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古代ローマの戦車競争(その十八)

 ローマのアンチマスルスは耳をうたがった。


 五つ目の関所せきしょ突破とっぱされたのだ。あそこにはローマからうできの元警備隊長をおくり、巨大きょだいゆみという秘密兵器まで用意したのに・・・・・・。


「それが突破とっぱされたのか・・・・・・」


 部下からの情報によると、相手は『猛牛戦車』だけではなかったという。


 もう一台いたらしい。


「どうやら、『鉱石戦車』のようです」


「バカな! あの戦車は谷底に落ちたはずでは・・・・・・」


 やはり、あれはニセモノだったのか。『鉱石戦車』は別にいて、ついに姿をあらわしたのか。


 しかし、にわかには信じがたい。山岳さんがく地帯の関所には、かなり広範囲こうはんいへの捜索そうさくめいじていた。


 平地ならともかく、山岳さんがく地帯だ。相手は戦車。通ることができる場所はかぎられている。


 だから、見つかるはずなのだ。もしも、谷底とは別にもう一台、存在しているのなら。


「ん?」


 そこで、この元老院議員は気づいた。


 五つ目の関所が突破とっぱされたという報告。そして、『鉱石戦車』が谷底に落ちたという報告。


 どちらも、この部下の口からもたらされたものだ。同一人物による証言しょうげん


 となると、別の可能性もある。


 おそらくは、それが真実。


 元老院議員はこぶしにぎりしめると、


「なるほど、そういうことか。とんだウソつきがまぎんでいたわけだな。やつかねをいくらもらった! この裏切り者! マスルスの犬め!」


「違います! 私は事実をつたえているだけです!」


「では、あらためて聞こう。前に『鉱石戦車』が谷底に落ちたというのは」


「事実です」


「では、その『鉱石戦車』が『猛牛戦車』と一緒いっしょに、関所を突破とっぱしたというのは」


「それも事実と思われます」


「話にならんな。こいつをつまみ出せ。半殺しにしてな」


 そこで別の元老院議員が口をはさんでくる。


「おちなさい。この男の言っていることは本当かもしれませんぞ。その場合、少なくとも二台の戦車が、ここローマに向かっていることになる。まずは、そちらの対策たいさくを急ぐべきでしょう」


「おお、気でもまよわれたか。真実はきっとこうだ。すでにマスルスの戦車は全滅ぜんめつしている。それがくやしくて、マスルスは我々にこんないやがらせをしているのだ」


「本気で、そうお考えか?」


 相手の剣幕けんまくに、いや、その場の空気に、それまで頭に血がのぼっていた元老院議員は少し冷静になった。


「・・・・・・いや、すまない。たしかに、情報に間違いがあったとしても、対策たいさくおこたってはならないな。我々は愚者ぐしゃではないのだから」


 マスルスの『戦車競争』は明日。


 どんなにおそくても、明日の朝までには、戦車はローマに到着していなければならない。


 もしも、まだ何台かの戦車がローマに向かっているというのなら、それをはばむ手を打つべきだ。一台でも多くつぶす。理想は全滅ぜんめつだ。


「とにかく、現状げんじょうを整理しましょう。少し最悪くらいを想定した方がいい」


 マスルスが用意した『特別な戦車』は六台。


 ガリアの『鉱石こうせき戦車』。


 ヒスパニアの『猛牛もうぎゅう戦車』。


 アテネの『魚鱗ぎょりん戦車』。


 シチリアの『跳躍ちょうやく戦車』。


 エジプトの『黄金おうごん戦車』。


 そして、ローマの『音響おんきょう戦車』。


 この六台のはず。


「アテネの『魚鱗戦車』はしずんだ」


「だが、車輪以外を確認していない。戦車自体も見ていない」


「つまり、別の船に乗っていた可能性もあるわけか。車輪だけを海にかべておけば、こちらで勝手に誤解ごかいする」


「谷底から生還せいかんできる戦車がいるのだ。海中から生還せいかんする戦車がいるかもしれない」


「なにせ各地のうでき職人たちがつくった戦車だからな。我々は少しの間、既成きせい概念がいねんわすれるべきかもしれない」


「少しの間、バカになるべきだと?」


「そのくらいで、ちょうどいいかもしれん。でないと、マスルスに出しかれるぞ。あいつはかしこさとバカの両面をそなえている。てきながらおそろしい男だ」


「では、ローマの『音響戦車』も無事ぶじなのか?」


「あれはどうだろう? 他の戦車と違って、直接破壊している」


 無事ぶじだとしたら、襲撃しゅうげき部隊全員がウソをついていることになるが・・・・・・。


 とにかく、残っている戦車の数が正確にわからない以上、ねんにはねんを入れるべきだ。ローマ周辺しゅうへん大勢おおぜい刺客しかくたちをはなつことにする。戦車を発見したら、始末しまつしろ。


