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まなざしの向こう岸  作者: 十二滝わたる
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吉城とヨシア

 小学校に吉城という先生がいた。私には以上なくらい気を使い、何でも助けてくれたけど、余りにものえこひいきで、私も周囲の友達から妬まれるから、そのひいきは迷惑だった。毀誉褒貶、様々な顔を持つ曲者教師だったことは大人になってから知ったことだが、吉城先生が田舎の小学校の校長になったことから祝賀会の招待があったときも行かなかった。

 子どもながらも、酷いえこひいきだった。見ていると、貧乏であったり、家庭に問題がある子どもは一兵卒扱い、私のような駅裏に大きな鉄工所を構え、学校にもグランドピアノや遊具施設を寄付する家の子どもは将校のご家族、そんな価値観なのだろうと思った。

 私の親も、学校で何か悪いことがあると、すぐに電話しては先生に説教していた。私は次の日に吉城先生から怒られるかもと学校に行くのが嫌でしょうがなかったけど、先生の態度はまるで逆で、そんなときはいつもよりさらに優しく接してくれた。

 その代わり、決まって西から来る公設アパートの子どもは、八つ当たりの如く、些細なことで、立たされ、殴られるのたった。その子の親達は先生にククレームなど入れない、先生が絶対的に正しいと思っている古い親だったと今では思う。

 「家の子どもが悪いことをしたら、先生、殴ってやっていいですから」と本気で言う親たちばかりだ。

 先生が聖職だなんて、一緒に学校で勉強したり、生活してれば嘘だって誰にでもわかる。分からないのは、戦争で満足に学校足るものを知らないで終わった親たちだった。無知であり無学だ。

 吉城は軍隊でどんなことを体験してきたのかを、時々、授業の合間に話してくれた。厳しい訓練の話が多かった。戦争の悲惨さや自分たちのしてきた残酷さ等はさすがに披露することはなかった。ただ、戦地から生き延びてきた忌まわしい術は教師になってからも生かされているとだろう。

 ヨシアは吉城が嫌いだと言った。吉城は普通の家庭のヨシアには、特別な配慮もしなかったが、些細なことで殴ることもしなかった。ヨシアには他の子ども達へのえこひいき根性が我慢出来なかったようだ。

 他のなら、吉城に口答えすれば、すぐに殴られる。圧倒的な腕力の差の前では恐ろしくて口答えする子どもはいなかったが、ヨシアだけは違った。正々堂々と意見を言った。口答えだ、生意気だ、などとして処理できないほどに、立派意見であり正論だった。大の大人が小学生から論破される。不思議な光景だった。

 ヨシアは、生徒会長が知ったかぶりした意味のない表向きの話を、周りの子どもはへき易しているにも関わらず、いつまでも大人のように話すのとは違った。

 短いセンテンスで、一つ一つ筋道立てて、大人を説得できた。建前でもない、感情的でもない、筋のとおった、どちらかと言えば誰もが認めざるを得ないような方法により自分の主張を語った。裏の正論。

 誰もヨシアには叶わなかった。

 ヨシアは表には出なかった。生徒会、クラブ活動、実行委員会。けど、表にはでないで、すっかり任せていながら、ヨシアはいざと言うときには必ず頼りにさるた。そして必ず主導権を握る、そんな説得する力があった。


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