古代ローマの戦車競争(その十五)
その頃、ローマの反マスルス派は驚愕の知らせを耳にしていた。
「『黄金戦車』に敗れた、というのは本当か!」
元老院議員の一人が吠えると、部下の顔がさらに曇った。
「はい、意識不明の重体です。現場の様子からして、『黄金戦車』と戦って返り討ちにあったものと思われます」
ローマの北東を捜索していた部隊が、瀕死の男を発見したのだ。
ローマの元警備隊長であり、反マスルス派の用心棒。ヒスパニアの『猛牛戦車』を討ちにいかせた刺客の片方で、その武勇は広く知られている。
なのに、敗れた。すぐそばには、折れた槍も落ちていたという。
おそらく、エジプトの『黄金戦車』と遭遇して、そのまま戦闘になったものと思われる。
「まさか、あの男が負けるとは・・・・・・」
それほど強いのか。その『黄金戦車』は。
さらに、『猛牛戦車』の方もまずいかもしれない。
すでに四つ目の関所を突破したという。その関所ではかなり奮戦したそうだが、それでも止められなかった。味方にかなりの被害が出たらしい。追撃するのは無理と言ってきている。五つ目の関所で前後から挟み撃ちできれば、こちらが有利なのだが・・・・・・。
「少し冷静になりましょうか」
地図を広げて現在の状況を整理する。
先ほどから誰も葡萄酒を口にしようとしない。せっかく瓶ごと水で冷やしていたのに、酒は温くなる一方だ。
ローマ各地の腕利き職人たちに、マスルスがつくらせた『特別な戦車』は全部で六台存在する。
ガリア、ヒスパニア、アテネ、シチリア、エジプト、そして、ローマの戦車だ。この六台。
その内、これまでに始末できたのは、まずアテネの『魚鱗戦車』だ。こいつは、乗っていた船ごと沈めてやった。
次に仕留めたのが、ガリアの『鉱石戦車』だ。こいつは谷底に突き落としてやった。
あとは、ローマの『音響戦車』だ。工房を襲撃して叩き壊してやった。
三台は倒したことになる。残りは三台。
これでマスルスは、『戦車競争』を開催できない。開催するためには、最低でも四台は必要だろう。
だが、奴は予防線を張ってきた。どの戦車がローマに早くたどり着くかという賭けだ。あれを台無しにするために、あと二台は潰しておきたい。
はたして、それは可能なのか?
部屋の中に重苦しい空気が立ちこめていた。
残る三台の内、シチリアの『跳躍戦車』とエジプトの『黄金戦車』は行方をくらませている。捜索部隊を増やしているが、それで発見できたのは瀕死の味方だけ。
その上、『猛牛戦車』の勢いを止められない。次の関所に戦力をかき集めているが、ここで相手に迂回されでもしたら・・・・・・。
「だが、今のところ、『猛牛戦車』はまっすぐ進んでいる」
気休めかもしれないが、それは事実だ。となれば、このまま直進してくる可能性は高い。
次の関所には秘密兵器も用意している。
「だから、今度こそ潰す。絶対に潰す。さらにあと一台、『跳躍戦車』か『黄金戦車』のどちらかを潰すことができれば・・・・・・」
その時、窓の外から何かが飛んできた。床に落ちて、甲高い音を立てる。
金属製の円盤だ。ところどころ歪んでいる。
それを拾い上げて、部下の一人が顔色を変えた。
これは楽器だ。その正体を告げる。
「戦車工房で叩き壊した『音響戦車』、その部品にこれがあったような気がします」
そんな物がなぜ、外から投げ込まれたのか。マスルスによる嫌がらせ? 最低な奴だ。
「そう言えば・・・・・・」
別の部下が告げてくる。
「『黄金戦車』に敗れたと思われる場所の地面に、こんな言葉が書いてありました」
――最後の戦車は健在なり。すべての道はローマに通じる。




