04 初めての友達
大怪我以降、オーディが初めて外に出ることができたのがそれから1ヶ月後のことだった。 全身を切る大怪我の原因は、鎌鼬という精霊が悪さをしたためだった。精霊にはごく稀に人を襲うモノがいるらしい。 そのような説明を聞いたのは、勝手に外へ出たことについての説教の後だった。鬼のように叱るのかと思っていたが、デリックは少し目が赤くしながら説明してくれた。 説教はマーサが担当のようで、使用人なのかと思ってしまうほどカーチャンスキルを発揮してくれた。罰として1ヶ月の間は苦手なピーマン(らしきもの)が毎食入っていて、毎回泣かされる思いをしたのはここだけの話である。 全身を切るほどの大怪我を負ったにも関わらず、1ヶ月で全快したのはアマンダという女性のお陰だった。 ファンタジー世界ならではだろうか、アマンダは世界各国にある労働組合から派遣された人らしい。『放浪の巫女』と異名を持つ彼女は、ギルドの斡旋する仕事であれば、荒ぶる精霊を沈め、街を悪さする化け物を退治する。最も彼女が得意とするのは占いと魔具作成であり、オーディの為に魔具を作ってくれたのだ。
「坊やがデリックさんの言うことを聞いていたら、1ヶ月前には外にでられたんだけれどねぇ」
傷が治った頃にお礼を言った時、彼女は朗らかな笑顔で言われた。 ブロンドの巻き髪がよく似合うエキゾチックな美人。その蠱惑的な唇から紡ぎ出される毒舌は痛烈である。 尤もなお言葉を頂いてしまったオーディは、ぐうの音も出ない。彼女のことをその日からアマンダさんと呼ぼうと心に誓った。 そしてデリックから許可をもらって、初めて外へ出かける。
馬に荷車を引いておおよそ一時間ほど揺られる。荷車の後ろに乗って行った先に見えたのは上空から見るより鮮明な街の様子だった。
「ディー、街ってね、おっきいんだよ」
「うん、そうだね。おっきいね、石の家がいっぱいだ」
リーズが街のことなら知ってるんだぞと胸を張る傍ら、オーディは間近で見る街の外観に圧倒されていた。
「王都と比べれば辺境のしがない街でしょうがね。見るのは初めてですし、オーディ様には大きく見えましょう」
「ここよりもっと大きいの⁉」
「オーディ様を抱っこしなければならないくらいには、大きいですし、すぐに迷子になるくらいにはですかね」
抱き上げられると成人男性の視線に近くなり、一層街の景色がよく見えた。
石が均等に積み上げられた建物が大道に沿って並ぶ。家から幌が貼られた下では店が並んでいる。
「坊やにとったら初めての市場かしら」
「うん!オーディここ来たかったからうれしい」
「ねえ、知ってる?パンのおいしい匂いがするし、おいしいお菓子もいっぱいあるし、あとあと、おもちゃも売っているんだよ!」
同じくアマンダさんに抱き上げられて、リースも続いて街の説明をする。
久しぶりのお出かけで興奮して、キラキラと目を輝かせて早く早くと母親に急かしていた。
「デリック、今日なに買うの?」
「最近切れてしまったのでランプの油と、火打ち石を。後は食料品を少しですよ」
「え?」
オーディは、思わぬ言葉に驚いた。
発魔器で何でもできるのでないのと言いたそうにしていれば、デリックは小さく笑った。
「残念ながら、発魔器はそこまで万能ではないのですよ」
「明かりって持ち運べないの?」
「明かりを持ち運べるのは個々に魔法が使える者、火の加護を持つ者だけですね。…ああ、私は水の加護持ちなので、残念そうな顔をしないでください」
「発魔器って何でもできるって聞いたからぁー」
むぅーと頬を膨らませていれば、もしかしたら携帯する明かりを魔法以外で使えるかもしれませんよとデリックは補足してくれた。この国に王が立ったのは先の勇者が錬金術師であったと。そして王都には多くの錬金術師が集まり、数多の豪商や職人が錬金術師の指導の下、この国のあらゆる生活を向上させているのだそうだ。
「最初の王様ってすごいね」
「ええ、潤沢な魔石を隠し持った上に貧困に喘いだ民罪のないものを苦しめた魔王を倒した勇者で、崩御されるまで民の生活を思われた方ですからね」
※※※
「つっかれたよぉ~」
肺から息を吐き出すようにリースが伸びをした。賑やかな市場の隅に小さな子供が腰かけられるような階段に、オーディたちは座っていた。オーディは声が出せないほどぐったりしていた。
(……体力、なさすぎだろ…!)
中身は25歳の成人男性でも、3歳児の体で当然である。外を走り回ったことのないような子供に街中ではしゃぐにはあまりに体力が足りない。
デリックが市場で買った品々を荷車に積む間、アマンダと3人で帰り支度の準備を待っている。
売られていた水をリースと回し飲みをして喉を潤し、ひとごこち着く。
(やっぱり、日本じゃないんだよなあ…。)
日本に無い光景だとつくづく思う。パッケージ包装のされていない野菜に果物、肉。
発魔器で少々冷やされて鮮度を保っている所もあったが、多くは常温で並べられた品々は臭いも行き交う体臭と相まって無菌室のような部屋で過ごしたオーディの鼻には辛かった。
比較的に上質な服を纏っていても、着慣れた大量生産されるTシャツにデニムのボトムが酷く懐かしい。
リースとアマンダさんが異世界の歌を一緒に歌っているのをオーディはぼんやりと眺める。
本当に遠い世界へ来てしまったんだと寂しさを覚えた。
そんな時だった。
雑踏に混じって、オーディの耳に馴染みある音が耳を拾う。 スアキューヴには馴染みある曲だろうか?いや、そんなことは有り得ないだろう。 日本にしか馴染みのない旋律、歌詞だから。 『故郷』、日本の様子を奏でるその歌は、オーディ《洋平》の進む足を止めるだけの力を持っていた。 歌声は路地裏からだろうか?
「坊や!どこへ行くの?」
アマンダさんが引き止める声が聞こえたが、オーディはそれどころではなかった。
路地裏へと足を進めると歌はだんだんと大きくなる。市場を練り歩いた足はフラフラで、それでも声の元へと足は進む。
そしてついに声の主を見つけた。オーディより少し大きい、それでも小さな子供が妙に艶やかな衣装を纏って歌っていた。懐かしさとこみ上げてくる感情に思わず声をかける。
「日本の歌、だよね?」
不意に声をかけたからか、それともどこの歌か知っていることだろうか。恐る恐る振り返った子供は驚きで目を大きく見開いていた。
「……き、君は日本を知ってるのか?」
「知ってる、オーディ、君が歌ってたの、故郷って曲だって知ってる。日本人だったから。」
日本人。その単語を言った途端、子供の表情が劇的に変わった。
「やっと見つけた……!初めて会えた、日本人……!」
ボロボロ涙をこぼす子供に、オーディも同じく涙ぐむ。初めて同郷の人間に会えた。それがとても嬉しかったのだ。 オーディは名乗る。
「オーディ、前世、 田淵洋平って名前だった。25歳で死んで、今3歳?」
「俺はジュンヤ!不本意だけど、奴隷やってる。」
艶やかな服を纏った子供は、可愛らしい顔を涙でくしゃくしゃに、それでも男らしく笑う。
ジュンヤとの出会い、それは後に世界を変える鍵との出会いであった。
カチリと、オーディの運命の歯車が動き出した瞬間だった。
長い間、放置していたことを本当に申し訳ありませんでした。
亀の歩みになるかと思いますが、少しずつ更新できればと思っています。




