メジャーリーガーのグローブをいただく!(前編)
「『お宝をちょうだいするぜ』、か」
その犯行予告状を、警部はビリビリに破り捨てる。これは複製品なので、こうしちゃっても問題ない。
この犯行予告状を送ってきた相手は、世界一の大泥棒だ。ふざけた奴だが、やると言えば必ずやる。これまでは、そうだった。
「だが、今回こそは絶対に逮捕してやる!」
長年相手にしてきたからこそ、奴の手口はわかっている。
警官の数を増やすだけではダメだ。変装して、警官たちの中に紛れ込まれる。その手口には、これまで何回もやられてきた。
だから今回、しっかりと対策を立てた。奴とは明らかに体型が違う、そんな警官ばかりを配置している。
その上で、合言葉も決めた。合言葉は、「世界一の大泥棒だけど、警察には勝てなかったよ。お手上げー」だ。
大泥棒には屈辱的な合言葉だろう。言えるものなら言ってみろ。
警官たちには合言葉を言う際、動画の撮影も義務づけている。
それらの動画はすべて、すぐさま複数の専門家が別々にチェックする。何か不自然な点があれば、その警官を拘束するのだ。
こうすることで、変装した大泥棒が侵入するのを防ぐ。
さらに、地上だけでなく、空や地下も警戒させていた。
いくつもの大型照明器で、怪しげな飛行物体がいないかを監視している。
その一方で、地下の音を収集して、異変がないかも確認していた。
しかも、今は昔と違って、インターネットがある。そっち方面の監視も怠らない。
これらの警備態勢、「やりすぎだ」とは思わなかった。
相手は世界一の大泥棒だ。まだ警備が手ぬるい、とさえ考えている。こちらが少しでも気を抜けば、お宝は盗まれてしまうだろう。
本心としては、もっと警備を強化したい。
しかし、警察には「予算」という制約がある。あとは精神力とかで補うしかない。
今回のお宝は、ある日本人メジャーリーガーのグローブだ。世界大会で優勝した時のもの。
それは現在、そのメジャーリーガーが所属しているチームの、野球博物館に展示されている。
で、その博物館がここだ。展示室の真ん中にロッカーが置いてあって、そこにお宝のグローブが飾られている。
「奴を逮捕する上で、何かの参考になるかもしれん」
警部はスマホのカメラ機能で、グローブの写真を撮った。まずは、実物を一枚。
次に、自分も入るような構図で、もう一枚。
大泥棒を逮捕したあかつきには、この写真を新聞の一面に使ってもらおう。お宝を守り抜いたと、世界にアピールするのに丁度いい。
「警部」
いきなり話しかけられて、警部は慌てた。
話しかけてきたのは、部下の一人だ。
「いや、これはだな、現場の写真を撮って、何か異変があった場合に備えようとだな」
最初に現場を訪れた際、部下たちに対して、「野球のことはよくわからんが、あまりミーハーなまねはするなよ。写真を撮るなら一人一枚まで」と言った手前、しどろもどろになる。
「わかっております。警部も上から頼まれたんでしょ。写真を撮ってきてくれ、とか何とか。この選手は今、大人気ですから」
別に警察上層部から頼まれたわけではないのだが、
「あ、うん」
とりあえず警部は小さくうなずいておく。
「実は、今すぐ警部に面会したいという人が」
「そんなもん、駄目に決まっとる。俺は今、現場を離れるわけにはいかんのだ」
犯行予告状に記されていた時刻まで、あと三時間ある。
しかし、油断するわけにはいかない。
自分が現場を離れた隙に、大きな騒ぎでも起これば、指揮系統が混乱する。
そのような隙を、あの大泥棒は絶対に見逃さない。そういう奴だ。というか、その騒ぎ自体が、あの大泥棒によるもの、という可能性もある。
かといって、ここで会うわけにもいかなかった。この野球博物館は今、関係者以外の立ち入りを禁止している。例外を認めるわけにはいかないのだ。
「それがですね・・・・・・」
部下が耳打ちしてくる。
警部は少しの間、黙り込んだ。
「・・・・・・本当か?」
ようやく言葉をつむぎ出す。
面会したいと言ってきた人物は、例の日本人メジャーリーガーだという。ここに展示されているグローブの持ち主だ。
この建物は今、関係者以外は立ち入り禁止だが、相手が関係者となると・・・・・・。
「どうしましょう? 変装した大泥棒ではないみたいですが」
「わかった、ここで会おう。丁重にお連れしてくれ」
何でこんな時に? そう思わなくもないが・・・・・・。
数分後、お宝が置いてあるロッカーの前で、警部は、その日本人メジャーリーガーと会った。
「お忙しいところをすみません。警部さんに一つ、お願いしたいことがありまして・・・・・・」
選手が持ってきた物を、警部は受け取った。




