古代ローマの戦車競争(その五)
ローマで秘密の会合が行われていた。
顔を並べているのは、来月の選挙に立候補する予定の者たちだ。その全員ではないが、大半がこの場に集まっている。
このまま何もしなければ、マスルスの当選は確実だろう。
それを阻止するために、彼らは手を組むことにしたのだ。
もともと、マスルスの『戦車競争』を警戒していた。
なので、それぞれが密かに準備していた。ローマにやって来る途中で、戦車を襲撃する計画。
アテネから来た船が海賊に襲われたのも、これが原因である。
マスルスが元老院で賭けの話を持ち出す前から、「奴の戦車を潰せ、ローマに到着させるな」という指示を出していた。
早馬が情報を持ってくる。
「『魚鱗戦車』を乗せた船が沈没した模様です」
さらに、『魚鱗戦車』のものと思われる車輪が一つ、海上に漂っていたのが回収されたとか。
「それはめでたい!」
まずは一台。この数はこれから増えていくことになる。残りは四台だ。
この場にいる者たちは葡萄酒で乾杯する。
「賭けの話が出た時には、驚きましたがね」
「しかし、すべての戦車がローマにたどり着けなければ、あの賭けは成立しない」
「マスルスの赤っ恥というわけだ」
大笑いをしながら葡萄酒を飲み干す面々。
他の戦車に関する悲報も、間もなくもたらされるだろう。ああ、かわいそうなマスルス。我々にとっては、吉報だが。
戦車がなければ、『戦車競争』はできない。
「この分だと、マスルスは『かけっこ』でもする羽目になるかもしれませんな。あれなら戦車はいらない。あはははははは」
新たな使者がやって来る。ガリア方面からの知らせだ。
「そうか。『鉱石戦車』を仕留めたか」
山賊たちの襲撃で、深い谷底に転落していったという。
これで二台を潰した。残りは三台。
だが、気になることがある、と使者が語る。
「奇妙な戦車だったそうです。ごつごつした大きな岩に車輪をつけただけ、そんな感じだったと」
そして、一息置いてから口にする。
「ニセモノでしょうか?」
部屋の雰囲気が一瞬で静まり返る。
マスルスは潤沢な予算を与えて、ローマ各地の腕利き職人たちに戦車をつくらせた。
それなのに、岩に車輪をつけただけの戦車?
「たしかに。囮かもしれんな」
そのくらいの用心をしていてもおかしくない。
そうやって襲撃部隊の目を引きつけておいて、本物の戦車は別の街道でローマに向かっているとか?
そこで急遽、周辺街道の捜索に人員を割く。もともとの予定では、ガリアの『鉱石戦車』を仕留めたあと、ヒスパニアの『猛牛戦車』を襲う部隊と合流させるつもりだったが、これは仕方がないだろう。
谷底に落ちた『鉱石戦車』がニセモノであったとしても、本物の方にもローマの土は踏ませない。確実に潰す。
一時的に場が白けてしまったが、再び葡萄酒を飲み始める面々。
その一人が自信たっぷりに言う。
「そろそろ私の手配した者たちも動き出す頃でしょう」
この男はシチリア島南の海域に、武装した商船を配置していた。
見た目は普通の商船だが、乗り込んでいるのは商人ではない。海賊たちだ。
「彼らが潰してくれますよ。シチリアの『跳躍戦車』をね」




