02 転生パニック
三度目の目覚めは、どうやら自我の目覚めも兼ねていたようだ。
意識が三度浮上したとき、木の積み木を握って、よく分からないものを作っている途中だった。
「ここ、どこ?」
随分可愛らしい声が聞こえる。
第二の人生を送るらしいとは予め聞いていたけれど、25歳の青年だった頃の心は正直すぐに認められるような事実ではない。
都合よく側にあった姿見に写った自身の容姿が、可愛らしい手と声の持ち主を否応がなく知らせてくれる。
(ちっちゃく成っちまって可愛いなちくしょう。)
鏡に映るのは、日本人にはまず表れない西洋人の特徴を持つ幼子がいた。
3歳程の年頃だろうか、きめ細やかな白い肌に桃色の紅を挿したようなふくよかなほっぺ。丸いドングリのような大きな双眸は黒曜石のような色で、こちらをじっと見ている。
瞳と同じ色の艶のある癖っ毛が愛くるしさを強調している。
身につけてるものは中世ヨーロッパを彷彿させるような衣装。
フリルがボタン周りにあしらわれ、子供らしい膝丈のズボンに裾が収められている。
現代を生きていた俺には時代錯誤の古めかしい格好である。
先の科白で軽口が言えるほど自身に余裕があったかと言えば、否と答えただろう。
短い人生だったが、洋平には見慣れた顔があったのだ。
可愛くなければイケメンでもない、日本人らしいありふれた顔だった訳で。
鏡の前まで駆け寄った俺は、自身が転生したという事実を再認識しパニックを起こして泣き出したからだ。
(ウワーーーン!!誰だよ俺ぇーーーー!!!)
鏡の中の洋平でない顔。大粒の涙をボロボロこぼし、真っ赤な顔して泣いている。泣いても可愛さが損なわれない顔に、ますます生前の自分との違いを知らされる。
大人で何とか耐えれるストレスを幼子が耐えれる訳がないのだ。
転生、過去に逆戻り、もしかしたら……等々。
様々な憶測が脳裏を掠めてますます混乱する。鏡の前でギャンギャンと泣きわく子供に、ようやく声をかけてくれる人が来た。
「!オーディ様、いかがなさったのです?」
慌てて様子を見に来たのは、壮年の男性だった。小綺麗に身なりを整えられ、慌てて来たと言うのに無駄な動きがない洗練された動き。どうもここの使用人らしかった。
「あ゛~、あぇ《俺》~あぇ《俺》~!!」
「……鏡がどうかしましたかな?」
幼子には自身の意志を正確に伝えるだけの能力が備わっていない。
自身の姿が違うと伝えたいのに、言葉がうまく使えない。
壮年の男性は鏡を訝しげに見つめると、何か思うことがあったのか洋平を抱き上げて、部屋から連れ出したのだった。
「オーディ様、鏡が怖かったのですね。今から鏡を片付ける作業しますから、しばらくの間、私、デリックがお相手しましょう。」
***
どうやら、この家…というより館はそれなりに大きいらしい。
抱きかかえられて移動した先でホットミルクを飲んで、洋平は状況を確認する。ギャン泣きしていたのを見かねて使用人のデリックが「ホットミルクを飲んだら怖いのが無くなりますよ。」と言ってくれたのだ。それを飲んだら少しだけ冷静になれた気がする。
ここでは、オーディという人物として転生したようだ。
洋平改めて、オーディはどうやらかなり面倒くさい環境下に置かれているらしかった。
「デリック?お父さまとお母さまは?お仕事?」
「ええ…、旦那様は特にお忙しいそうで、こちらにはまだ帰る目処ができていないようでして。」
「そうなの…。」
気まずそうにデリックが答える。
デリックは元々父親に仕えていたらしいが、オーディ《俺》が生まれてからこっちの世話を任されたらしい。
気を使うように言う彼は、それなりの人生を経験したであろうと伺える顔をした渋めの男性であった。灰色の髪を全て後ろへと流し、秀でた額には少し前髪が落ちている。物腰柔らかな雰囲気を漂わせ、若い頃はモテただろう。こんな、使用人の鑑のような男性を使っていた今生の父親とはどんな人なんだろう。
デリックの気を使うような様子から推測するに、親子の仲が良くないのだろうか。ネグレクト…という言葉がちらりと浮かんだが、気づかない振りをしておく。
「鏡、お片付けしたの?」
「しましたよ。怖いモノが見えないように今度は、鏡のないお部屋で遊びましょう。」
「じゃあオーディ、本読みたい。」
まず、此処が一体どこなのか知るために本を要求する。
(うっわぁ……やっぱりアカン!!!!!!恥ずかしくて死ねる!!!)
