01 不幸と仲良く歩んだ人生でした。
成功してる奴ら、爆発したらいいのに。
と、一日生活しているだけで何回呪ったことか。
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爽やかな朝、賑やかな声で学校へ向かう子供の声と、きびきびと会社へと向かうスーツの群衆が行き交う。
活気ある中を背中を小さく丸めて朝日を嫌うように俯いた男が一人、重い足取りで歩く。
つい先ほどまで夜勤の工場で働いていた彼には、活気ある人々が眩しくてしょうがなかったのだ。
世の中が嫌いだ。たった一度だけの失敗で人生の勝ち負けが決まるのだ。
たった一度だけ、それだけのため田淵洋平という男は、彼らのいる陽からはぐれてしまったのだ。
***
洋平の描いていた夢は若者にしては志の高い若々しくも輝かしいものだった。
将来は警察官なると決めていた彼は文武両断と、柔道剣道を常に学業は常に優秀と、将来は警察学校へ通うために日々自身を磨いていた。順風満帆、当然、一筋縄で行かなくてもなれると思っていた。
そう、なるつもりだった。…18歳の秋までは。
「なあ、どういうことだよ、俺、塾に行ってたんじゃなかったのか?」
洋平はうろたえた。
秋から冬へと季節が移ろうとする頃だった。
警察学校に通う前に体育会系の大学通う小目的のため、自宅から隣町にある塾へと通って忙しい生活を送っていた。
10月末の頃だったに思う。その日も、受験勉強のため塾へと向かっていた。
学校生活に塾通い。
柔道剣道も本当は続けていきたかったのだが、受験を優先させていたためしばらくの間休んでいた。
だから、他の受験生と変わらない生活を送ってきたに思う。
「洋平、落ち着いて。お願いだからよく聞いてちょうだい。」
上から母親の顔が心配そうにのぞき込まれる。
記憶にあるのは、塾へ向かうバスで秋の風景を見ていたこと。
そして、今視界に映るのは母親の顔と知らない天井だった。
「嫌だ!聞きたくないッ何だよこれ、此処どこだよ、何で医者がいるんだ!?」
「洋平、落ち着け、お前は今」
暴れるのを必死で押さえ込もうとする父親、そして誰かが泣き出す声と。
白い服を着る集団に取り囲まれ腕がチクリと痛んだ。
痛みと同時に意識は落ちた。このまま夢であって欲しかった。
目が覚めると、病院に寝ていた。
塾へ向かっていたはずが、正直には信じたくはなかった。
後日、聞かされた話によると、記憶がない間はちゃんと塾へ向かい、数日はいつもと変わらない生活を送っていたそうだ。
ところが明くる日、高校に通うために家を出てから行方不明なった。
警察の捜索で見つからず、翌年の5月に山間の川岸でボロボロになった姿で保護されたのだと聞かされたのだ。
洋平は10月の秋を過ごしていたのに、気がつけば初夏に移ろっていたのだ。記憶がないので当然驚くどころの話ではない。
心も体もボロボロだった洋平は、精密検査とカウンセリングを受け下された結果は、解離性障害。
心身共に健康であることが条件である警察官になる夢が、その瞬間に破れ去った。
その日以降、洋平はどう今まで生きてきたかよく覚えていない。
長年の治療とカウンセリングにより、ようやく社会復帰が少しずつ叶うようになったのが25歳の頃だった。
どうやら夢を叶えるために文武に励んでいたことが、本人のプレッシャーになりストレスになったと、
そう思われたらしい。
あの時、洋平が目覚めたときに病室で泣いていたのは母親らしかった。
その日からずっと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるようになった。
「洋平、警察官になる以外にも貴方にはまだ将来はあるんだから、ね。」
気遣うつもりで言われる言葉が、心を抉る。
まるで警察官になるのは無理だったのだと、もうなれる見込みがないのに何故足掻くのだと
母の言葉の裏を洋平は聞いた気がしたのだ。
世話を焼かれる度に聞かされる言葉が今日もまた。
かつては輝いていたであろう信念をまた濁らせていく。
夜が更けてくる頃に家を出る洋平は、母に小さく挨拶してアルバイトに行くために家を後にした。
***
長い夜が明けて、洋平は忙しなく行き交うサラリーマンをかき分けて家路へと向かっていた。
きびきびと会社へと向かう彼らはきっと自身の希望した所へ行けたのだろうな。
そう、考えてしまうのが辛く苦しい。
いっそのこと、18の自身の人生がめちゃめちゃになる前に死ねたら幸せだったかも知れない。
ふと、目に入ったのは小学生達が集団で登校している様子が見えた。
小学校付近に家があるため、小さな集団と遭遇することが当たり前だった。
一度、不審者と思われて保護者に通報されたこともあった。
昔は警察官に憧れて、今は不審者として警察にお世話になるとか悲劇を通り越して喜劇である。
今は誤解も解けて、普通に小学生が歩く通路をすれ違うようになったため問題は無くなった。
和気あいあいとした平和な情景。
それを引き裂くように響くはけたたましいエンジン音と布を引き裂くような鋭い悲鳴。
乗用車が児童が歩く道の側に衝突したのだ。コンクリの塀が崩れる鈍い音に洋平は事態に気付いた。
殻に閉じこもって見ていた世界に生々しい生き死にを感じさせるほどの恐ろしい様子だった。
だったという言い方をしたのは、その時には全身に酷い衝撃を感じ、先ほどの乗用車に轢かれたからだ。
痛い、とか苦しい、というよりまず驚きだった。
驚いたときに目の前で見えたのは、小学生の集団から何故か外れていた子が一人。ランドセルを背負った小さな女の子だった。
洋平をただただ見つめ、目を見開くほど驚いている。動けず震える子供に洋平は息も絶え絶えに叫んだ。
「にげろッ、にげろォー!!」
無我夢中、手を動かして暴れるように子供の体を押す。
子供に手が届いて、子供にその意図が伝わってぎこちないながら逃げようとするのが分かった。
ほっとしたときにアクセルが一気に回る音がして、それから洋平の意識は無い。
***
意識が暗転したかと思うと、引っ張り上げられる。
無音と薄暗い空間に漂うような、そんな感覚だった。
ぼんやりとした意識から、先程の出来事から自身の死を理解した。
(あの子は助かっただろうか……。)
死力を尽くしてあの子を突き飛ばしたんだ。
助かってほしい。
どうしようもない現実にやさぐれていた洋平だったが、警察官になりたいと思う正義感は死んでいなかったらしい。
最期の最後に自分らしいことができたんだ、きっと後悔はないはずだ。
程良い暖かさに身を委ねて自身の人生を振り返る。
此処はどこだろうと思っていると、手のようなものにすくい上げられて『器』に自身が押し込めらる。
その意味を悟り、再び洋平の意識は落ちていった。
しばらくの微睡みから目覚めたのは酷い痛みがきっかけだった。
『……!』
『ヨソ者、ナゼ此方二キタ?』
『世界脅カス、渡リ者、絶対ユルセナイ』
全身を焼くような熱を感じる。
呻き、灼熱から抗おうと悶えさせる。
(何なんだこれは…!?)
