古代ローマの戦車競争(その八)
再び話はローマに戻る。
反マスルス派による秘密の会合は、なおも続いていた。
そこに新たな情報だ。
部下からの情報に男は叫ぶ。
「『跳躍戦車』の破壊に失敗したんですか!」
しかも、戦車の行方を見失ったらしい。どこに逃げたのか不明だという。
絶対の自信を持っていただけに、
「役に立たない奴らですね!」
海賊たちによる襲撃を手配した男は、怒りのあまりに、葡萄酒の入ったコップを床に叩きつけようとする。
が、他の者たちの視線を感じて自重した。
「・・・・・・すみません。取り乱してしまってお恥ずかしい」
「いや、貴公の気持ちはわかるつもりだ」
他の者たちもうなずく。反マスルス派にとって、一人の嘆きは、全員の嘆き。マスルスの幸運は、ここにいる全員の不幸だ。
商船のふりをして近づき、一台の戦車を破壊する。それだけの簡単なお仕事なのに、最近の海賊たちは地に落ちたものだ。
この尻ぬぐいに、反マスルス派は急いで動く。すぐさま部下に命じて、テーブルに地図を広げさせた。
首都を中心とした地図だ。大きな街道はすべて記されている。
これまでの状況を整理するのだ。地図を指差しながら確認していく。
「ガリアの『鉱石戦車』は潰した」
「アテネの『魚鱗戦車』も潰した」
ガリアの『鉱石戦車』については、谷底に落ちたのがニセモノという可能性もあるが、ひとまず二台。ローマ行きの阻止に成功している。
したがって、残りの戦車は、
「あと三台か」
ヒスパニアの『猛牛戦車』。
シチリアの『跳躍戦車』。
エジプトの『黄金戦車』。
この内、『跳躍戦車』と『黄金戦車』が行方をくらませている。捜索部隊を追加で派遣したが、二台の所在は未だ不明。
「ただし、ローマに向かっているのは確実だろう」
どこら辺にいるのか、反マスルス派の者たちは意見を出し合った。
マスルスの面子を潰すために、最低でもあと一台は戦車を潰す必要がある。
となると、現在地のわかっている『猛牛戦車』を全力で叩くか。
そこに急報がもたらされた。ガリア方面からの早馬だ。
てっきり『鉱石戦車』に関する情報――たとえば、谷底で戦車の残骸を発見した――かと思ったら違う。
ヒスパニアの『猛牛戦車』に関する情報で、
「三つの関所を破られました!」
「な・・・・・・んだと・・・・・・」
反マスルス派は呻いた。
ヒスパニアを出発して三つの関所を破ったのなら、すでにガリア地域を踏破寸前だ。このままだと、一両日中にローマに到着する!
「我々の息のかかった者たちばかり、しかもかなりの腕利きばかりを、それらの関所には配置していたはずだが」
だから、実を言うと一番心配していなかった。五台の中で最も確実に潰せる、そう考えていたのに・・・・・・。
「非常に厄介ですな。だが、そう悲観することはありませんぞ」
言ってる内容のわりに表情はかなり険しいが、その元老院議員は指で地図に線を引いていく。
「今のところ、『猛牛戦車』は馬鹿正直に大きな街道ばかりを進んでいる」
つまり、『跳躍戦車』や『黄金戦車』とは違う。あの二台は街道以外を移動しているみたいなので、捜索に苦労しているのだ。
戦車を潰すためには、まず発見しなければならない。その発見にかかる手間を、『猛牛戦車』の方から省いてくれているのだ。
「次にどこの関所を通過するのか、それがわかっているのだから、準備を整えておけばいい」
つまりは関所の戦力を増強する。
「うまくいけば、『鉱石戦車』の二の舞いも可能だ」
ヒスパニアの『猛牛戦車』がこのまま直進すれば、同じ山岳地帯を通過する。そこで谷底に突き落としてしまえばいい。
現地の部下たちも同じ判断をしたようで、戦いの準備を進めているとか。周辺街道に分散させていた人員を再集結させて、『猛牛戦車』を迎え撃つらしい。
事後承諾という形になったが、元老院議員たちはそれを非難しなかった。自分たちが決断してから現地に指示を飛ばしていては、確実に間に合わない。
とはいえ、不安はある。三つの関所をあっさり破ったとなると、『猛牛戦車』の力は侮れない。現地の戦力では太刀打ちできない可能性も・・・・・・。
だが、時間稼ぎにはなる。
この山岳地帯で仕留めることができれば良し。
仮に山岳地帯を抜けてきたとしても、次の関所で確実に仕留める。
そのために、二つの手を打つことにした。
「とっておきの者たちを向かわせよう」
ある元老院議員が二人の名前を挙げた。どちらもローマの元警備隊長で、今は反マスルス派の用心棒をしている。その武勇は広く知られていた。
「今からでも、なんとか合流できるだろう」
山岳地帯を抜けてきた場合、その先の関所で『猛牛戦車』を潰す。
そして、もう一つ。
「この関所近くの駐屯地には、ローマ軍の秘密兵器がある。それも使うぞ。移送命令を出す」
こうして、打倒『猛牛戦車』の計画が進められていく。
もちろん、『跳躍戦車』や『黄金戦車』も無視しない。捜索部隊を増強する。発見次第、絶対に潰せ。何としてもローマにたどり着かせるな。現場の士気を高めるため、特別報奨金の増額も決定する。
「これで、どうにかなりそうですな」
一息つこうと、それぞれのコップに葡萄酒を注いでいく。
少々頭を使いすぎた。だが、残り三台の戦車を仕留めるまでは、気を緩めるわけにはいかない。
それぞれが葡萄酒に口をつけようとした時、急に一人が制止してきた。
「どうした?」
「大事なことを見落としていましたよ」
その男は笑みを浮かべる。
「残りの戦車は三台ではありません。四台です。マスルスはたしか、ローマの腕利き職人にも戦車をつくらせていたはず・・・・・・」
その戦車はすでにローマにあるので、賭けの対象にはなっていない。が、マスルスの『戦車競争』に参加する一台なのには変わりない。
だったら、やるべきことは決まっている。
「そうだな。それも潰しておこう」
すぐさま強襲部隊を派遣した。
マスルスの戦車はすべて潰す。