舌足らずで幼子らしい言葉使いを使う。名誉のために言わせてもらうが、赤ちゃん言葉を好んで使うような変態ではない。口が勝手にそう伝えるのだ。
正直、この場でゴロゴロ転がって羞恥心に悶えたい。
(いや、生まれ変わったばっかりで死ねないからっ耐えろ俺!!)
肉体年齢に合わせて幼稚な言葉が意思に反して出てくる。
悶々と羞恥心耐えながらも知識欲を満たしたいと目で訴えた。
それが功を奏したのか、おや、と驚いたような表情をデリックが浮かべた。
「どんなお話しがよろしいですかな?」
「昔話!オーディ、勇者がバーンガシャーンって戦うの!!」
「かしこまりました。」
どうにか通じたようで、しばらく部屋を離れると絵本を数冊探して戻ってきた。
本を強請るのに理由があった。
「いっぱいあるね。」
「ええ。スアキューヴ歴上、勇者と呼ばれる者が多くいたようです。」
(…ん?)
サラッと、問題発言を聞いたように思う。勇者とかゲームに出てきそうなやつが?歴史上いっぱいいた?
”スアキューヴ”という年号聞いたことない。
黙っているとデリックが何冊の内の一冊を読み聞かせしてくれた。
絵本の字面を見ても、見たことのない文字で綴られて読めなかった。
知らない歴史に文字を見て、オーディはようやく理解した。
(……異世界、これ、異世界に来てしまったんじゃ?)
意志の疎通というのがなかなか上手くいかないのは難点だが、却って良かった気がする。何となくだが。
デリックの読んでいる勇者の物語は一番最近の時代の出来事らしい。
300年前に現れた勇者は、人間達の使う資源を搾取していた魔王を倒したそうだ。死闘の末に魔王を倒すと、魔王の遺骸から魔石が生まれたそうだ。魔石がこれまで人間達が使っていた資源の代わりになるような代物だったらしい。
資源を搾取され貧困にあえいでいた人間達は、これを使って貧困を脱したそうだ。
このため今でも魔王を倒したこの勇者を讃えるようになったらしい。
「こんなすごい魔石って今もあるの?」
「ありますよ。発魔器と言う装置に使われてるんです。」
「それって何?」
「例えば、釜戸や暖炉の火、食料を保存する箱や街や部屋の明かり。これを付けたり動かしたりするのに使われているそうでして。」
どうやら、前世でいた所で言う発電機というものだろうか。
「昔は魔法というのは、王族や、神官、一部の貴族しか使えなかったんです。それを一般市民にまで使えるようになったのはこの勇者のお陰なんですから。」
「すごいね!オーディも魔法使えるかな?」
「ええ、一般家庭で使うものなら誰でも使えますから。」
それを聞いて、少し沈んでいた気持ちが上向く。魔法と言う響きに心惹かれたのだ。
「使いたい、使いたい!」
「それじゃあ、灯りを付けますか。灯りに向かって手を結んで開いてみてください。」
「こぉ?」
指示されたのは、部屋の天井を陣取る蝋燭で灯すようなシャンデリア。
脚立を使わなければ届きそうにないような高い天井。
言われた通りに手を動かす。すると電気が灯るように、パッと火が灯って明るくなった。
「!!すごい!どぉなってんのこれ!」
グーパーグーパー、と手をシャンデリアに向かって動作させる度、点いたり消えたりを繰り返す。手を動かすだけで自在に明かりが灯る、それが不思議で面白い。
「ねぇねぇ、他のも付けたい!」
「それでは、暖炉に火を付けてもらえますかな?」
暖炉に向かって、シャンデリアと同じように手を動かす。
ボフッと音を立てて暖炉に火がついた。
(すげぇ、これマジモンの魔法じゃねーか!)
