古代ローマの戦車競争(その十)
反マスルス派が放った強襲部隊が、ローマ一と評判の戦車工房に到着した。
全員が顔に布を巻いて、正体を隠している。目の部分はむき出しだが、これだけで人物を特定するのは難しい。
工房は無人だった。マスルスが自分の屋敷に、職人とその弟子たちを招いて作戦会議中だとか。どんな風に警備するのかを話し合っているそうだ。ベスボリウスとかいう部下の入れ知恵らしい。
「バカめ!」
強襲部隊のリーダーは笑った。
マスルスめ、戦車の残骸を見て悔やむといい。自分がいかに、のんびりしすぎていたのかを。
本当に優れた者というのは、必要な時に素早く動く。そう、我々のように。
工房の奥へと進んでいく。やはり無人だ。誰もいない。
あまりに順調なので、罠の存在・可能性を疑った。
が、そういうものは仕掛けられておらず、外にいる見張りも異常を知らせてこない。
「あったぞ!」
一番奥の部屋で、一台の戦車を発見した。
これに間違いないだろう。なかなかに見事な外見だ。戦車の外側に、各種楽器が美しく配置されている。
「『音響戦車』というらしいな」
近くにあった金属片に、そう彫られている。
戦車にしては華麗。「戦車競争」よりも、「凱旋式」の方が似合いそうだ。
これほど美しい戦車が円形競技場に現れたら、ローマ市民たちは喝采を送るだろう。
だからこそ、先に潰してしまうのだ。
「破壊しろ! 叩き壊せ!」
強襲部隊が棍棒を手に、『音響戦車』に群がった。
躊躇はしない。この戦車を壊せば、大金が手に入るのだ。棍棒を握る手にも力がこもる。
部屋の中に乱れ飛ぶ不協和音。さすが、『音響戦車』だ。戦車をぶっ叩く時に、どうしても楽器に当たる。
これは外にも聞こえているだろう。
なるほど。こんな細工をしていたから、ここまで工房を無防備にできたわけか。
(バカめ! こちらの人数を甘く見すぎだ)
戦車はまだ原形を留めているが、
「これで十分だ! 撤収するぞ!」
強襲部隊のリーダーは言う。長居は無用だ。
自分たちは役目を果たした。戦車は無惨な有様だ。明後日までに修理するのは、どう考えても不可能。
去り際に金属片を拾っていく。『音響戦車』と彫られた金属片だ。これを見せれば、自分たちの雇い主は納得するだろう。
大笑いしたいのを我慢して、強襲部隊は工房から撤収した。
これでマスルスの戦車は残り三台。
この日の夕刻、反マスルス派はついに、『黄金戦車』を発見した。




