげんしゅう西郊外、第七食材産業帯です。

 昨日深夜、当該地区の違法牧場において深刻な家畜襲撃事件が発生しました。

 警察には近隣住民から「約二時間にわたり銃声と悲鳴が絶えない」との通報が相次ぎました。現場に到着した警察官が発見したのは、鮮血と羽毛に覆われた牧場と、激しく食い荒らされ、骸骨と化した牧場主の遺体でした。

 被害者は当該牧場の経営者であり、強欲で知られたゴブリンと判明。

 三区派出所の発表によれば、この牧場では「飼育厳禁」に指定されている**「らいがも」**を密かに養殖していた疑いが持たれています』


「喰らい鴨」――その肉質は裏社会のグルメたちの間で絶品とされているが、高度な群れでの狩猟本能と暴力的な傾向を持つ危険生物だ。専門のハンターによる定期供給を除き、一般の飼育は固く禁じられている。


『警察の調べでは、牧場主が檻の施錠を怠ったため、大量の喰らい鴨が脱走。牧場主を逆襲した後、周辺の民家にまで被害が拡大した模様です。

 現場からは複数の弾痕と、破壊された防衛機材が押収されました。これは喰らい鴨が武器を奪取し、使用した形跡を示しています。

 近隣住民数名が襲撃を受け、負傷者が出ていますが、現時点で大規模な死者の報告はありません。

 現在、警察と獣類管理当局が現場を封鎖し、証拠収集を行っています』


 今朝早く、連合議会の獣類管制署と地方政府は緊急記者会見を行った。


 エルフの署長:

「違法飼育されていた喰らい鴨の群れが脱走したため、野生災害処理班を派遣し、軍警と協力して対処に当たらせています。第七食材産業帯の住民の皆様は外出を控え、窓や扉を施錠し、安全な室内で待機してください。喰らい鴨の目撃情報があれば、直ちに三区派出所へ通報を」


 獣類管制署の報道官:

「喰らい鴨は野生の原生捕食種であり、個人による飼育は厳禁です。営利を目的としたこのような違法行為に対し、政府は断固たる態度で責任を追及します。

 喰らい鴨は戦後の荒廃した環境に適応し、その行動様式を変化させています。戦場跡の遺棄物から小型武器を拾得し、近距離での奇襲を得意とする彼らは、習性を知らない一般市民にとって極めて高いリスクとなります。利潤を求めた不当な飼育は、生態系の破壊と公共の安全を脅かす大惨事を招きかねません」


『――現場のドワーフ記者に繋ぎます。状況はどうですか?』


 ドワーフ記者:

『はい、スタジオ。事件発生後、この地域の夜間活動はほぼ停止しています。ほとんどの店舗が営業を見合わせ、住民は不安に震えています。――あ、そこの人間の女性。この農場の状況について何かご存知ですか? 当時の様子を教えていただけますか?』


 被害者の人間:

『……夜中に変な「クワッ、クワッ」って鳴き声がして、その後に「パンッ、パンッ」って銃声が……怖くて外なんて出られませんでしたよ』


『捕まえたぞ! 一匹確保だ!』

『牧場については以前から噂があったんだが、まさかこんなことになるとは……』


 ドワーフ記者:

『現場からは以上です。私はドワーフ記者。スタジオにお返しします――。……おい! 急げ! 俺は金を持ってこの瞬間を待ってたんだ! その一匹は俺のもんだ!』

 人間のカメラマン:

『ちょっと待ってください! まだスタジオに切り替わってませんよ……!』


 ハンドルを握るオークの隨扈は、呆れたように首を振った。

(……まさか故郷でこんなことが起きるとは。世の中、何が起きるか分からんものだな)

(喰らい鴨か……。あんなもの、もうどれくらい食べていないだろうな……)


 貯蔵中央銀行に到着したオークは車を降り、足早にATMの前へと向かった。大男孩から預かったカードを挿入し、心の中で必要な金額を計算する。


 だが、投影画面にカードの情報が表示された瞬間――。

 オークは目を剥いた。信じられないといった様子で目をこすり、画面上の数字を凝視する。その、驚くほど長く連なる桁数を、一桁ずつ慎重に数えていった。


 オークは生唾を飲み込み、震える指で予定していた金額を入力した。脳裏には、夜中に夫人(議長)と交わした会話の内容が蘇る。


(……なるほどな。こいつは……)

(……**「人皮を被った喰らい鴨」**そのものじゃないか……)

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