ようやく、魔法が使える世界であることを認識したオーディ。シャンデリアと同じように付けたり消したりしていたら、デリックに窘められた。
「オーディ様、それ以上はちょっと止めましょう。」
「え?何で?もっともっと魔法使いたい!」
理解が出来ずにデリックに聞けば、魔力を使うと税金がかかるらしい。発電機らしきものがあるんだから、当然、施設もあるのだろう。
元々、上流階級の者ぐらいしか魔法というのが使えなかったのだ。税金がかけられても仕方ないだろう。
「魔法はまた明日。だから、怒った顔をしないでくださいませ。」
「絶対だぞ絶対。」
しっかり約束を取り付けて、オーディは魔法を使うのをやめた。
(デリックは無駄遣いとかそういうのを嫌がるタイプかな。)
なら、気を付けておこうと此方に来てから初めて心に誓った。
何故ダメなのかこんこんと言い聞かされたのだが、デリックの顔が非常に怖かったからだ。
表情は変わらない。柔和な表情のまま、目だけが笑っていないのだ。世の中、金で回っているのはこの世界でも一緒のようだ。その説明のためにその表情は子どもに見せてはダメな気がする。
魔法とこの世界の関わり方についてすぐに理解できたからいいけれど…。
1日過ごして分かったのは、異世界でありながら生活水準がかなり高かった。
発魔器の発明のおかげで、この世界は随分発達していた。灯りに風呂にトイレ、食卓などに関わる物のインフラ整備が整っていたのだ。その充実ぶりは、日本で暮らしていた頃には劣るけれど、それなりに生前と変わらず生活できるようで助かる。
あまりの感動に、デリックのいない間に魔法使いまくって、快適生活を送ったほどだ。
…後々、家庭魔法を使いすぎて魔力料金の請求が跳ね上がったとデリックに叱られるのだが。
それはさておき、オーディは異界の魔法に没頭するのだが、その好奇心からとある力が発現することになる。
***
発魔器の恩恵で食卓も華やかである。
広い部屋に一人で食べるには勿体ないくらいには、美味しそうな料理。
「コラァ~、オーディ様。お祈りもせずに食事に手を着けちゃダメ。」
夕食のパンを掴もうとすると叱られてしまった。
ペシッと軽く手をたたくのは此処の館に使えるメイドのマーサ。
「?お祈りしないとダメ?今すぐ食べたい。」
「お祈りしないとダメです。この生活とご飯が食べれることを感謝しないと神さまの罰が当たっちまいますよ。」
遊んでお腹がペコペコだと情に訴えたが、彼女はダメだと一蹴した。
まるで母親のような接し方をするマーサ。見た目も肝っ玉母ちゃんよろしく、大らかな体格をしている。
オーディが初めてマーサの存在を知ったのは、大泣きしていた部屋の鏡の片付けを誰がしているのか聞いたときだった。デリックとしばらく部屋で過ごしている間、部屋の片づけをしてくれたのは彼女だったらしい。
メイドがいると聞いて、女性が大きな家具を片付けるのはオーディは良くないと訴えた。
2m以上あった姿見を女性が、それを一人で片づけると聞いたのだから。だが、彼女を目にしてそんな心配は些細な物なんだなと納得できそうな、オバチャンだった。
こんなオバチャンをメイドと呼ぶのはいかがなものかと思うかも知れない。オーディ自身、前世のメイド喫茶のイメージが強い。強いて言うなら家政婦にイメージが近いマーサ。こっそりデリックに聞いた所、マーサ曰く、「私がメイドって言ったらメイドなのよ!」と胸を張って言っていたそうだ。何となく、マーサは大阪にいるようなオバチャン近いかもしれない。オーディの独断と偏見だが……。
閑話休題。
マーサは、お祈りの手本をオーディに見せる。
「オーディ様、お食事の前は手をこうして、こう頭に持っていってください。」
両手を組み、額に当てる動作をマーサの動きを真似て行う。
「目を閉じて、『全ての恵みに感謝を』」
「全ての恵みに感謝を。」
これがお祈りのようだ。
この世界流いただきます、を言い終えるとようやくパンに手を着けることができた。
オーディ《洋平》が初めていただくこちらの食事。
地元で手に入るらしい野菜に肉が使われたビーフシチュー。子供の口には食べやすいよう食材が小さく切られてとても美味しかった。美味しさに思わず頬がゆるんでしまう。
マーサは美味しそうに頬張るオーディを見守るように見ていた。
「オーディ様、お代わりはまだありますからね。急いで食べたら、咽せますよ。ゆっくり食べましょう。」
何だか張り切っているマーサ。様子を見にきたデリックも見守りに来たようだ。
大きな部屋で二人に見守られながら一人食事をする羽目になったオーディ。
気恥ずかしくなって慌てて食べようとして、盛大に咽せてその様子に慌てた二人に介抱される。
この世界に来てとても幸せに思える瞬間だった。
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