古代ローマの戦車競争(その九)
ベスボリウスが所用を終えて、剣闘士たちの元に戻ると、彼らは変なことをしていた。
牛の革でつくった球状の袋を、一人が棍棒で打つ。
そこまではいい。ベスボリウスが指示した練習だ。
で、球状の袋が大きな弧を描いて飛んでいく。
その先になぜか、数人の剣闘士が待機しているのだ。それぞれが麻袋を持っている。
そして、牛の革でつくった球が落ちてくると、それをそのまま麻袋の中にうまく回収した。
他の剣闘士たちが拍手をする。
「こんなこともできるのか」
ベスボリウスは驚いた。まるで曲芸だ。空から落ちてくる矢を、地面に落とさずに手でつかむようなもの。
剣闘士たちは簡単にやっているが、ベスボリウスは自分にも可能だとは思えない。たぶんローマ市民の多くがそうだろう。
ベスボリウスは剣闘士たちに尋ねる。
「なぜ、こんなことを?」
彼らが答える。
少し前までは、すべての球を打ち終わってから、全員で拾いに行っていたそうだ。
しかし、その間は練習が途切れる。もっと棍棒で球を打ちたい。
そこで、ああいう方法を思いついたという。打つそばから、どんどん回収すればいいじゃないか。
ベスボリウスは感心した。これは使えるかも、と思った。
(というか、そういう競技の可能性も・・・・・・)
ガリアで発見された石版、あれに記されている競技。神々に捧げる競技のようだが、石版には欠落箇所が多い。
(ひょっとしたら、棍棒で打った球をあんな風に回収していたのかも・・・・・・)
地面に落ちた球をただ拾い集めるよりも、ああやって回収した方が、円形競技場に集まったローマ市民たちには、うけるに違いない。
(この競技にはやはり、高い潜在能力があるぞ)
その魅力をうまく引き出すことができれば、いずれは「戦車競争」や「剣闘士たちの戦い」に匹敵する催し物になるかもしれない。
ベスボリウスは剣闘士たちの意見を聞きながら、競技の改良を進めていく。
彼らはさまざまなアイデアを出してくれた。たとえば、「飛んだ距離で得点を変化させる」というもの。
ベスボリウスは確かな手ごたえを感じていた。
(もしも、『戦車競争』が中止になるようなら・・・・・・)




