古代ローマの戦車競争(その三)
「予想以上にうまくいったか」
元老院での提案を終え、マスルスは自宅で一息ついていた。
すでに賭けは始まっている。部下たちがそのために動いていた。
元老院の外の壁に、賭けの告知、賭けの詳細を知らせる紙を貼ったり。
賭けの公平性を担保するため、数人の大物元老院議員たちに、不正の監視をお願いしたり。
ローマの街中にいくつも、賭けの受付所を設置したり。
ローマ市民たちの間で、賭けの評判は上々のようだ。この分なら、『戦車競争』が中止になった場合でも、選挙への立候補を取りやめずに済む。
(ベスボリウスの案を受け入れて正解だった)
元老院を巻き込んでの、賭けの実施。
それを提案してきた男は今、この場にいない。
ガリアで発見された石版、あれに記された競技を再現するため、剣闘士たちに声をかけて回っているとか。
あの石版には、丸い物体を投げている男と、棍棒を持っている男が記されている。
(謎の競技だ)
だが、話題性はある。ベスボリウスに任せておけば、そうひどいことにはならないだろう。こういう時、あの男は頼りになる。
とはいえ、あれは代案にすぎない。『戦車競争』を実施できない場合の代案。
マスルスは地図を広げた。
五台の戦車が現在、このローマに向かっている。
ガリアの『鉱石戦車』。
ヒスパニアの『猛牛戦車』。
アテネの『魚鱗戦車』。
シチリアの『跳躍戦車』。
エジプトの『黄金戦車』。
(すべての戦車が、無事に着いてくれればいいが・・・・・・)
懸念事項がある。
次の選挙に立候補する者たちが、妨害してくるかもしれない。ベスボリウスもそれを警告していた。
だからこそ、この賭けに元老院を巻き込んだのだが・・・・・・。
それが本当に抑止力になるかは、はなはだ疑問だ。
各戦車の警備を強化するため、追加で兵士たちや傭兵たちを雇った。昨日の時点でローマを出立し、それぞれの戦車と合流するよう、各地へ急行している。
(間に合えばいいが・・・・・・)
行き違い等がないことを祈る。
地図を丸めるマスルス。
そこに部下の一人が、息を切らして駆け込んできた。
「大変です! アテネの『魚鱗戦車』を乗せた船が、ローマ近郊の港に入る直前、海賊たちの襲撃を受けました!」




