03 謎の力とロマの親子
頭がぼーっとする。
全身が酷く痛んで意識がゆっくりと浮上する。
見慣れた部屋だった。見慣れた天井であったけれど、やたらゴテゴテした装飾品が所狭しと付いている。
この屋敷、住み慣れたといえど、その時からやたらと部屋という部屋に装飾品が多かった。
金銀、宝石と煌びやかで、天井は特に多くモビールのような物がたくさんあった。それらが全て一斉に鳴り出したり、不意に音が止んだり不可思議な動きをする。
人が通ることがなければ風もない締め切った状態で、ちょっと気味が悪いと思ってしまったのはしょうがない。
(けれど、この天井はなあ……。)
異常な程、飾り付けられた天井に引き気味のオーディ。ホラー映画に出てきそうと下らないことを思ってしまった。
痛みで動くこともままならないオーディは、もうろうとする頭で何が起きたのか思い出していた。
***
「ねえ、お外行ったダメ?」
舌足らずな喋り方は変わらず、オーディはデリックに訊ねた。
かれこれ一ヶ月以上この世界で過ごしているが、一度も外に出たことないのだ。
出かける身支度を済ませたデリックは、上目遣いでじっと見つめるオーディに済まなそうに答えた。
「残念ながら、オーディ様はお体が弱いので今しばらくは辛抱してお留守番してくださいませ。」
駄々をこねるオーディをマーサに任せてデリックは屋敷を後にする。
マーサはデリックを見送ると、オーディに書斎へと連れて行く。
「いーないーな!オーディ、毎日お留守番して過ごしてるのにデリックはお出かけできるなんてズルい!もうずっと家にいたら、運動不足のおでぶになっちゃうよ。」
口を尖らせて文句を言うと、マーサはおかしそうに笑う。
「大丈夫ですよぉ~。とっても可愛らしいのに痩せちゃあマーサは泣いちゃいますよ。」
「でも、本もいっぱいいっぱい読んだよ。読み過ぎて飽きちゃった。それでもダメなの?」
「デリックさんがお外で遊んでいいって言うまでいい子で待ちましょう。」
懇願しても、マーサも困ったように笑っただけだった。彼女は屋敷の仕事があるため、書斎を後にした。
一人書斎に残されたオーディは、肩をすくめて落ち込む。
オーディはこの一ヶ月は外に出たことがない。産まれた時から病弱で、それが理由で外に出られないのだと聞かされた。オーディはこの一ヶ月間、何の不調は感じた事はない。もしかして、吸血鬼として転生した!?とか思ったが、ガラス越しに日の光を浴びているので、その心配は無さそうだ。
3歳児だからデリック達に心配されるのは当たり前だが、中身は25歳の男である。一度くらいは外に出かけてみたい。
「デリック早く帰ってこないかな。」
デリックはよく食料や日用品を買いに行く。けれど、此処の所は毎日のように出かけ、帰りが遅い。
マーサはマーサで毎日のように外で洗濯に部屋の掃除にオーディの食事と忙しく声もかけれない。書斎の窓から様子を伺い、その先に広がる森を見つめる。
「森の向こう側は街なんだろうな。見てみたいな。」
今は全く叶いそうにない願望。仕方なく諦めて、何度も読み込んだ本を拾い上げる。
『スアキューヴ世界の魔法』と書かれた本をパラパラとめくる。そこだけ何度も読み込まれたのか、すぐにオーディの読みたいページが開いた。
「属性魔法・加護と魔法使用の関係性」と項目が書かれている。
概要には、生まれたときに洗礼を受け、洗礼で精霊の持つ属性によって使える魔法が分かれると書いてある。
「あーもー!オーディって何の力持ってるんだよぉ。」
「唸れ!我が右腕!」とか「オーラを練るんだ!」とか言ってみてやってみたが、何にも反応しない。
ただ恥ずかしさだけが残り、一人床の上で悶えた。
落ち着くと、フローリングを転がる。天井からオーディの視界に違和感を感じた。
「なにあれ?」
オーディが床に積み上げた本、その上に透明の箱が浮かんでいる。興味が先立ち、体を起こして浮いている箱を間近で見つめる。そして、手で浮くそれを確認すると、以外と丈夫だ。跳び箱の要領で手を乗せて跳ねてみても、壊れそうにない。
奇妙な箱を訝しげに眺める。そして、上を眺めてみると……。
空をスキップするように跳ねてオーディの暮らす街を見下ろしていた。
透明の箱は天井まで階段のように連なっていた。オーディは天井近くに連なった階段を登りきり、窓を開けて外へと出た。勿論、得体の知れない物に不安はあったが、好奇心には逆らえなかった。
(やっべー、マジ綺麗だな。)
想像通り、ヨーロッパにあるような昔の田舎の街だった。300人暮らしていればいい方だろうか、小さくまとまった街の回りは深い森。森の先は次の街や畑が見えた。
スマホがあれば一度はカメラで収めたくなりほど美しい景観だった。
日本では絶対見られないだろうノスタルジックな雰囲気を味わっていると、ふと森の一部から陰りが見えた。
「あれ何?」
黒い霧のようなものが空へと柱のように昇っている。蝶のような、蝙蝠のような、枯れ果てた落ち葉のような。黒い集まりが柱を作り出しているようだった。遠くから見ても異様な雰囲気を醸し出していた。
オーディに警鐘を鳴らすような恐ろしさを黒い柱は伝えていた。同時に、その不可思議な光景にオーディは興味を持った。
半透明の足場が黒い柱へ続くように見えた。ガンガンと自身から警鐘が鳴るのを気にせず、柱へと向かおうと……。
「オーディ様!」
呼ぶ声に思わず踏みとどまった。
デリックの声で現実に戻ったオーディは、彼の早い帰りに焦る。
どうしよう、急いで来た道を戻ろうと振り返る。透明の箱はまだ部屋の窓へと続いて残っていた。オーディは、跳ねるように窓へ戻ろうとした。
その時、背中から引き裂く音が。
「はい?」
訳も分からず、ただ間抜けな声が出た。
ーーーザスザスザスッ!!!
