古代ローマの戦車競争(その四)
アテネの『魚鱗戦車』を乗せた船が沈んだかもしれない。
この情報にざわつくローマ市民たち。
というのも、『魚鱗戦車』は最もローマに接近していたのだ。一番に到着する、そう予想した者は少なくない。
が、不慮の事故で到着できなかった場合、その戦車は無視して考える。
よって、賭け自体は無効にならない。
しかしながら、早くも一台が脱落したのだ。『戦車競争』もそうだが、賭けの方にも暗雲が漂う。さすがにないと思うが、すべての戦車がローマに到着しない、そんな可能性も頭をよぎる。
マスルスは急いで現地に早馬を派遣した。他の元老院議員たちの中にも、早馬を派遣する者が出る。
本当に『魚鱗戦車』を乗せた船は沈んだのか。正しい情報を手に入れなければ。
その結果、アテネからやって来た船は五隻。で、沈んだのは、その内の一隻だという。四隻は海賊たちの追撃をどうにかふり切って、別の港に向かったらしい。
この時点で、戦車が無事な可能性は八割。
だったが、他の港で四隻の無事が確認されると同時に、絶望の事実が判明した。
沈んだ一隻にこそ、『魚鱗戦車』が乗っていたのである。
仲間の船を海賊たちから守るために、最後尾をつとめたらしい。その船が海賊船を食い止めていなければ、あと二隻はやられていたという。
これで残りの戦車は四台。
しかも悪いことに、その内の一台が同時刻、山岳地帯の移動中に山賊たちの襲撃を受けていた。
ガリアの『鉱石戦車』である。