洋平はたゆんだ世界に身を置いてる時から、目も耳も聞こえていない。
魂という存在だけでいるためか、感覚だけが肉体を失ってから異様に強くなってしまっているのだ。
だから、今自身が置かれている状況が手に取るように分かる。
どこかで、肉体を得て自身は生まれ直していること、自我が現世で表れないように先程まで眠らされていたこと、
そして、眠りを醒まさせなければないほどのナニカが自身の領域に侵入してきたこと。
流石に何が侵入してきたかまでは分からなかったが、自身の魂の存在自体に消滅の危機を本能的に感じたのだ。
洋平は、抗う為に魂から叫んだ。
『ちょっと待て!俺が一体なにをしたんだ!』
『全テヲ壊スモノ、全テヲ奪ウモノ、ダカラ』
『先二危険ノ芽摘ム』
『消エテモラウホウガ、世界ハ幸セ』
洋平の叫びは端っから聞こえていなかったようで、彼らの主張だけが洋平の魂を壊すだけの力を振るいながら訴えられる。
洋平は無性に腹が立った。
順風満帆に思えた前の人生が突然崖から落ちたように転落していったのだ。
虫けらのように扱う彼らの言葉が、言い返しても聞く耳持たない様子が、何より、理不尽な力に成す統べがない無力な自身に涙がでるほど悔しかった。
『もう、嫌だ。何で、俺ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ…。』
ぽつりと想いが漏れた。
前世と今の理不尽に悔しさや怒りが爆発した。
『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』 『キエロ』
『嫌だッ消えたくない!生きたい!生きたいんだ!』
洋平は小さな子供のように癇癪を起こす。堰切ったように積もった気持ちが溢れ出す。
湧き出す、生きたいという気持ち。
けれど、終わりだ。魂が崩壊する。
『まだ、だ。洋平。』
名前を呼んだ。
自分を呼ぶ者の正体を知ろうと感覚を研ぎ澄ます。
全身を黒いカーテンを覆ったようないかにも高位のモノの姿。
顔に面を被っているため表情は見えない。それがより独特の雰囲気を醸していた。
何かが見えず感じるだけだったのに、黒衣のモノは洋平には見えた。
いや、わざと見せたのかも知れない。だがなぜ…。そう思うや否や、ナニカが動揺したように騒ぎ出す。
『何ナンダ!?ソノ”ちから”ハ!?』
『今は去れ。”後”でお前らの相手をしてやる。』
『ナンダト聞イテルンd…』
それが表れてから、洋平を苛んでいたモノ等が消え失せる。
黒衣のモノはボロボロになったカラダを癒していく。
感謝よりも驚きよりもここまでしてくれるこのモノが一体何なのか気になった。
『…あんた、誰だ?』
『ああ、俺?俺は、まあ、ジャン・ラって呼んでくれ。』
『ジャン・ラ…、じゃあ、そろそろ俺は消滅のか。』
黒衣の得体知れないモノは声からしてどうやら男性らしかった。
黒衣姿を死神と思ったのに気づいたソレは納得したように答えた。
『逆だ、逆。生かすために来たの。不思議と思うだろうけれど、俺はアンタに生きてほしくてね。
…アンタ、前世は死ぬまで苦労したんだ。今生でも苦労したくないだろう。
温情だよ。』
『そこまで、する価値が俺にあるのかよ…。』
『価値云々じゃねえよ。俺が、お前を必要としたから助けたんだ。
この世界に生きるには、アンタに俺の力を渡さなきゃならなかったんだ。
それが俺の役目だから。』
そういって黒衣から腕が伸びて、洋平の頭を撫でる。
精神年齢が25歳の男が頭をなでられるのはくすぐったい。
『まあ、俺の目的は気にすんなや。……死んで生まれ変わって今まで疲れたろう?
今はとりあえず眠れ。』
色々と聞きたかったが、黒衣のモノの慰撫する感覚に力が抜けていく。
意識がまた深い闇に落ちる前に、洋平は辛うじて訊ねる。
今思えば何でこんな事を聞いたのだろうとは思ったが。
『…なあ、あっちで助けた女の子、どうなった……?』
黒衣のモノの返答はなく、おやすみ、とだけ囁いた。
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