古代ローマの戦車競争(その十九)
一台の戦車が疾走していた。エジプトの『黄金戦車』である。
ローマの方向はこちらで正しいのだろうか。この辺りの地理にはくわしくない。
だが、立ち止まるわけにはいかなかった。
(まだ追ってきている)
刺客だろうか。
しかし、昨日のことが頭をよぎる。
ローマ兵らしき男に、「さあ、狩りの時間だ!」と狙われた時だ。
逃げていた途中で、あの戦車がいきなり現れた。
そして、ローマ兵らしき男に向かっていったのだ。
あの戦車が追ってきているということは、あの男をどうにかしたのだろう。
「何なんだ? あの黒い戦車は」
敵なのか? それとも、味方なのか?
こちらと同じように、明日の『戦車競争』のためにつくられた戦車なのか?
しかし、それなら疑問がある。
(どこの戦車だ?)
ガリアかヒスパニアの戦車なら、こちらに来れば遠回りになる。シチリアの戦車も同様だ。
あとはアテネの戦車だが、船で向かうと聞いている。
だから、どの戦車とも出会うはずがない。
(俺の方が道を間違えたのか?)
知らず知らずの内に、ローマを通り過ぎていたとか?
いや、さすがにそれはないだろう。ローマほどの大都市なら、すぐ近くまで行って気づかないのはおかしい。
とはいえ、迷子になっているかも、という自覚が少しだけある。
ローマはどこだ? どこにある?
(すべての道はローマに通じているはずなんだが・・・・・・)
二股に分かれた道を左に進む。
次の瞬間、謎の戦車が加速してきた。
もしも敵なら戦闘になる。
逃げるか。それとも・・・・・・。
走りながら『黄金戦車』は迷っていた。馬たちへの鞭を躊躇する。
こうしている間にも、謎の戦車が迫ってきていた。
背後からの気配でわかる。あの戦車は間違いなく強い。
そんな相手に追われている状況だというのに、自然と笑みがこぼれてくる。強い相手は望むところだ。
(肩慣らしといくか)
ローマへの手土産に、あの戦車はちょうど良さそうだ。
今の時刻、太陽はほぼ真上にある。
(この時間帯、この『黄金戦車』は強いぞ)
進路を変えると、謎の黒い戦車の方へと向かっていく。




