11話
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―――耳元を掠める空気の音、突如感じる浮遊感、ぐるりと回る世界。
目まぐるしく何かが投げられ、床が消えて、足をついた天井が回転する。なんて危険な秘密通路なんだ!
あーあ、薄暗い通路を三人で静々と進むもんだと思っていたのに。
………そういえば、こういう仕掛けって、いつかのどこかで見た気がするなぁ、ええっとなんだっけ、なんとか屋敷―――いやもう忘れちゃったな。それにしても。
「なっっっっっがーーーい!!」
「だから、言った、でしょ?っ、時間が、惜しいって!」
私の叫びに、息を切らしながらハイネが答える。
彼は自力で矢をよけているところだ。小さな体で器用にすばしっこく動くさまは中々見ごたえがある。
壁から突き出た槍をひらりと躱したハイネに拍手すると、上から殺気のこもった視線が降ってきた。
‥‥‥‥いいじゃんそれくらい、だって暇なんだもん。
最初はこの罠と仕掛けの嵐に、警戒していたけど。
この態度最悪なオマリーがきちんと私を守っていると確信してからは、腕の中で一人手遊びを始めたくらい、退屈だ。
「そこ、曲がったら、到着」
「いやったぁ!!!退屈からおさらばだ!!」
いやそこなの?という空気を感じなくもないが、言われたわけじゃないので無視無視。
としているうちに、視界が開けてきた。
あれ?下がったんだから、上るんじゃないの?城内のどこかしらに出るにしては、作りが無骨というかじめじめしているというか‥‥…。
―――そうして、到着したのは、地下牢でした。
右を見れば鉄の処女、左を見れば審問椅子、牢の中は乾いた血だらけ。
「………え?このまま私、拷問されるとか、ないよね?」
「そうしましょう、ハイネ様」
「…………はぁ………」
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「あの通路は、元々脱走者へのトラップだったんだ。それを途中から利用したってわけ」
「へぇぇぇぇ……いいご趣味だこと」
……あれか、捕われた人が希望に縋って脱出したら罠だらけ、ってことか、流石魔王城。
想像通りの魔王っぷりに感心していると、普通に階段を上り始めるハイネ。
「ちょっとちょっと、せっかく秘密通路を通ってきたのに、堂々としたらばれちゃうじゃん」
「あぁ。心配ないよ」
上り切った先の扉を、オマリーが開ける。
「何せ、ここが僕の塔だから」
「え、この地下牢付きで?」
振り返ってみると、誰もいなくてがらんとしているが、牢獄としての規模はかなりなものだ。
それこそ、国が管理してそうなものだと思ったんだけど。
「なに?歴史でも知りたいの?」
「まぁ、暇だし」
またしても溜息を一つ吐いて、親切なハイネが説明してくれた。
曰く、ここは大昔からずっと大盛況な牢獄だったが、先々代の魔王が罪人を哀れみ、ここを閉鎖すると宣言したそうな。お優しいことで。
けれどもそこは血と争いが生きる源の魔族、正規がだめなら裏でと個々人で牢作りがブームとなり、公に管理されなくなった牢は、それはもう非道な行いであふれたのだと。本末転倒だわ。
「ここを閉鎖した魔王は、今でも魔族の間では笑い者にされててね。ここを管理するなんて不名誉極まりないんだ」
「なのに、ハイネの塔なんだ」
「うんそう、これで大体僕の位置がわかるでしょ?」
不名誉を押し付けられても否やと言う後ろ盾もない、それでもいいと王に思われてるってことね。
………おいおいおい、思ったよりも随分とハイネの立場が悪いぞ?
そういうのはここに連れてくる前に教えてって。
同じ転生仲間だっていう好奇心のみで着いてきたのに、捕まって「はい、ジエンド」なんて洒落にもならないんだけど?
そうこうしている内に、よく言えば堅牢、普通に言えばボロッちい部屋に通されました。……迎える人も、もてなす人もいないと。
オマリーが、どこからともなく用意した紅茶を飲む。あら、香りは薄いけどおいしいな。
さてと、と心の中で脱走計画を立てていると、ノックと共に扉が開けられた。
ガシャリと耳障りな音を立てながら、尊大な態度で兵士が入ってくる。……わお、本当にやばいね!
絞め殺さんばかりにオリマーが睨む中、白々としながら兵士が言う。
「陛下がお呼びだ、謁見の間まで来るように。ああ、そこな捕虜も連れて、だ」
「ああ、わかった。陛下の仰せのままに」
そんな態度にも、驚愕な内容にも、顔色一つ変えずハイネは答える。
私は、だって?それはもう、びっくりを隠さずありのままの私の顔になってるぜ!?
私の顔を一瞥して鼻息で馬鹿にすると、その兵士は去っていった。
「よし、じゃあ、行こうか」
「よしでもじゃあでもない!!なんで着いて早々、魔王になんぞ会わなきゃいけないのさ!」
噛みつくように(実際噛みつきたかった)ハイネに詰め寄ると、死んだ目で得意げにこちらを見た。
「もちろん、僕が計画したからだよ。本来なら君を殺した手柄をもらう予定だったんだけど」
「私生きてるんだけど?計画崩れてるじゃん、プランBはないの?」
「ない」「ないかぁ……」
まあ、そうだよねぇ、まさか殺しのターゲットが転生仲間とは思わないよねぇ。
でもダメだった時の保険って大事じゃない?って聞いたら、失敗したら死だったからないよ、と朗らかに言われた。あらら、随分とまあシビアな今世ですこと。
「とまあ、遅れれば遅れるほど生存確率がさがって「ほらほら!はやくいくよ!!」……はいはい」
「このっ、ハイネ様の言葉を遮りよってっ……!」
いくら転生するとはいえ、まだ他の転生仲間にだって会ってないし、むざむざと死にたくはない。
マイペースなハイネを急かしつつ、オマリーからの小言を聞き流しつつ、捕虜らしくした方がいいかなぁと思いつつ。
―――暗い廊下を歩いて行った。
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