布切れが不可解な音と共に舞う。赤い染みの付いた布切れが視界に入り、オーディは気が遠くなる。
「何で、背中が?」
背中が痛い、痛みで身体が耐えられず、透明の足場はいつの間にか消えて、そのまま下へと落ちる。意識から遠いところで、デリックの声がまた聞こえた。
(また、俺死ぬかも…。)
全身の痛みに耐えきれず、オーディの意識は深い闇へと落ちていった。
***
デリックは、深いため息をついた。主寝室のベッドの側で看病する彼は、包帯で全身を覆った痛ましい状態の小さな主を見つめる。包帯の下は切り刻まれるような身体で消毒の液と血の臭いが子供から漂う。
「この坊やったら無理するわね。」
加工した黒水晶のペンダントを眠るオーディの首に下げられる。美しい指がオーディの胸元から離れる。その美しい手の持ち主はスカーフを頭に巻き、それでも隠しきれないブロンドの美しい女性。デリックが探していた人であった。
「昨日はアマンダ様に『精霊除け』の装飾品を頂く予定だけでしたのに……。」
「気にしてないわ。」
なんて事無いとあっさりと言う彼女に、デリックは深く頭を下げる。
時は前日に遡る。
アマンダを迎えにいって、屋敷に戻った矢先だった。
オーディと同い年位の女の子を抱っこする彼女は、案内の道中ふと足を止めた。
「ママ、変な感じだねココ。」
「そうね、ここにいる物達がざわついてるわね。」
親子がひそひそと会話を交わし、デリックは何事か訊ねる。
「この辺りが何か?」
「森にいる精霊が怒っている。デリックさん、心当たりは?」
「オーディ様は、いつも通り邸で過ごされて…まさか。」
アマンダは無言で、魔法具を前に翳す。杖のような魔法具は頭に紅色の宝石が付いている。
いつもと変わらぬ森のはずが、日中だというのに薄暗い。どこかおどろおどろしい雰囲気が漂い、木々がざわめくのを感じる。デリックはアマンダの様子を静かに見つめる。
「穏やかなる者よ、羽衣を揺らし、空を舞う者
優美に裾を揺らせ、香を聞かせたまへ 優美な風に仕えしお方よ」
艶のある声で歌う。同じ節を何度か繰り返すと、剣呑漂う森がざわめきを止める。
「いつもは、森はこんな恐ろしい雰囲気では無いのですが。……オーディ様に何かが。」
「おじちゃん、お顔に傷…。」
子供に指摘されて、顔を触る。デリックの手に血糊が付いていた。
「鎌鼬ね。風の精霊では位は低いモノだけれど。……デリックさん。」
「………!オーディ様!!!」
アマンダの言葉に、デリックは邸へと全力で走り出す。
頬が痛むのも気にせず、オーディの無事を祈りながら叫ぶ。邸の一角が見えたとき目を疑った。
「オーディ様!!?」
オーディは、宙に浮いていた。何かに気づいたのか、慌てて窓に向かって踵を返したその時だった。
小さな背中に赤い花が舞った。また一つ、無数に、血の花が咲き乱れる。
幼い身体はゆっくり傾き、地面へと吸い込まれるように落ちていく。
「オーディ様ぁぁぁぁ……!!!」
手を伸ばすが、屋敷は木々の向こう。デリックは足をもつれさせ、無様に地面に転んだ。 息切れで声を枯らし手を伸ばして叫ぶが、当然届くこともなく。
無情にも地面へと叩きつけられる音は、…聞こえなかった。
「オー、ディ、様…?」
「どうやら間に合ったみたいね。」
遅れてやってきたアマンダは、倒れたままのデリックに手を差し出し引っ張り上げる。
小さな主の喪失に呆然としていたデリックにアマンダは背中叩いた。
「しっかりなさい、落下死は免れたわよ。けれど、命の危険に変わりないのだから急いで!」
オーディが倒れている一角だけ異様に草が生い茂っていた。ベッドのスプリングほどの厚さに生い茂る草花のおかげで、体がおかしな方向に曲がったりはせずに済んでいる。
ただ、草花の香りに混じって血の臭いが漂っていた。
彼女は流浪の巫女と呼ばれている。とある所でかなり有名な彼女は、オーディの処置は早かった。
止血に、傷を外界に曝さないように包帯で保護、失われた血を補うために増血薬を与える。デリックとマーサは道具や水などの準備だけしかできなかったが、その流れるような作業に始終感心してしまった。
一命を取り留めて容態が安定したのは、日がとっくに沈んで日をまたいだ頃だった。
デリックの依頼である精霊除けのペンダントをオーディに付けた。