「二つの車輪を証拠しょうことして持ち帰るよう、刺客しかくたちにはつたえましょう」


「それはいいな。我々がしいのは、その戦車がローマに絶対にあらわれないという、確実な証拠しょうこだ。言葉による報告だけでは信用できない」


 部下たちに刺客しかくの手配をめいじた。


 彼らは次々と部屋へやを出ていく。あとは元老院議員だけになった。


 とりあえず、できる手はだいたい打ったはず。


 この場にいる者たちは全員、アンチマスルスだ。次の選挙に立候補する予定の者も多い。


 だから、マスルスの『戦車競争』を中止に追いみ、例のけも失敗させる必要があった。やつの戦車をローマにたどり着かせてはならない。


 用心しすぎることはないのだ。今は既成きせい概念がいねんてろ。あり得ないことこそが、真実に一番近い可能性もある。


 しばらくして一人がつぶやいた。


「やはり、おかしくないか?」


 ヒスパニアの『猛牛戦車』が、次々と関所を突破とっぱした事実。


 普通の戦車なら、まず不可能だ。


 でも、げんに関所はやぶられ、『猛牛戦車』はローマに向かってきている。


大勢おおぜいの兵士たちでも引きれているなら、ともかく・・・・・・」


「私もそれを考えていた」


 少しの間があって、他の者たちも次々に同意する。


 一台の戦車が関所をやぶるなんて、普通はあり得ない。それが何回も起きたのだ。異常と言っていい。


 現実的に考えるなら、


「ヒスパニアに駐屯ちゅうとん中の部隊が動いた?」


 大勢おおぜいの兵士たちが、『猛牛戦車』を警護けいごしているとか?


 もしくは、兵士たちが関所にさきまわりして、なぞの部隊として襲撃しゅうげき。関所を無力化しているとか?


 それなら、『猛牛戦車』はただ通過するだけでいい。次々と関所がやぶられたのにも説明がつく。


「しかし、元老院の許可きょかなく、軍の大部隊を動かすのは・・・・・・」


「つまりは謀反むほんだ。マスルスめ、謀反むほんたくらんでいる。各地の戦車と言いながら、それを目くらましに、各地の軍を動かしているのだ」


 その目的はおそらく、ここ首都ローマ包囲ほうい。マスルスめ、独裁者どくさいしゃにでもなるつもりか。


「今すぐに元老院の緊急きんきゅう会合かいごうを開くべきだな」


 そこでマスルスの追放ついほうを決議する。


 その時だった。


 突然とつぜん、大物元老院議員が部屋へやの中に入ってきた。


 変に思いながらも、アンチマスルスの一人が言う。


「ちょうど良かった。今すぐお知らせしたいことが」


「すまないが、先に私の話を聞いてもらおう。君らを拘束こうそくさせてもらうことにした」


 部屋へやの中に大勢おおぜいの兵士たちが雪崩なだんでくる。


 この場にいたアンチマスルスを、次々と拘束こうそくしていった。


「これは何かの間違いだ!」


 この大物元老院議員はマスルスではない。中立ちゅうりつの人物だ。


 なのに、どうして?


 まさか、マスルスにまれたのか? 元老院一の清廉せいれん潔白けっぱくな人物で、賄賂わいろなどには絶対におうじないと思っていたが・・・・・・。


 そこでアンチマスルスは気づく。


 この大物元老院議員、マスルスのけにおいて、不正の監視かんしをする立場にある一人だ。


 つまり、これは・・・・・・。


「ある容疑ようぎが君らにかかっている。けの妨害ぼうがいおこなっているという容疑ようぎだ。色々と派手はでにやりぎたな」


 その元老院議員がゆがんだ楽器を見せてくる。『音響戦車』の部品だ。この建物に昨夜、投げまれたのと同種の物である。


 アンチマスルスは理解した。


 おのれ、マスルス! 最初からこれがねらいだったのか!


 戦車が到着して、『戦車競争』を開催かいさいできるのが最善。


 戦車が到着しなくても、けでローマ市民の人気を得られれば次善。


 さらに、けを妨害ぼうがいする者たちを一斉いっせい逮捕たいほできれば、それもまたし。


 マスルスの戦車にばかり気を取られて、視野しやせまくなりすぎていた。


 こうなった以上、自分たちにできるのは・・・・・・。


 アンチマスルスいのり始める。


 マスルスの戦車がすべてローマにたどり着かないことを、本気でねがった。


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