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THE FIFTH WORLD  作者: シロタカ
Episode.1

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002 ALICE

 楠木《くすのき》颯《はやて》が月曜日に登校した時、周囲の反応は「珍しい」というものだった。火曜日に続けて登校した時は「あれ?」となり、水曜日の時点で「おかしい」という雰囲気が立ち込めた。


 いよいよ金曜日まで皆勤賞が達成されると、クラスメイトは「世界が滅亡する前触れだろうか?」「明日は隕石が降るぞ」などと、面白くない冗談を云い合うようになっていた。


 全部聞こえているので、話題の主である颯は、心底うんざりしていた。

 

 友人の一人がスパイのように、「おいおい、なにがあったんだよ?」と探りを入れてくる。

 

「勉強よりも、人殺しの方が大事なんだろ?」

 

「そんなこと云った覚えはない」


 真剣に問われた内容に、颯は渋い顔で答えた。


 楠木颯という本名よりも、プレイヤーネームのHAYATE《ハヤテ》の方が有名だろう。さらに世界中で広く知られた二つ名は〈虐殺鬼〉である。


 優楽堂が運営するVRMMO『クロス』のトッププレイヤーである颯は、ここ数年のプレイヤーキル数でダントツの一位に君臨している。


 半年前に開催された世界規模のイベント『異世界バトルGP』の影響により、HAYATE《ハヤテ》はますます有名になってしまった。


 身内に云わせれば、有名は有名でも、「前代未聞の悪名」ということである。颯としては、他人と少々異なる生き方をしているだけで、そこまで揶揄されるほどのことではないと思っているが。


 颯の趣味は、PK(プレイヤーキル)。

 

 現実では許されるはずもない行為だろうと、VRMMOではゲームシステムに組み込まれた遊びのひとつに過ぎない。PKすること自体は犯罪でも何でもないが、悪趣味であることは颯も自覚していた。

 

「実は、追われている」


 颯は大真面目に切羽詰まった現状を打ち明けたものの、周囲は大笑いするだけだった。朝のホームルーム前のゆるんだ雰囲気の教室に比べて、あまりに深刻な表情をする颯のギャップが面白かったらしい。


「馬鹿、大変なんだぞ!」


 声を荒げるものの、火に油。


 笑い声は増すばかりだった。


 颯は頭を抱えて、「ああ、俺の悩みを理解してくれる奴は誰もいない」と悲嘆に暮れる。クラスメイトたちは口を揃えて、「PKプレイヤーの気持ちなんて理解できるか」と叫んだ。


 教室の扉が開き、担任の先生がやって来る。


「おお、楠木は今日も来ているのか。お前、最近はログインしていないと聞いたが、大丈夫なのか?」


 開口一番、そんな風に訊かれてしまう。


 トッププレイヤーの肩書は伊達ではないのだ。高校受験は特待生の扱いで無試験で済まされ、VRMMOの活動を最優先とするため、毎日の出席に関しても自由裁量である。


 それなのに、颯は責任を放棄するかのごとく、この一週間、VRMMOにアクセスしていなかった。幼少の頃にアカウントを作成して以来、おそらく初めてのことだろう。


 クラスメイトに告白した『追われている』という言葉は、冗談でも何でもなかった。仮想世界でさんざん逃亡劇を繰り広げて、徐々に追い詰められた結果、遂には逃げ場を失ってしまった。


 ログインしないという最終手段。何がどうしてこうなったのか、当の本人である颯にもよくわかっていない。担任が朝礼で話している内容は、頭の中を素通りしていく。颯は心ここに在らず、教室の窓からぼんやり青空を眺めていた。


「時期外れで唐突だが、今日から転校生が来る」


 担任の突然の発表により、教室がざわめく。


「なんと、海外からの留学生で——」


 颯は大して興味を抱けない。


 この一週間は学校に来ているものの、颯の本来の居場所は仮想世界である。この教室は、ただの停留所のようなもので、誰が隣に座ることになっても、自分にはまったく無関係だろうと思っていた。

 

「いいか。みんな、静かにしろよ」


 なぜか担任は念入りに云い含める。これからホラー映画の怪物でも出て来るかのような口調だった。そして、教室の扉はゆっくり開け放たれる。


 次の瞬間、教室が爆発した。


 窓を見ていた颯は、思わず耳を押さえるぐらい。


 大歓声。ほとんど、悲鳴である。

 

 担任が必死に落ち着かせようとしているが、まったく意味がない。


 颯も、あまりの騒動に振り返っていた。


 転校生を紹介をしようとする担任の行動は、そもそも意味のないものだった。なぜならば、彼女の名前は、この狭い教室はもちろん、世界全土に広げてみても、大抵の人間が知っているものだ。


 ある者は叫び。


 ある者は呆けて。


 ある者は涙を流して。


 クラスメイト全員が、口々に「アリス」と、その名を呼んでいる。


 颯は、ただ一人、青ざめていた。


「虐殺鬼」


「……だ、大々魔道士?」


 教壇に立って自己紹介するという定番の流れを無視して、彼女は、まっすぐ颯のところにやって来た。


 日本の高校制服が似合っている。


 彼女の容姿ならば、どんな衣装でも着こなしてしまうのかも知れない。


 ライトブロンドの髪は、窓からの日差しの角度により、金色にも銀色にも見える。代名詞である赤と青のオッドアイ。顔立ち、全身のスタイル、わざわざ言及するのも虚しかった。ただ一言、最高峰の美という評価を与えておけばいい。


 颯は心底、ぞっとしていた。


 VRMMOで使用するアバタ―に対し、彼女が身体データを完全に同期させていることは有名な話である。だが、こうして実際に目の当たりにすると、驚きを通り越して恐ろしさを感じてしまった。


 アバターは普通、カスタマイズにより理想的なビジュアルを作りあげるものだ。見た目にはこだわりの少ない颯でも、アバターは恥ずかしくない程度にカスタマイズしている。


「ターゲットを補足しました」


 アリスは、仮想世界と変わらない外見、変わらない口調、変わらない雰囲気で、目の前に立っていた。


 まるで、B級映画である。


 仮想世界の悪夢が現実に飛び出してくるのは、あまりに使い古されたネタであり、古典的と云われてしまっても仕方ないだろう。遅刻して曲がり角でヒロインにぶつかるようなものだ。まさか、そんなベタな展開が本当に起きるとは夢にも思わない。


 現実感は失われ、颯は、気がつかない内にログインしていたのではないか、ここは現実ではなく仮想世界なのではないかと、ぐるぐる混乱する頭の中で考え続けていた。


 アリスの手が、颯の胸元に触れた。


「捕まえました、虐殺鬼」


 指先が触れているだけ。


 それだけだったが、観念するしかなかった。


 異世界バトルGPの準決勝で、虐殺鬼と大々魔道士が歴史に残る名勝負を繰り広げてから、既に半年以上が経過している。


 云い換えれば、この半年間、ずっとである。


 HAYATE(ハヤテ)は、仮想世界で永遠に追いかけて来るゴーストのようなALICE(アリス)に、ほとんど取り憑かれてしまっていた。いつでも振り返れば、彼女がいる。


 直近の一か月は、ある理由から、特にアプローチが激しくなっていた。遂にはログインをやめて、仮想世界から逃げ出すという最終手段を取ったのに――。


 颯は、何も云えない。


 アリスは、ハッキリと云った。


「あなたが好きです。だから、逃がしません」


 仮想世界だけでなく、こうして遂に、現実で追い詰められてしまった。

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