古代ローマの戦車競争(その二十)
ローマの南方で、二台の戦車が街道を疾走していた。
もはや時間がない。明日の朝までに、ローマにたどり着かなければ。
これまでのように街道以外を走っていては、とてもじゃないが間に合わない。だから、目立つのを承知で、街道を直進している。
どの戦車が早く着くかという賭けが、ローマで行われているらしい。返り討ちにした刺客たちから聞いた。
「俺は不人気っぽいから、ぜひとも一番乗りしてやらないとな」
不敵な笑いとともにそう口にするのは、アテネの『魚鱗戦車』だ。最初にローマに到着したという栄誉を勝ち取り、賭けに負けた者たちから「この悪魔ー!」「お前のせいでー!」などと、罵声の一つでも浴びてやる。俺の勝利を信じないから悪い。
とはいえ、最初は一番人気だったとか。ところが、なにせ賭けの序盤で海に沈んだのだ。それ以降は誰も新たに金を積まなくなったという。
一方で、すぐ後ろを走っている『跳躍戦車』は、直近の情報で二番人気だとか。一番人気はヒスパニアの『猛牛戦車』らしい。
「あーあ、人気者さんたちがうらやましいぜ」
「あんなもの、たかが余興だろう」
後方から『跳躍戦車』の声がする。
「だから、こうして前を譲っている。お前が先にローマ入りすればいい。俺は二着で構わない」
「へいへい。ありがたく一着をいただくぜ。感謝、感謝」
「気にしなくていい。円形競技場の『戦車競争』では、俺が勝つことになるからな。お前は二着を狙うといい。これは親切から言っている。あまり認めたくないが、お前はたぶん、俺の次くらいには強い」
「おいおい、冗談が過ぎるぜ。お前の次? 逆だろ。しかし、いいぜ。そういう調子こいた勘違いをしている奴に、大舞台で勝つのは最高だからな。んー、そうだな、お前は見所がありそうだから、『戦車競争』のあとで俺の弟子にしてやるよ。故郷に帰ったら、みんなに自慢していいぞ。たぶんモテる」
「お前こそ、俺に負けたことを故郷で、みんなに自慢するといい。別に恥ずかしいことではないからな。強すぎてすまん」
軽口をたたき合う。
二台の戦車は一時的に同盟を結んでいた。ローマに到着するまでは共闘する。
このまま何事もなく、とは思っていない。まだまだ刺客たちは襲ってくるはず。
と考えていたら、前方にそれらしい男たちを発見した。
こちらの存在に気づくと、剣を抜いて向かってくる。
「どちらがたくさん倒すか、競争しようぜ」
「あの程度の数、前にいるお前だけで余裕だろう」
「だな♪ あの三倍くらいはいてくれないと、どうもやる気が起こらん」
しかし、直後に遠方で土煙が上がった。あの方向にも刺客たちがいるらしい。それなりの数がいるようだ。
さらに、別の方向でも土煙が上がった。
「おい、お前が余計なことを言うから」
「たまたまだろう。ばらばらに襲ってくるよりは、面倒が少なくていいじゃないか。ここで全滅させれば、しばらくは安泰だろ。そういうわけで、どちらがたくさん倒すか競争な」
「わかった。その勝負を受けてやる。先に言っておくが、圧倒的大差がついても絶望しないことだ。たぶんお前も強い。俺の次くらいには」
「へっ、好きに言ってろ。あと、そろそろ本気の一つでも見せやがれ」
「お前もな。手を抜いているのが見え見えだぞ。刺客どもが弱すぎる、というのもあるが」
二台の戦車は一時的に街道を外れると、草原の上で車輪の回転を速くした。
前を向いたまま、走りながら会話する。
「ないとは思うが、俺を囮にして逃げるなよ」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
アテネの『魚鱗戦車』とシチリアの『跳躍戦車』は、迫りくる敵に向かって突進していく。
本日何回目かの戦闘開始だ。ただし、これまでよりも敵の数がかなり多い。