デリックが礼を述べると、アマンダは困ったような顔をしていた。
「私は、何もしてないわ。」
「そんな事はございません。マーサと共に、死にかけたオーディ様を救った貴方に感謝しているのです。」
「いいえ、この子の回復力の賜物よ。」
一切、魔法を受け付けなかったのよ、と悔しさを滲ませてアマンダは言う。
「私はね、精霊の力を借りて魔法を使うのを得意とするの。失礼なこと聞くけれど、この子は『加護なし』かしら?」
「いえ、加護は得ています。…オーディ様、蔑むおつもりですか?」
「失礼を承知で聞いたのに…、悪かったわ。確認のため、よ。」
デリックが険しい表情を浮かべたので、アマンダは謝罪する。
「『加護なし』だとまともな生き方ができないって言うのは、世界の共通認識として聞いている。だからこの手の仕事をよく受けるから察しは付くのよ。」
「分かってるなら、何故聞くのです?」
「この子、一体何の加護を受けたのかしら?」
アマンダの鋭い眼光にデリックは言葉を詰まらせた。
「分からないのです。洗礼は無事に受ける事はでき、他の洗礼で生じた障りは無くなりました。……ですが、結局、本邸を離れなければならず、与えてくださった牧師は行方知れずなので。」
「つまり、洗礼のお陰で精霊の害するモノはなくなったけれど、未だに、精霊に脅かされているのね。」
アマンダの解釈にデリックは頷く。
オーディは、黒衣の者から洗礼を受けて一命を取り留めた。けれど、その日から新たな問題が起きた。体のあちこちに怪我ができるようになったからだ。どんなにオーディの周りを見張っていても、いきなり怪我をする。
今度は内側から攻撃されることは無くなったが、外側を攻撃されるため、オーディの父親は、オーディを別宅にデリックとマーサと付けて離したのだった。それは、本宅の使用人たちが不安がらないためである。
「加護でなかったら、オーディ様は何をされたのです…。」
別宅である屋敷は、あらゆる加害性のあるものを寄せ付けないと言われる精霊除けの装飾品で埋め尽くされている。
全てはオーディの為であり、アマンダを呼んだのも外に出たがるオーディの為であった。
「さて。代わりにこの坊やは加護ではなく、力を与えられてるかも知れないわ。」
「オーディ様は普通には生きられないのですか?」
ぽつりと、沈黙する部屋に言葉が落ちた。
オーディは、一生
悲痛な心の叫びに一瞬、反応に困ったアマンダは分からないと頭を振る。
包帯だらけの小さな手をデリックは握りしめた。
「何度も何度も怪我を負ったせいで、オーディ様は子供らしくない、まるで人形のように過ごされてました。つい最近なのです。活発に子供らしく笑って泣いて過ごされるのは。」
デリックの脳裏に浮かぶのは、別宅でただ与えられた物を触るだけ、声をかけても何の表情も浮かばないオーディの姿。だから願うのだ。旦那様《父親》の代わりに、オーディ様《子供》の健やかな成長と幸せを。
沈痛な面もちで見守る彼の姿に、アマンダは一体何を思ったのだろう。
眠る子供を前にデリックとアマンダのやり取りは明朝まで続いた。
***
全身の怪我の原因を思い出して、オーディは頭を悩ます。
デリックにどう説明したらいいのやら、彼の見たことのない怖い表情を想像して、血が足りない顔が青ざめる。
(勝手に外へ出たことバレてるよな…どうしよう、どう説明しようか…。)
ここがファンタジー世界だといえど、空を歩いたなんて説明をしなければならない。
デリックがこっちに来るまでに、まず説明の言葉を考えようそうしよう、なんて考えていたら扉が開く音がした。
「あ!ママ起きてるよ!」
硬直して扉の先を見たら女の子がいた。耳を隠すように栗色の髪をお団子に束ねた小さな女の子がこちらにやってくる。想定外の来訪者に驚くオーディを余所に、彼と同じ年頃であろう小さな子供はベッドのシーツを掴んで身を乗り出す。
「リースはリースだよ。あなたのお名前なあに?」
「……ォ、オーディだよ。」
「ねえ!あたしと一緒に遊ぼ!」
目線を合わせて名乗った女の子が満面の笑みを浮かべていた。
大変遅くなりました。ここでお詫び申し上げます。
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